第36話 戦艦テネシー
自分たちが相手どる敵戦艦三番艦が「扶桑」型だと分かったとき、戦艦「テネシー」に座乗する第二戦艦戦隊司令官と「テネシー」艦長は勝利を確信した。
「扶桑」型は機動力と防御力は優れているものの、攻撃力は米英の戦艦に比べて明らかに劣っている。
英国の流れを組む四五口径一四インチ砲がわずかに八門というのは、現代の水準からみれば弱武装艦と言っても差し支えない。
一方で「テネシー」は口径こそ同じ一四インチ砲だが、「扶桑」型に比べて五割増しの一二門を備えている。
しかも、高初速で貫徹力に優れた五〇口径の長砲身だから、攻撃力の差はさらに開く。
そのうえ、全長の割に幅広の船体を持つ「テネシー」はその分だけ安定性が高いから、大砲のプラットホームとしても「扶桑」型より優れているはずだ。
相手が一六インチ砲を持つ「長門」型であればそれなりに警戒を要するが、「扶桑」型であれば負けるほうがどうかしている。
艦長以下、「テネシー」乗組員の誰もがそう考え、敵戦艦三番艦への砲撃開始命令を待った。
先に砲撃を仕掛けたのはこちらが目標と定めた「扶桑」型戦艦だった。
距離二七〇〇〇メートルというかなりの遠距離から放たれた四発の砲弾が着水と同時に水柱を噴き上げる。
その近さに第二戦艦戦隊司令官や「テネシー」艦長は息を呑む。
左斜め前方に立ち上った水柱は「テネシー」から一〇〇メートルと離れていない。
苗頭はともかく、距離精度のほうは初弾としては破格の正確さだ。
「腕がいいのか、それとも単なるまぐれか」
「考えたくはありませんが、日本の戦艦は射撃レーダーを使っているのかもしれません。そうであるならば、初弾にもかかわらず至近弾を得たことにも説明がつきます」
第二戦艦戦隊司令官のつぶやきに、「テネシー」艦長が憶測ですがと断ったうえで自身の考えを開陳する。
「我が国や英国ならばともかく、日本が射撃レーダーを実用化しているなど考えられん。いきなり高い距離精度を叩き出したのはまったくの偶然だろう」
「あるいは、日本は秘密裏にドイツから技術供与を受けたのかもしれません。
日本艦隊がその技術を用いて我々を苦しめれば、ドイツ側としてもその技術漏洩に対して十分に元が取れるでしょうから」
「テネシー」艦長の指摘に第二戦艦戦隊司令官は少しばかり考え込む。
もし、「テネシー」艦長の言うことが事実であれば、由々しき事態だ。
日本はともかくドイツの技術は侮れない。
もちろん、負ける心配は無いが、それでも相応の被害は覚悟しなければならないだろう。
第二戦艦戦隊司令官がそう考えている間に敵三番艦が放った第二射が「テネシー」の右後方に着弾する。
水中爆発の衝撃を感じるほどにその弾着位置は近かった。
そのことで、第二戦艦戦隊司令官と「テネシー」艦長は確信する。
敵は間違いなく射撃レーダーを使っている、と。
次は夾叉されることを覚悟しなければならない。
あるいは、下手をすればいきなり直撃弾を食らう可能性すらある。
「テネシー」が敵の正確な射撃に慌てたかのように砲撃を開始する。
その砲弾が着弾する前に敵三番艦の砲弾が「テネシー」を挟み込むように着弾した。
左舷に二本、右舷にもまた同様に二本の水柱がわき立つ。
夾叉だ。
「大丈夫だ。本艦は『コロラド』級とともに合衆国の旧式戦艦の中で最良の防御力を持つ。敵に先手を取られたとはいえ、一四インチ砲弾ならば『テネシー』はかなり耐えられる。
それに、攻撃力は圧倒的にこちらが上だ。ひとたび敵三番艦を散布界に捉えれば逆転は十分に可能だ」
あせりや緊張の度を深める部下たちを落ち着かせるべく、第二戦艦戦隊司令官が力強い声を張り上げる横で「テネシー」艦長は砲術長にはっぱを掛ける。
そこへ敵三番艦の八発の砲弾が降り注ぐ。
弾着と同時に大きな衝撃が「テネシー」を揺るがせる。
「被害報告!」
焦燥の色を含んだ「テネシー」艦長の声が艦橋に響く。
少し間をおいて、ダメコン指揮官から報告があげられる。
「機関室被弾、ボイラー一基が完全にやられています。他の被害は現在調査中ですが、いずれにせよ連中の主砲弾は我が艦の装甲を食い破っています。
並みの一四インチ砲弾の威力ではありません!」
ダメコン指揮官の怒声のような報告に「テネシー」艦長と第二戦艦戦隊司令官が顔を見合わせる。
「連中は我が軍の新型戦艦と同様にSHSを使用しているのか?
あるいは貫徹力の高い長砲身に換装したのだろうか」
「仮にSHSを使用していたとしても一四インチ砲弾であればせいぜい八〇〇キロかどんなに多く見積もっても八五〇キロまででしょう。
それに長砲身を組み合わせたとしても、こうも容易く『テネシー』の装甲を撃ち抜けるとは思えません」
第二戦艦戦隊司令官の推測に「テネシー」艦長は丁寧なNGを出す。
そんな「テネシー」艦長に第二戦艦戦隊司令官は目で先を続けろと促す。
「連中の主砲はSHSを運用できる一五インチ砲かもしくは一六インチ砲のいずれかでしょう。そうでなければ、『テネシー』の装甲がもたないはずがありません」
「テネシー」艦長が第二戦艦戦隊司令官に対してさらに推測の言葉を紡ごうとする。
だが、それを邪魔するように大きな衝撃が「テネシー」を震わせた。
敵三番艦の砲弾が「テネシー」を本格的に刻みはじめたのだ。
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