ミッドウェー海戦

第39話 戦訓

 史上初の空母機動部隊同士の戦い、それに日米の戦艦が真っ向からぶつかりあったウェーク島沖海戦の戦果を知った日本国民は戦勝を喜んでいいのかどうか微妙な心持ちだった。

 艦橋が吹きとばされた空母、あるいは船体の至るところに破壊痕の残る戦艦や重巡など、大勢の人間が凱旋した艨艟のその傷だらけの姿を目撃していたからだ。


 もちろん、戦果については申し分無かった。

 日米の空母が激突した洋上航空戦において当時の第三艦隊は「エンタープライズ」と「レキシントン」を撃沈した。

 一方、こちらは「神鶴」と「天鶴」が敵の急降下爆撃機が投じた五〇〇キロクラスと思しき爆弾によって損害を被ったものの沈没には至っていない。

 さらに、第三艦隊の母艦航空隊は二隻の米空母撃沈以外にも大きな戦果を挙げている。

 九九艦爆は巡洋艦や駆逐艦を多数撃破し、九七艦攻に至っては戦艦「アリゾナ」ならびに「ネバダ」を撃沈するという大殊勲を挙げた。

 このほか、母艦戦闘機隊が百数十機にもおよぶ敵艦上機を撃墜破している。


 水上艦艇同士の戦いも軍配は日本側にあがった。

 同数の戦いとなった日米の重巡対決では「最上」型の四隻が同数の「ニュー・オリンズ」級重巡と激突し、そのすべて撃沈するという快挙を成し遂げている。

 そして、戦艦同士の決戦において帝国海軍の六隻の戦艦は一隻の喪失艦も出さずに同じく六隻の米戦艦をすべて撃沈、太平洋艦隊にとどめを刺した。

 最終的に第一艦隊と第三艦隊が挙げた戦果は戦艦八隻に空母二隻、それに重巡四隻に十数隻の駆逐艦を撃沈し、さらに撃破した巡洋艦や駆逐艦も多数にのぼっている。

 かつての日本海海戦と同等かあるいはそれを上回る圧倒的な戦果だ。


 しかし先述した通り、大戦果の裏で「長門」をはじめとした六隻の戦艦がいずれも中破以上の損害を被り、また空母も二隻が撃破された。

 当然のことながら、これらの艦はそのいずれもが修理が完了するまでは使い物にならない。

 人的被害も深刻で、戦死者は一〇〇〇人以上にものぼり、負傷者はその数倍にも及ぶ。

 つまり、現状において帝国の海の守り神である戦艦の中で稼働艦はただの一隻もない。

 一方の米国は太平洋艦隊を撃滅されたとはいえ、いまだに一〇隻近い無傷の戦艦を擁している。

 しかも、そのうちの二隻は「長門」型を上回る戦力を持つ新造戦艦だ。

 呑気に戦勝を祝賀出来るような状況でないことは誰の目にも明らかだった。




 ウェーク島沖海戦の結果は山本長官をはじめとした連合艦隊司令部にもまた、苦い教訓を知らしめていた。

 同司令部は米国がマル三計画による新造主力艦をすべて戦艦だと思い込んでいることを逆手に取り、第二艦隊の「蒼龍」型空母をわざと目立つようにフィリピンやマレーに分散配備したうえで太平洋艦隊の迎撃には第一艦隊ならびに第三艦隊を充てる作戦をとった。


 「条約明け後の新造艦はいずれも戦艦だと思っていたら、その実すべて空母だった」


 そういった、米軍の思い込みに付け込むという一種の奇襲効果を狙ったのだ。

 この作戦については、連合艦隊司令部内では一応は成功だとみなされていた。

 実際、第三艦隊の母艦航空隊は「エンタープライズ」と「レキシントン」の二隻の空母を撃沈し、さらに戦艦「アリゾナ」と「ネバダ」をウェーク島の海底に叩き込んでいる。

 同航空隊の活躍もあってウェーク島の防衛という作戦目標もまた達成された。

 太平洋艦隊の主力を撃滅したことで、南方作戦が完了するまでの貴重な時間を稼ぐことが出来たことは間違いなく事実だ。


 だが、一方で実戦部隊をはじめ各部門から批判も続出した。

 その急先鋒となったのが米機動部隊と激闘を繰り広げた第三艦隊司令長官の桑原中将であり、在比米航空軍を殲滅する殊勲を挙げた第二艦隊司令長官の小沢中将だった。

 彼らはこのような策を弄さずとも、第二艦隊と第三艦隊の六二四機の艦上機をもって正面から堂々と押し出していけば容易に太平洋艦隊を撃滅できたはずだと訴えた。

 さらに小沢中将や桑原中将とともに海兵三七期同期の井上海軍次官もこれに同調、連合艦隊司令部が立てた作戦を典型的な兵力分散の下策と一言の元に切って捨てた。

 海軍航空第一人者の小沢中将、それに早いうちから航空機の持つ力に着目し海軍の空軍化を訴えてきた井上中将、そして帝国海軍でただ一人機動部隊同士の戦いを指揮した桑原中将。

 小沢中将の理論や桑原中将の経験、それに井上中将の剃刀のような頭脳と弁舌の前には連合艦隊司令部のエリート参謀たちもまったくと言っていいほどに太刀打ちできなかった。

 結局、山本長官のとりなしで今後については機動部隊は可能な限りその戦力を集中してこれを運用するという原則が採り入れられることになった。

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