第32話 駆逐艦vs駆逐艦
九九艦爆の急降下爆撃、それに九七艦攻の雷撃によって太平洋艦隊の左翼にほころびが生じる。
四隻あった「ブルックリン」級軽巡はそのいずれもが二五番あるいは航空魚雷を食らい大きく戦力を低下させている。
特に魚雷を食らった二隻は速度を大きく衰えさせ、這うように進むだけだ。
八隻あった駆逐艦もその半数が二五番の直撃を食らい、中には猛煙を噴き出して洋上停止しているものさえあった。
その隙を突くようにして四隻の「最上」型重巡と一二隻の「陽炎」型駆逐艦が三〇ノットを超える速度で太平洋艦隊に向けて突撃をかける。
一方、太平洋艦隊の側もいまだ無傷を保っている右翼に位置する四隻の重巡と八隻の駆逐艦がこれを迎え撃つべく動き出す。
九九艦爆や九七艦攻からの攻撃を免れた左翼の四隻の米駆逐艦は日本艦隊の阻止は右翼の部隊に任せ、ダメージを被った僚艦に対する消火の支援や投げ出された溺者の救助、それに丸裸になった戦艦部隊の対潜警護にあたった。
日米の快速艦艇のうちで真っ先に仕掛けたのは一二隻の「陽炎」型駆逐艦だった。
長砲身の一〇センチ砲を遠めから撃ちかけつつ一気に肉薄、米駆逐艦との距離が七〇〇〇メートルまで詰まった時点で全艦が二基ある五三センチ六連装魚雷発射管からすべての魚雷をぶっ放す。
ある意味においては思い切りのいい戦術だともいえる。
しかし、一方で駆逐艦のような小物相手に貴重な魚雷を使うことに対して難色を示す者もいた。
飛行機屋であれ水雷屋であれ、叶うならば戦艦や空母といった大物を狙いたい。
だが、三個駆逐隊の指揮を執る第一六駆逐隊司令はそのような声を一顧だにせず全魚雷の発射を厳命していた。
米駆逐艦に向けて発射された魚雷はそのすべてが帝国海軍にとっての切り札、九三式酸素魚雷だった。
直径五三センチ、空気の代わりに酸素を酸化剤としたその魚雷は四九ノットで九〇〇〇メートル、雷速を四五ノットに落とせば一二〇〇〇メートル先まで航走する。
長大な射程距離を有する一方で、酸素魚雷はほとんど航跡を残さないから視認しづらい。
そして、米駆逐艦の乗組員らはその酸素魚雷の存在を知らなかった。
片舷一二線、合わせて一四四本の隠密魚雷が八隻の米駆逐艦に網をかけるように突き進む。
七〇〇〇メートルという距離は雷撃を行うにはいささか距離がありすぎたのだろう。
一四四本もの魚雷を発射したうえ、さらに回避の素振りすら見せなかった相手に対して命中したのはわずかに四本。
三パーセントを切る命中率は、第一六駆逐隊司令をはじめとした水雷屋たちに失望を与えるには十分な成績だった。
だがしかし、駆逐艦に乗る鉄砲屋たちは違った。
彼らは駆逐艦の武器は魚雷がすべてではないとばかりに七二門の主砲で生き残った米駆逐艦に猛射を加えていく。
そもそもとして、「陽炎」型の真髄は一二本の五三センチ酸素魚雷ではなく、六門の長一〇センチ砲であることは水雷屋を除く帝国海軍駆逐艦乗りの間では常識だ。
一方、生き残った四隻の米駆逐艦からすればたまったものではなかった。
いきなり仲間の半数が被雷によって戦闘不能に陥ったのだ。
敵駆逐艦との距離を考えれば下手人は潜水艦かあるいは機雷のいずれかだが、このような大洋のど真ん中に機雷を敷設することは考えにくい。
常識的に考えれば潜水艦による魚雷攻撃、しかも航跡の見えづらい電池式魚雷によるそれではないか。
だが、米駆逐艦乗りたちがそれ以上思考のリソースを被雷の原因に割り振る余裕は無かった。
一二隻にも及ぶ日本の駆逐艦が自分たちに突撃をかけてきたからだ。
一方、「陽炎」型駆逐艦のほうは二隻乃至四隻でチームを組んで、数の優位を生かした戦いを四隻の米駆逐艦に仕掛ける。
勇猛果敢な米駆逐艦もさすがに三倍の数の相手には抗しきれない。
米駆逐艦が一二・七センチ砲弾を撃ち込むたびに、その二倍乃至四倍の一〇センチ砲弾が降り注がれる。
幸い魚雷や爆雷の誘爆によって轟沈する艦は無かったものの、それでも米駆逐艦は次々に撃ち込まれる一〇センチ砲弾によって一寸刻みにその戦力を奪われていった。
一方、最後まで抵抗していた米駆逐艦の砲火が止んでなお一二隻の「陽炎」型駆逐艦は容赦しなかった。
戦艦や巡洋艦相手には力不足の一〇センチ砲弾も、装甲が無に等しい駆逐艦であればその効果は絶大だ。
上部構造物を破壊され、船体に数多くの穴を穿たれた四隻の米駆逐艦はそのいずれもが短時間のうちに洋上の松明と化した。
それを見届けた一二隻の「陽炎」型駆逐艦はその舳先を先に被雷した四隻の駆逐艦に向ける。
一隻たりとも見逃すつもりはなかった。
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