第35話 魔改造戦艦
観測機からの報告によれば、敵の三番艦は三連装砲塔を四基搭載しているとのことだった。
四タイプが確認されている太平洋艦隊の六隻の戦艦の中でこの砲塔配置の艦は二つしかない。
「ペンシルバニア」級かあるいは「テネシー」級だ。
敵の一番艦と二番艦がそれぞれ「コロラド」級だから、その並び順から考えれば三番艦はおそらくは戦力が大きい「テネシー」級と見て間違いないだろう。
最新鋭戦艦の「キング・ジョージV」級という例外を除けば、彼女は世界最強の三六センチ砲搭載戦艦と言っても過言ではない。
高初速、つまりは貫徹力の高い長砲身をしかも一二門も持つ「テネシー」級は、本来であれば同じ三六センチ砲八門の「扶桑」型ではとうてい太刀打ちできない強大な相手だったはずだ。
だがしかし、「扶桑」と「山城」、それに「伊勢」と「日向」は改装によって面目を一新、現在では新型戦艦にも抗しうる艦として生まれ変わっている。
もともと、「扶桑」型の四隻の戦艦はそのいずれもが三六センチ連装砲塔四基八門、七五〇〇〇馬力で二六ノットという弱武装高速戦艦かあるいは三六センチ連装砲塔五基一〇門、六〇〇〇〇馬力で二四ノットの中速戦艦のいずれかの案を採用したうえで建造されるはずだった。
だが、とある造船官の三六センチ砲塔から四一センチ砲塔への換装は可能という提言を受け、同砲塔への換装を前提とした三六センチ砲を八門搭載する高速戦艦として産声をあげた。
そして、昭和一〇年代に入るとともに四隻の姉妹は次々に改装された。
機関出力は七五〇〇〇馬力から一気に一三六〇〇〇馬力へと二倍近くになり、さらに推進抵抗減少を図った艦尾延長工事も相まって、大幅に排水量が増えたのにもかかわらず二九ノットの快速を得た。
同時に主砲を三六センチのそれから四一センチ砲へと換装、砲弾重量は七〇〇キロに満たなかったのが一気に一〇〇〇キロ超へと大幅に増大した一方で、発射速度は維持されている。
また、装甲も三六センチ対応防御から四〇センチのそれへと強化されている。
だが、竣工時と比べてなによりも変わったのは射撃管制システムだ。
従来の光学測距に加え、電波照準儀と観測機が新たに追加されている。
光学測距は方位精度こそそれなりに出せるものの、一方で遠距離における距離精度に難があった。
そこを新たに装備された電波照準儀で補う。
大気のゆらぎや海上から立ち上る水蒸気にさえ容易に影響される光学測距儀に比べ、電波照準儀で得られる距離精度は極めて高い。
それでも、この時代では高空に吹きすさぶ気流など、砲撃諸元に盛り込むのが困難なパラメーターがいくつもあったから、どうしても着弾にずれが生じるのは仕方が無い。
そこは観測機によるリアルタイムの通信によって着弾を寄せていく。
残念なのは、電波照準儀が導入されてから日が浅く、科学力や工業水準の低い日本では熟練技術者や職工の技能に頼る部分が大きかったことだ。
それゆえ、開戦までに用意できたのは戦艦の分だけで、重巡洋艦以下の艦艇は未だ配備には至っていない。
「だからこそ、負けるわけにはいかん」
第一艦隊の三番艦、戦艦「伊勢」に座乗する第二戦隊司令官の山口少将は敵の三番艦を見据えながら胸中で決意をつぶやく。
空母を除くどの艦艇よりも装備を優遇されている戦艦が負けることなどそれこそあってはならない。
一方で、敵三番艦の乗組員たちは「伊勢」をいまだに三六センチ砲八門の弱武装戦艦だと思い侮っていることだろう。
山口司令官はとある造艦屋が呆れたような声音で吐いた言葉を思い出す。
ガンやアーマー、それにエンジンを完全に取り替えた「扶桑」型戦艦はもはや改装ではなく改造、それも限度を超えたある意味で企画者の正気を疑うような魔改造戦艦であると。
そもそも、こんな大規模な改造が出来たのも、それは帝国海軍が戦艦と重巡洋艦の保有数を抑えたからだ。
海軍士官の中には日本の国力であれば戦艦と重巡洋艦を合わせて三〇隻近くは整備できると唱える者もいる。
確かに、護衛戦力や技術開発にかける予算を減らして水上打撃艦艇に予算を重点配分すればそれも可能かもしれない。
だが、それは艦隊決戦に特化した歪な海軍の姿だ。
それでは、資源を海外からの輸入に頼る島国の生命線である海上交通線を守ることは出来ない。
それに、水上打撃艦艇の数を抑えたからこそ、潤沢な開発予算が得られたのであり、これが無ければ電波探信儀はともかく電波照準儀がこの時期に実用化できていたかどうかは甚だ疑問だ。
そんな、脱線気味の思考を山口司令官は振り払う。
敵戦艦との距離が三〇〇〇〇メートルを切ったとの報告が耳に飛び込んできたからだ。
さほど間を置かず、旗艦「長門」から砲撃開始の命令が出されるはずだった。
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