第22話 九九艦爆
敵艦隊を眼下に捉えてなお、F4FワイルドキャットやF2Aバファローといった戦闘機はただの一機も現れなかった。
ここまで九九艦爆や九七艦攻を護衛してきた四八機の零戦はいかにも手持ち無沙汰といったふぜいだ。
それでも彼らは敵戦闘機の奇襲に対する警戒態勢を解くことはなく、小隊ごとに散開して周辺空域に目を光らせている。
「敵は、あるいはすべての機体を第三艦隊の攻撃に差し向けたのか」
釈然としない思いとともに少しばかりの焦燥を抱きつつ、攻撃隊指揮官の高橋少佐はそれでも攻撃開始を命じる。
遠くにある第三艦隊のことを心配してもしょうがないし、それに彼らには一〇〇機近い零戦が直掩として残っているはずだから、よほどのことが無い限りは大丈夫なはずだった。
攻撃目標の割り振りは敵艦隊の構成を確認した時点ですでに済ませていた。
五航戦の「翔鶴」隊と「瑞鶴」隊の三六機の九九艦爆が前方の、六航戦の「神鶴」隊と「天鶴」隊の同じく三六機の九九艦爆が後方の空母群を攻撃する。
後方の空母群攻撃の指揮は「神鶴」艦爆隊長にこれを委ねることもすでに指示していた。
高橋少佐は自身が直率する「翔鶴」艦爆第一中隊第一小隊と第二中隊第三小隊の六機で空母の左前方に位置する巡洋艦に後方から接近する。
第一中隊第二小隊と第三小隊は空母の右前方、第二中隊第一小隊と第二小隊は後方の巡洋艦を攻撃し、「瑞鶴」隊は三機ごとの小隊に分かれて駆逐艦を狙う。
そして、九九艦爆が敵の輪形陣にダメージを与えたところで九七艦攻が突撃を敢行、敵の空母に必殺の航空魚雷を叩き込む。
敵艦隊の外郭に位置する巡洋艦や駆逐艦から対空砲火が撃ち上げられてくる。
たちまち周辺の空が黒く染め上げられ、高角砲の至近弾を食らった九九艦爆が一機、二機と櫛の歯が欠けるように脱落していく。
そのような中、致命的な損害を被ることもなく投弾ポイントに到達することが出来た高橋少佐とその部下たちは機体をひねり降下を開始する。
目標とした敵巡洋艦の姿が顕になる。
前部に二基、後部に一基の三連装砲塔を持つ米国の平均的な重巡の姿がそこにはあった。
米軍はぜいたくにも空母一隻に対して三隻もの重巡あるいは同等の船体を持つ「ブルックリン」級軽巡、そして六隻の駆逐艦をその護衛にあてていた。
わずか九隻の駆逐艦で四隻の空母を守る第三艦隊に較べて、格段に手厚い護衛艦艇に守られた米空母に少しばかりの羨望を覚えつつ、高橋少佐は高度五〇〇メートルで腹に抱えてきた二五番を切り離し、そのまま低空を駆け抜ける。
間近で見る米重巡の対空砲火はさらに凄まじいものがあった。
艦の至る所で明滅が繰り返され、火箭がこちらに向かって噴き伸びてくる。
周辺に湧き立つ黒雲や火箭の密度は尋常では無い。
機体に砲弾片がぶつかっているのだろう、耳障りな音や嫌な衝撃がひっきりなしだ。
それでも、九九艦爆には搭乗員保護のための防弾装甲や防漏タンクが装備されている。
日中戦争の際に一二・七ミリはおろか七・七ミリクラスの機銃弾にさえ容易に墜とされていった防弾装備の無い九六陸攻の反省を生かしたものだ。
重量増によって運動性能や最高速度、それに燃費の悪化に伴う航続性能の低下をもたらしたものの、他方で搭乗員たちに少なくない安心感を与えているのも事実だった。
防弾装備のおかげか、高橋少佐とその僚機で投弾までに撃墜された機体は一機も無かった。
だが、非情な戦場ではその幸運も長続きはしない。
投弾直後に第二中隊第三小隊の一機が火箭をまともに浴びて爆散する。
大口径の艦載機銃や機関砲の直撃をカウンターでまともに食らえば防弾装備を施した九九艦爆といえどもさすがにもたない。
部下の死をしり目に、ようやくのことで敵巡洋艦からの火箭の追撃を振り切った高橋少佐は生き残った部下の機体を見やる。
どの機体もよく見れば黒く煤けた後を残しており、大なり小なり損害を被っているようだった。
すでに自分たちが狙った重巡は部下からの報告によって二発が命中したことが分かっている。
六機が投弾して直撃が二発。
命中率が三割三分というのは、少しばかり残念な結果だが、初陣だったということを考えればこれでよしとしなければならないのかもしれない。
高度を上げた高橋少佐は眼下の敵艦隊に目をやる。
空母の外周に展開していた九隻あった巡洋艦や駆逐艦のうちの八隻までもが煙を吐き出して洋上をのたうっていた。
どうやら、九九艦爆隊は敵の空母の周囲に張り巡らされた剣呑な外堀を埋めることに成功したようだった。
その九九艦爆が盛大にこじ開けた突破口からこんどは多数の九七艦攻が米空母に迫った。
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