第26話 ドーントレス

 F4FワイルドキャットやF2Aバファローといったライバルとも言うべき米艦上戦闘機をそれこそ鎧袖一触にした迎撃第一陣、それに面白いようにTBDデバステーター雷撃機を撃ち墜としていった迎撃第二陣の零戦搭乗員らは、だがしかし勝利の余韻に浸る間もなく遥か頭上を行く敵編隊を捕捉すべく上昇に移る。


 航空管制による指示を受けて迎撃戦闘に臨んだ零戦の搭乗員たちが視認した敵艦上機の数は八〇機ほどだった。

 発見された敵の空母は二隻だから、八〇機という数は妥当な数字だ。

 しかし、そんな自分たちの思い込みの裏をかくようにして米空母部隊の指揮官は全力攻撃を仕掛けてきたのだ。

 自分たちが低高度の敵に気を取られている間に数十機の機体が高空を進撃していく。

 先程撃滅したのは戦闘機と雷撃機だったから、上空の敵機はおそらくは急降下爆撃機だろう。


 零戦は大排気量の金星発動機を搭載するうえに、この時代の艦上戦闘機としてはその機体の軽さもあいまって水準以上の上昇力を持つ。

 だが、迎撃第一陣の零戦は戦闘機同士の格闘戦における機動によって高度はガタ落ちしており、迎撃第二陣に至っては雷撃機を狙ったことで海面ぎりぎりまでその高度は低くなっていた。

 そこから友軍艦隊に向けて進撃を続ける敵機を追尾しつつ、さらに短時間のうちに機銃の射程圏内まで駆け上がるのはいかに零戦の上昇性能をもってしても難しそうだった。

 戦闘空域から艦隊までの距離を考えれば、頭上の敵機は早ければあと十数分で第三艦隊に接触を果たすだろう。

 限られたリアクションタイムの中、零戦の搭乗員らはそれでも必死になって上昇を続ける。

 あきらめないこと。

 それが彼らの使命だった。


 その零戦隊の頭上を行くのは「エンタープライズ」から発進した一八機の爆撃隊と九機の索敵爆撃隊、それに「レキシントン」から発進した同じく一七機の爆撃隊と九機の索敵爆撃隊だった。

 すべての機体が新鋭のSBDドーントレス急降下爆撃機で固められており、そのいずれもが腹に一〇〇〇ポンド爆弾を抱えていた。

 SBDの搭乗員らにとって誤算だったのは零戦の類まれな上昇力だった。

 中高空でのそれも優秀だが、なにより海面高度からの上昇力は他の艦上戦闘機とは一線を画していた。

 F4FやF2Aを基準に考えていたSBDの搭乗員は最初、日本艦隊に到達する前に自分たちが捕捉されるとは思っていなかった。

 しかし、零戦はSBDに対して思いのほか早くその距離を詰めてくる。

 その零戦に対してSBDもまたオーバーヒート上等とばかりに加速を開始する。

 エンジン温度や帰りの燃料を気にしている場合ではなかった。


 そのような状況のなか、SBDと零戦の搭乗員の視界に二群からなる日本艦隊が映りこんでくる。

 前方の艦隊に空母の姿は無く、SBDはそれらを無視して直進を続ける。

 彼らの狙いはあくまでも空母だった。


 日本の機動部隊を視界に入れ、その構成を確認した米攻撃隊指揮官が攻撃開始を命令するのと、ようやくのことで同高度にまで達した零戦が最後尾を行く「レキシントン」爆撃隊と同索敵爆撃隊に食らいつくのはほぼ同時だった。

 零戦は遠めから一二・七ミリ機銃を振りかざしてSBDを威嚇する。

 撃墜は期待しない。

 事ここに至っては撃墜よりも正確な投弾を妨害すべきだった。

 彼らが一二・七ミリ弾の火箭にびびって爆弾を投棄してくれたら儲けものだ。


 だがしかし、SBDはそのいずれもが零戦搭乗員の意図を知ってか知らずかそのまま空母部隊に向けて進撃を続ける。

 一方、威嚇は効果なしと判断した零戦が投弾阻止から撃墜へとその意識を改めSBDとの距離を詰めにかかる。

 その零戦の群れに「レキシントン」爆撃隊と同索敵爆撃隊が飲み込まれた。

 後方から迫りくる零戦に対し、「レキシントン」爆撃隊と同索敵爆撃隊のSBDは後方旋回機銃を振りかざして反撃の砲火を撃ち上げる。

 だが、零戦はその射弾を軽々とかわし、一二・七ミリ弾のシャワーをSBDに浴びせにかかる。

 米軍のブローニング機銃の劣化版とはいえ従来の七・七ミリ弾とは一線を画す威力を持つ一二・七ミリ弾の奔流をまともに食らっては新鋭のSBDといえどもさすがにもたない。

 多数の零戦に取り付かれた「レキシントン」爆撃隊と同索敵爆撃隊は短時間のうちに撃滅されてしまった。


 さらに、一部の零戦は眼下の友軍艦艇から撃ち上げられてくる火弾にひるむことなく「エンタープライズ」隊を捕捉すべくそのまま追撃を続行する。

 そして、零戦が自身の機銃の射程圏に捉えようとしたまさにその時、眼前のSBDが降下機動に遷移した。

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