第27話 防空戦闘

 第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに第六航空戦隊の「神鶴」と「天鶴」の四隻の装甲空母を守るのは七隻の「陽炎」型駆逐艦と二隻の「朝潮」型駆逐艦だった。

 九隻の駆逐艦のうち「陽炎」型駆逐艦のほうは最新の九八式一〇センチ連装高角砲三基六門、それに二五ミリ三連装機銃四基を備える。

 現時点において、帝国海軍の駆逐艦の中では最も強力な対空火器を装備する艦だった。

 一方の「朝潮」型駆逐艦もまた八九式一二・七センチ連装高角砲を六門、それに同じく二五ミリ三連装機銃を四基搭載する当時の世界水準を大きく超えた対空能力を持つ有力艦だ。

 これらに四隻の「翔鶴」型空母の合わせて六四門の一二・七センチ高角砲や大量の機銃が加わる。


 まず、一一八門の高角砲がSBDドーントレス急降下爆撃機に向けて射撃を開始する。

 各艦が放つ一二・七センチ砲弾や一〇センチ砲弾が形成する弾幕密度は濃密だ。

 瞬く間にSBDの周囲が高角砲弾炸裂の黒雲に覆われる。

 高角砲弾炸裂の危害半径にいたSBDはそのいずれもが例外なく爆風に煽られ断片に切り刻まれていく。

 燃料タンクに高熱の鉄片を突き込まれた機体は爆散し、搭乗員が死傷した機体はそのまま機首を下に向けて海面へと吸い込まれていく。

 SBDが墜ちるたびに対空火器に取り付く将兵らから歓声が上がるが、それでも全機撃墜にはほど遠い。

 生き残ったSBDはそのまま輪形陣を突破、空母に肉薄する。


 それらSBDが目標としたのは右前方を行く「神鶴」と、その後方を追求する「天鶴」だった。

 「神鶴」には激しい対空砲火の洗礼から生き残った一三機の「エンタープライズ」爆撃隊が殺到する。

 すでに整然とした編隊を維持することはかなわず、小隊単位あるいは単機で急降下に遷移する。

 次々に投弾された一三発の一〇〇〇ポンド爆弾のうち九発は外れ弾となったが、それでも四発が命中する。

 そのうち、三発は飛行甲板に施された装甲によって弾き返されたが、残る一発がよりにもよって艦橋に命中してしまう。

 一〇〇〇ポンド爆弾の破壊力は凄まじく、艦橋にいた第六航空戦隊司令官や「神鶴」艦長、それに多くの幹部の命を一瞬のうちに奪ってしまった。

 さらに、艦橋に併設されていた煙突も噴き飛ばされ、そこからもうもうたる黒煙が噴出する。

 大きな被害を受けた「神鶴」ではあったが、それでも不幸中の幸いだったのは敵雷撃機がすでに零戦隊によって撃滅されていたこと、それにこの近くに敵の潜水艦がいなかったことだ。

 もし、この場に雷撃機や敵潜水艦がいれば、直進するだけとなった「神鶴」はいい的にしか過ぎなかっただろう。


 「神鶴」の後方にあった「天鶴」もまた黒煙を上げていた。

 六機の「エンタープライズ」索敵爆撃隊に狙われた「天鶴」は艦長の必死の操艦によって四発を回避したものの、二発を被弾してしまう。

 一発は飛行甲板の装甲によって大事には至らなかったものの、残る一発が左舷の非装甲部に命中、兵員居住区を爆砕し、そこにあった可燃物に火をつけた。

 「翔鶴」型空母は装甲空母を名乗ってはいるものの、飛行甲板のすべてに鋼鉄が張り巡らされているわけではない。

 装甲防御されているのは艦の中心線、幅二〇メートルの部分だけだ。

 艦の左右は通常の空母と変わらず、そこを一〇〇〇ポンド爆弾によって貫かれてしまったのだ。

 ただ、格納庫側面に施された装甲はその爆風と爆圧によく耐え、格納庫とその上の飛行甲板に大きな被害は無かった。


 SBDは投弾を終えると同時に急いで引き揚げにかかった。

 彼ら搭乗員の仕事は敵に爆弾を命中させることだけではない。

 生還して実戦で得た知見を仲間に伝えることもまた重要な任務だった。

 だが、それらSBDで生きて帰ることが出来たものはごくわずかしかなかった。

 母艦を傷つけられ、頭に血が上った零戦の搭乗員によってそのことごとくが帰路で撃ち墜とされてしまったからだ。


 一方、第三艦隊のほうは、二〇機に満たない急降下爆撃機による空襲だったのにもかかわらず、その被害は深刻だった。

 第三艦隊には八九式や九八式など新旧合わせて一一八門もの高角砲があり、さらに大量の機銃が装備されていた。

 それなのにもかかわらず、敵の急降下爆撃を阻止できず二隻の空母が被弾した。

 なにより痛かったのは第六航空戦隊司令官や「神鶴」艦長をはじめとした多数の将兵を失ったことだ。

 開戦までに入念な教育や訓練を施した将兵の補充は容易ではない。

 だからこそ、桑原長官をはじめ第三艦隊司令部員らの表情は渋い。

 史上初の機動部隊による戦いは、日米双方に苦い教訓を残したのだった。

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