第38話 謀略の戦艦
「いったい何が起こっているのだ」
「テネシー」と「カリフォルニア」、それに「オクラホマ」に「ペンシルバニア」といった三番艦以降の四隻の戦艦が猛煙を噴き上げながら次々に落伍していく。
その現実にキンメル太平洋艦隊司令長官の思考はまったくもって追いついていない。
キンメル長官が座乗する先頭艦であり旗艦でもある「ウエストバージニア」と、それに二番艦の「メリーランド」は同じく敵先頭艦と二番艦の二隻の「長門」型に対して互角の戦いを演じていた。
米日ともに四〇センチ砲を八門ずつ装備する互角の戦力を持つ者同士の戦いだから、こうなることは戦前に十分予想できた。
だが、三番艦以降の友軍戦艦が撃ち負けるというのは、キンメル長官にとっては想定外もいいところだ。
敵の三番艦から六番艦まではそのいずれもが「扶桑」型戦艦であり、機動力と防御力こそ優れているが、一方で主砲は三六センチ砲が八門と攻撃力はたいしたことはない。
逆にこちらは五番艦の「オクラホマ」が一〇門なだけで、他の三六センチ砲搭載戦艦はそのいずれもが一二門装備する。
そのうえ、三番艦の「テネシー」と四番艦の「カリフォルニア」に至っては高初速で貫徹力に優れた長砲身を備えており、その破壊力は並の三六センチ砲とは一線を画す。
それに、「テネシー」と「カリフォルニア」は三隻の「コロラド」級とともに旧式戦艦の中では特に防御力に優れていることから国内では「ビッグ・ファイブ」と称されるほどの強豪艦だ。
機動戦ならばともかく正面からの殴り合いであれば、少なくとも「テネシー」と「カリフォルニア」に関しては「扶桑」型に対して撃ち負けることは無いはずだった。
しかし、現実には三番艦以降の友軍戦艦はそのことごとくが日本の戦艦に敗北している。
そのうえ、悪いことに日本の三番艦以降の戦艦はそのいずれもが対応艦を討ち取ってなお余力を残しているようだった。
そして、それらが今度は「長門」や「陸奥」に加勢すべく「ウエストバージニア」と「メリーランド」にその砲門を向けてくる。
戦いは単純な隻数で言えば二対六のそれとなった。
明らかに太平洋艦隊が不利だ。
このまま戦い続ければ全滅すらもあり得た。
ここで、キンメル長官は苦渋の選択を強いられる。
最後まで戦って潔く死ぬか、あるいは撤退したうえで生涯にわたって敗軍の将という十字架を背負うか。
重い決断を下す割には逡巡はわずかな時間だった。
なにより、この「ウエストバージニア」だけでも一〇〇〇人を超える将兵が乗り組んでおり、その多くが未来ある若者たちなのだ。
「撤退する。針路九〇度」
キンメル長官の撤退命令に対して「ウエストバージニア」艦長が一瞬何か言いたそうな表情を見せたが、それでも軍人として命令に従うべきだと考えたのだろう。
キンメル長官の指示通りに「ウエストバージニア」の舳先を東へと向けるよう指示する。
「ウエストバージニア」に続き「メリーランド」が回頭を終えて直進に戻ったそのとき、見張りから日本の戦艦の艦影が先程よりも大きくなっているとの報告がもたらされる。
その焦燥の色を多分に含んだ声音にキンメル長官は背中に嫌な汗が流れるのを自覚する。
ガチンコの砲撃戦ゆえに彼我の攻撃力にばかり注意がいってしまったが、「長門」型も「扶桑」型もそのいずれもが二九ノットを発揮できる高速戦艦だ。
一方、「ウエストバージニア」と「メリーランド」は攻撃力と防御力を重視したためにその速力は二〇ノットをわずかに超える程度でしかない。
速力差を考えれば逃げることなどはなっから無理だったのだ。
そして、優勢な敵が逃亡を図るこちらを見逃す道理がなかった。
それでも「メリーランド」は追跡者を追い払うべく四門の四〇センチ砲を後方へ向けてぶっ放す。
だが、日本の戦艦は「メリーランド」の攻撃など歯牙にもかけないといった風情で距離を詰めてくる。
「ここに至れば仕方あるまい。将兵たちには気の毒だが」
逃げきれないのであれば、最後まで敵に牙を突き立てる努力をすべきだ。
そう考えたキンメル長官は追撃をかける日本の戦艦部隊に対してT字を描くよう命じる。
絶望的な状況の中、キンメル長官は自身の中に確信めいた考えが広がっていくことを自覚する。
同時に、残された時間があとわずかしかないことも悟る。
キンメル長官は通信参謀を呼び、平文で打電するよう命じた。
「敵の『扶桑』型戦艦は合衆国海軍が知る艦にあらず。
同じ一四インチ砲を持つ友軍戦艦を圧倒した『扶桑』型戦艦の主砲は、おそらくはさらなる大口径のそれに換装されている。
我々は狡知に長けた悪魔のような連中に謀られた。
『扶桑』型戦艦は悪魔の力を宿した魔改造戦艦である。最優先で調査の要有りと認む」
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