第24話 電探
中国との戦争において、その主力となったのはもちろん帝国陸軍だった。
大洋ではなく大陸での戦いなのだから、それは当たり前と言えば当たり前だ。
しかし、陸の戦いだからと言って帝国海軍もまた無関係というわけにもいかなかった。
もし、中国との戦争を陸軍だけに任せるような真似をすれば、国民から海軍はなぜ戦わないのかといった非難を受けることは必至だし、ある程度の実績を挙げておかないと陸軍との予算分捕り合戦にも後れを取ってしまう。
だから、帝国海軍は陸の上でも戦力となる航空隊を戦線に投入し、そして少なくない戦果を挙げていた。
だが、その一方で被った損害も決して小さいものではなかった。
新鋭の九六陸攻は敵戦闘機の激しい迎撃に遭い、多くの機体とともに多数の搭乗員が失われた。
その大陸における一連の航空戦の中で、特に手痛い損害を被ったのが昭和一四年一〇月三日と一四日に中ソ連合航空隊によって実施された漢口空襲だった。
日本側は同連合航空隊の奇襲攻撃によって一度に数十機もの飛行機を地上撃破され、そのうえ海軍航空隊になくてはならない貴重な人材を多数喪失する。
一方、反撃によって撃墜した敵爆撃機はわずかに二機のみであり、つまりは帝国海軍の完全敗北だった。
当時の苦い記憶は、海軍航空に携わる関係者の中にいまだ生々しい敗戦のそれとして深く刻み込まれている。
その手痛い教訓によって、帝国海軍では探知兵器に対する関心あるいはその意識が大きく向上した。
関係者らは従来の聴音機や監視哨による目視よりも遥かに遠方の敵をキャッチできる電波探信儀に注目する。
しかし、欧米に比べて基礎科学力に劣る日本にとってその開発はいささか荷が重いものだった。
電装系の技術は低く、そのうえ品質管理や工作精度も甘いものだから、その実用化には当然のことながら相応の時間がかかった。
ただ不幸中の幸い、本格的に取り組んだ時期が比較的早かったために、米英との戦争が始まった時点では陸上基地や艦艇、それに一部の航空機にも搭載出来る程度にはその小型化にも成功していた。
それと並行して、運用のノウハウも積み上げられている。
電探で捉えた敵機に友軍戦闘機を誘導してそれにぶつける航空管制の概念が出来上がるとともに、その訓練もまた数多く積み重ねてきた。
そして、それはウェーク島沖の戦場において成果を挙げつつあった。
「敵編隊探知、一〇〇機以上の大編隊。距離一〇〇キロ」
緊張を含んだ電探操作員の言葉に、第三艦隊司令長官の桑原中将はすかさず上空警戒中の零戦に対してその迎撃を命じる。
同時に飛行甲板で待機している零戦も可及的速やかに発艦するよう、こちらも併せて命令した。
この戦いが開始された時点で第三艦隊の基幹戦力である五航戦の空母「翔鶴」と「瑞鶴」、それに六航戦の「神鶴」と「天鶴」にはそれぞれ三個中隊三六機の零戦が搭載されていた。
そのうち一個中隊は太平洋艦隊の攻撃に向かう九九艦爆や九七艦攻の護衛にあたり、残る二個中隊は艦隊防空をその任務としていた。
桑原長官の命令を受け、上空にあった四八機の零戦が速度を上げて敵編隊が進撃してくる方向へその機首を向ける。
可能な限り遠方で敵を捕捉し、少しでも反復攻撃の機会を増やすためだ。
反復攻撃の回数が増えるということは、ある意味において戦闘機を増勢したのと同じ効果をもたらす。
一方、艦上で待機していた同じく四八機の零戦もまた、爆音を轟かせて飛行甲板を蹴っていく。
栄発動機や瑞星発動機に比べて排気量が大きくトルクが太い金星発動機を搭載した零戦はその機体の軽さも相まってぐんぐん上昇していく。
最高速度も九六艦戦に比べて一〇〇キロ近く優速であり、しかも武装のほうも従来の戦闘機に比べて格段に強化されている。
零戦はブローニング機銃をパクった一二・七ミリのそれを両翼にそれぞれ二丁、合わせて四丁装備している。
七・七ミリ機銃を二丁しか装備せず、そのことで日中戦争で非力さを露呈した九六艦戦とは次元の違う破壊力を持っているのだ。
これまで発見された敵の空母は「ヨークタウン」級空母と「レキシントン」級空母がそれぞれ一隻。
それら二隻の母艦から発進したと思われる一〇〇機を超える機体がこちらに向かってきている。
だがしかし、九六機もの零戦があれば敵機を寄せつけるものではない。
こちらには電探があるし、航空管制の訓練を十分に積んだ搭乗員はその誰もが腕利きだ。
その防衛網を突破して艦隊上空まで進出できる米機などあるはずがない。
第三艦隊の将兵は当初、誰もがそう思っていた。
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