第25話 迎撃戦闘

 米機動部隊が放った攻撃隊の迎撃を命じられた第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに第六航空戦隊の「神鶴」と「天鶴」の零戦搭乗員はなによりもまずは爆弾や魚雷を抱えた急降下爆撃機や雷撃機を優先して叩くよう命令されていた。

 その一方で、敵戦闘機に対しては自衛の戦闘以外は極力これを行わないようにも指示されている。

 機銃を振り回すか、あとはせいぜい小型爆弾しか搭載できない戦闘機と違い、大型爆弾や魚雷を運用する急降下爆撃機や雷撃機は水上艦艇にとっては剣呑極まりない相手だったから、まずはこちらを先に始末しろということだ。


 発見された敵の攻撃隊は四群から成っており、それぞれが、二〇機程度の編隊を組んでいる。

 電探によれば一〇〇機を超える大編隊とのことだったが、八〇機もあればそれは誤差の範囲だろうと零戦の搭乗員らは考えた。

 配備されて間のない電探は機械的信頼性も決して満足できる水準ではなく、海象や気象といった天象に容易に影響される。

 それに、発見された敵の空母は二隻だから八〇機というのは妥当な数だ。


 敵の搭乗員もまたこちらの姿を認めたのだろう。

 四群のうちの二群が速度を上げて突っ込んでくる。

 その素早い動きから間違いなく護衛の戦闘機だった。

 全体の半数が戦闘機と、予想外にその数が多かったことから零戦の搭乗員たちは敵戦闘機の挑戦に応じる。

 自分たちと同じかやや少ない敵戦闘機を放置して爆撃機や雷撃機を攻撃するのは危険が大きい。

 いつ敵戦闘機が自分たちの側背を突いてくる分からないなかで爆撃機や雷撃機を撃墜するのは至難だしなにより非効率だ。


 そう考えた零戦の搭乗員たちは敵戦闘機との戦いを選択する。

 自分たちと同じ数の迎撃第二陣が間もなくこの空域に到達するから、残る四〇機程度の爆撃機かあるいは雷撃機は彼らに任せればよかった。

 そのことで、「翔鶴」と「瑞鶴」の二四機の零戦は「エンタープライズ」から発進した二一機のF4Fワイルドキャット戦闘機と、「神鶴」と「天鶴」の二四機は「レキシントン」隊の二〇機のF2Aバファロー戦闘機との戦いに臨む。

 日米初となった洋上航空戦は、だがしかし一方的な展開となった。


 アジア人の造った戦闘機など米国や英国、それにドイツには遠く及ばない。

 どんなに高く見積もってもせいぜいフランスかあるいはイタリアと同レベル程度だと侮っていた米搭乗員らは、だがしかしその奢りと油断の代償を己の血と命で贖うことになる。

 一方、機体の性能や数、なにより搭乗員の実戦経験で勝る零戦はその隙を見逃さない。

 日中戦争の戦訓で二機を最小戦闘単位としている零戦隊はこれまでに培ってきた連携機動、つまりは機織り戦法でF4FやF2Aに戦いを挑む。

 零戦は大排気量の金星発動機を搭載する速度重視型の戦闘機であり、旋回格闘性能については前タイプの九六艦戦に及ばない。

 だが、それはあくまでも九六艦戦に限った話であり、F4FやP40といった現用の米戦闘機と比較すれば同等かあるいはそれを上回る。

 零戦は、そのいずれもが乱戦に持ち込んだ後にあっさりとF4FやF2Aのその背後をとった。

 同時に零戦は金星発動機の太いトルクにものを言わせて急迫、至近距離から一二・七ミリ弾のシャワーをF4FやF2A次々に浴びせていく。

 短時間のうちに米戦闘機隊は蹴散らされ、その後はただの残敵掃討となった。


 迎撃第一陣にわずかに遅れて戦闘空域に到達した第二陣の四八機の零戦は護衛戦闘機を引き剥がされた三七機のTBDデバステーター雷撃機に襲いかかる。

 脚が遅く、そのうえ重量物の魚雷を抱えているTBDに零戦は容赦しなかった。

 海面高度まで降りては次々に機銃弾をTBDに突きこんでいく。

 零戦に比べて最高速度が二〇〇キロ以上も遅く、腹に魚雷を抱えて極端に動きの鈍ったTBDにこれを躱す機動力は無い。

 TBDは唯一の頼みである後方旋回機銃を振り回して必死の防戦に努めるものの、零戦はこれを軽く躱し返礼とばかりに猛射を浴びせる。

 一二・七ミリ弾の奔流をまともに食らったTBDは機体をズタボロにされて次々に海面へと叩き落されていく。

 自分たちよりも数の少ないTBDに対し、獲物を奪い合うかのように零戦は次々に肉薄してはこれらを平らげていく。

 それはもはや、戦闘というよりも虐殺に近かった。


 F4FやF2Aに打ち勝ち、そのうえわずかな時間でTBDを全滅させた零戦隊だったが、彼らが勝利の余韻に浸ることはなかった。

 戦闘機同士の空中戦で一気に高度が下がった迎撃第一陣、雷撃機を撃墜するために海面高度まで降下した迎撃第二陣の遥か上空を数十機の編隊が航過しつつあったからだ。

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