第37話 戦艦伊勢
新しく装備された電波照準儀の効果は劇的だった。
従来の光学測距儀は苗頭こそそれなりに精度が出せるものの、一方で距離の測定には難があった。
大気のゆらぎや海上から立ち上る水蒸気にさえ容易に影響されるうえに日本の光学技術は欧米に比べて明らかに立ち遅れているから、つまりは光学測距儀の性能に関して言えば帝国海軍のそれは並以下の性能でしかなかった。
だが、電波照準儀がそのハンデあるいは帝国海軍の弱点を克服してくれている。
そのうえ、第三艦隊の奮戦によって制空権を獲得していたから観測機も使い放題だった。
唯一心配していた電波照準儀の機械的トラブルも今のところその報告は届いていない。
そして、「伊勢」は早い段階で「テネシー」級と思しき敵三番艦に命中弾を与え、先手を取ることにも成功している。
もちろん、敵に先んじて命中弾を得たことに関しては砲術科をはじめとした将兵の努力や献身を忘れるわけにはいかないが、それと同じかあるいはそれ以上に観測機の活用や電波照準儀といった新しい戦技や技術の効用が大きかったことは否めない。
その「伊勢」の八門の主砲が咆哮を上げるたびに敵三番艦の艦上に爆煙が立ち上る。
その様子に歓声をあげる艦橋スタッフたちだったが、だがしかしその喜びも長くは続かなかった。
敵三番艦が放った第六射が「伊勢」の左右に巨大な水柱を立ち上らせたからだ。
遅まきながら相手もまた挟叉を得たのだ。
第二戦隊の山口司令官は部下の手前、表情にこそ出さないものの内心では肝が縮む思いだった。
敵三番艦は米戦艦独特の安定した砲撃プラットホームを提供する極太の艦体に加え、さらに低速をしのんだことで機関室長が短いから主砲塔を動揺の影響が少ない艦中心部に寄せることが可能となった。
それに、優秀な射撃指揮装置を備えているうえによく訓練された乗組員を擁していることも間違いの無いところだろう。
観測機が使えない状況においてもさほど遅れを取ることなく「伊勢」を散布界におさめたのだから。
「想像していた以上に米戦艦は強い」
山口司令官は胸中で米戦艦を称賛する。
もし仮に「伊勢」が四一センチ砲ではなく従来の三六センチ砲であったならば、これまで得た命中弾は米戦艦特有の分厚い装甲によって弾き返されていたかもしれない。
あるいは、電波照準儀を実用化していなかったとしたら先手を取られていたのは十中八九「伊勢」のほうだったはずだ。
戦艦の数を抑え、逆に射撃管制装置をはじめとした技術開発に予算を重点配分してきたことが「伊勢」を救ったとも言える。
そして、これからは互いに主砲弾を浴びせ合う戦いになるはずだ。
一二発の三六センチ砲弾の洗礼を受ける「伊勢」、そして八発の四一センチ砲弾を叩き込まれる敵三番艦。
「勝ったな」
日米の艨艟がノーガードで殴り合うなか、それでも山口司令官は「伊勢」の勝利を確信する。
確かに敵三番艦の三六センチ砲弾によって、これから「伊勢」は艦上構造物に少なくないダメージを被るだろう。
場合によっては船体も同様に被害を受けるかもしれない。
だが、七〇〇キロにも満たない三六センチ砲弾では改装で装甲を四〇センチ砲対応防御へと強化した「伊勢」のバイタルパートを撃ち抜くことは出来ない。
一方、「伊勢」の一〇〇〇キロ超の四一センチ砲弾は容易に三六センチ砲搭載戦艦の装甲を貫通する力を持つ。
敵三番艦は「伊勢」の皮や肉を切り裂くことが出来るが、骨を断つことは出来ない。
もし、「伊勢」に失血死を強いるのであれば、相当な弾数を叩き込まなければならないだろう。
逆に「伊勢」のほうは一撃で敵の重要区画に四一センチ砲弾を突き込むことが出来る。
当たりどころによっては一発で轟沈ということも、わずかな可能性ではあるが期待できた。
戦いはほぼスペック通り、「伊勢」が二発を叩き込む間に敵三番艦は三発を命中させる。
命中数では敵三番艦が上回ったものの、一発あたりの破壊力では「伊勢」が明らかに勝る。
さらに「伊勢」のバイタルパートに張り巡らされた装甲は敵三番艦が放つ三六センチ砲弾をかろうじてではあるもののこれに耐え抜いた。
一方、防御力に関しては定評のある米戦艦ではあったが、それでもさすがに四一センチ砲弾を完全には受け止め切れない。
バイタルパートを守る分厚い装甲を突き破り、機関室に次々に飛び込んだ四一センチ砲弾がその爆発威力を解放していく。
そして、四一センチ砲弾が敵三番艦のすべてのタービンならびに半数のボイラーを爆砕した時点で大勢が決まる。
敵の三番艦は艦体を隠すほどの猛煙を噴き上げ始める。
だがしかし、それに対して山口司令官は容赦しなかった。
自艦が吐き出す煙のせいなのか、急に照準が覚束なくなった敵三番艦に対して「伊勢」は四一センチ砲弾を次々に叩き込んでいく。
それは敵三番艦の砲火が完全に途絶えるまで続けられた。
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