第23話 九七艦攻
あれほど激しかった対空砲火は今では散発的となり、整然としていた輪形陣はもはや見る影もない。
少なくない犠牲を出しながらも九九艦爆隊は米空母の外郭を固める護衛艦艇の撃破に成功したのだ。
艦攻隊指揮官兼「瑞鶴」艦攻隊長の嶋崎少佐はここまで自分たちを完璧に守ってくれた零戦隊、それに激しい対空砲火を省みず突破口を啓開してくれた艦爆隊に感謝の念を抱きつつ、米空母に対する攻撃を下令した。
近侍を失い、裸となった空母に「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊の三六機の九七艦攻が二手に分かれ、海面を這うようにして接近する。
一八機からなる「瑞鶴」隊を直率する嶋崎少佐は炎上する巡洋艦や駆逐艦の脇をすり抜け徐々に艦影が大きくなる空母をみやる。
艦橋と煙突が独立、そのうち煙突のほうは冗談のようにでかい。
まごうことなき「レキシントン」級空母だ。
巡洋戦艦を改造したというそれは、母艦である「瑞鶴」を超えるボリュームと、さらに同等の脚をもっているのではないかと思わせるくらいの速度で驀進している。
対空火器も充実しているようで、舷側の前から後ろまでが凄まじい速さで明滅を繰り返している。
こちらに噴き伸びてくる火箭の量も尋常ではなく、外れ弾が海面にぶつかり小さな水柱がそこかしこに沸き立っている。
だが、高速で回避運動を続けるプラットフォームから撃ちかけているせいでその射撃は正確性を欠いているのだろう、今のところ撃ち墜とされる機体は無い。
目標とした「レキシントン」級空母は被雷面積を最小にするため、こちらにその艦首を向けてくる。
逆方向から接近しているはずの「翔鶴」隊にとっては「レキシントン」は不用意に横腹をさらす格好の的と化しているはずだ。
嶋崎少佐は機体をわずかに左にひねり、「レキシントン」級空母の転舵を無効化する機動をとる。
そのまま距離をつめる一方で、逆に敵の射撃が徐々に正確になってきていることも実感する。
このままでは、射点に到達するまでに何機か墜とされるかもしれないと思った刹那、右をいく部下の機体が爆散した。
大口径の機関砲弾か機銃弾、あるいは不運にも高角砲弾の直撃を食らったのかもしれない。
犠牲になった部下のことを、だがしかし頭の隅に追いやり嶋崎少佐は狙いをつけた「レキシントン」級空母に肉薄する。
最適の距離に到達したと判断すると同時に必殺の九一式航空魚雷を投下、生き残った部下たちの機体もそれに続く。
嶋崎少佐は「レキシントン」級空母の鼻先をかすめるように九七艦攻をすべらせ、そのまま遁走をはかる。
投雷を終えたのだろう、前方から「翔鶴」隊の九七艦攻がこちらに向けて離脱を図っている姿が視界に飛び込んでくる。
空中衝突だけはしてくれるなよと祈りつつ、敵対空火器の有効射程圏外に逃れた嶋崎少佐は搭乗員モードのそれから指揮官モードへと頭を切り替え眼下の「レキシントン」級空母をみやる。
投雷前に撃墜された機体もあったが、それでも三〇本以上の魚雷が「レキシントン」級空母の横腹を食い破るべく海面下を進んでいるはずだ。
ほどなく、「レキシントン」級空母の両舷に次々に水柱が立ち上りはじめる。
「一本、二本、三本、五本、一〇本・・・・・・」
最終的に水柱の奔騰は一二本を数えた。
すべての水柱が消えたあと、「レキシントン」級空母は炎と煙に包まれ始める。
短時間に一二本もの魚雷を食らえば、いかに巨体を誇る「レキシントン」級空母といえども間違いなく助からない。
嶋崎少佐が撃沈確実と判断したとき、「ヨークタウン」級空母を攻撃していた「神鶴」艦攻隊長から戦果報告が上がってくる。
「魚雷命中一〇本、撃沈確実」
的が小さかったせいか、命中本数は「レキシントン」級に比べて少ないが、それでも十分に致命傷だ。
空母二隻を撃沈、さらに巡洋艦と駆逐艦を多数撃破。
初陣にしては上々の戦果に嶋崎少佐も満足を覚える。
だが、一方でのどに小骨が引っ掛かったような感覚もあった。
米機動部隊の上空に敵戦闘機の姿がただの一機たりとも見当たらなかったのだ。
そして、これが何を意味するのかは嶋崎少佐のみならず、ここにいる搭乗員の誰もが理解している。
「敵はもてる艦上機をすべて攻撃に振り向けている」
事前情報によれば米空母は一隻あたりの搭載機数は「蒼龍」型や「翔鶴」型といった日本の正規空母と同等か、下手をすればそれを上回る可能性があるという。
そうであるのならば最低でも一〇〇機、多ければ一五〇機近い機体が今ごろは第三艦隊に襲いかかっているはずだ。
「頼んだぞ、直掩隊」
嶋崎少佐は友軍空母の頭上を守る九六機の零戦とその搭乗員たちに思いを馳せた。
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