第21話 選択

 「二群からなる日本艦隊を発見。戦艦六、巡洋艦ならびに駆逐艦多数からなる水上打撃部隊。さらにその後方に空母四隻を基幹とする機動部隊」


 索敵に出したSBDドーントレス急降下爆撃機からの一報を受け取った時、ハルゼー提督はその可能性を考慮していた一方で、だがなにより恐れていた事態が起こったことを悟った。


 軍縮条約明け後に日本が建造を開始した四隻の主力艦は戦艦だというのが米海軍上層部、あるいは情報部門の一般的な分析だった。

 中にはレイトン中佐のように空母ではないかとの疑念を持つ者もいるにはいたが、そのような声は主流派にはなりえなかった。

 そもそもとして、日本海軍はすでに「蒼龍」型と「千歳」型の大小合わせて八隻の空母を保有しており、その一方で戦艦のほうは旧式のものがわずかに六隻でしかなかったのだ。

 戦艦こそが海軍の主力であることは、米英に次ぐ海軍強国の日本もまた承知しているはず。

 それに、日本の議会に提出されたマル三計画と呼ばれる建艦計画の予算では主力艦は一隻あたり約一億円とされており、これは戦艦としては妥当な金額である一方で空母としては少しばかり高額に過ぎた。

 もちろん、三万トンを超える大型装甲空母を建造するのであれば話は別だが、それならば数の少ない戦艦を造ったほうが全体としてバランスが良いし実際に役に立つはずだ。


 太平洋艦隊司令長官のキンメル提督もまた、日本の四隻の主力艦は戦艦だという判断を支持しており、そのことで「エンタープライズ」と「レキシントン」の二隻の空母だけで日本艦隊と対峙することを選択したのだ。

 だが、その前提が完全に覆された。

 敵はこちらの二倍の空母を用意し、しかもそれらはいずれも大型。

 あきらかに米空母部隊のほうが分が悪い。


 だが、一方でハルゼー提督は航空参謀とともに、すでにこの事態に対するアクションプランを検討していた。

 一つは守りに徹する。

 索敵に出した機体以外のSBDとすべての戦闘機で防空戦闘を行うのだ。

 SBDは最新鋭の機体であり、爆弾を抱えていない状態であればその運動性能は良好だ。

 武装も機首に一二・七ミリ機銃を備えており、当時の急降下爆撃機としてはかなりの強武装だった。

 さすがにドイツ戦闘機に対しては分が悪いと考えられてはいるものの、それでも日本機が相手であれば準戦闘機として運用できると判断されている。

 四〇機あまりの戦闘機、それに五〇機を超えるSBDで迎え撃てば、一五〇機から最大で二〇〇機程度と予想される日本の攻撃隊を阻止できる可能性は低くはなかった。


 もう一つのオプションは攻撃一本槍だ。

 使用可能なすべての機体を日本艦隊にぶつける。

 戦闘機をすべて攻撃隊の護衛に差し向けることで、こちらも相応の被害を免れないが、日本艦隊もまた大損害を被るはずだ。

 彼我の国力や工業力を考えれば、刺し違えは明らかに米側を利する。


 いずれにせよ、劣勢な側としては中途半端なことだけは避けるべきだった。

 仮に戦闘機の半数を攻撃隊につけ、残り半数を艦隊防空に残しても、それぞれ二〇機程度では急降下爆撃機や雷撃機を守ることも、逆に友軍艦隊を守ることも覚束ない。

 あれもこれも望めない以上、攻防いずれかを切り捨てるしかなかった。

 そのことについて、雄牛の異名を持つ猛将ハルゼー提督に逡巡は無かった。


 「戦闘機と雷撃機を先に出せ。急降下爆撃機はその後だ。すべての機体を日本艦隊にぶつけろ。一機も残すな」


 この時、「エンタープライズ」はF4Fワイルドキャット、「レキシントン」はF2Aバファローと運用する戦闘機は異なる一方で、爆撃機はSBD、雷撃機はTBDデバステーターといった同じ機種を搭載していた。

 SBDは先述した通り、最新鋭の急降下爆撃機であり、そのうえ運動性能も比較的良好だから戦闘機の護衛が無くてもそこは搭乗員の腕と度胸でなんとかなる。

 一方、TBDは旧式で脚も遅いうえに防御力も貧弱で、敵の戦闘機に狙われればひとたまりもない。

 そのうえ搭載する魚雷は大重量で、SBDが抱えている一〇〇〇ポンド爆弾の二倍の重量を持つ。

 にもかかわらず、TBDのエンジンはSBDのそれよりも出力が低かった。

 当然のことながら爆装あるいは雷装状態における両機の運動性能はまさに月とスッポンとも言えた。

 それゆえ、ハルゼー提督はTBDの護衛を手厚くするよう指示したのだ。


 ハルゼー提督の命令一下、「エンタープライズ」からF4F二一機にTBDが一八機、それらの後を追うように二七機のSBDが発艦していく。

 「レキシントン」もまた、F2A二〇機とTBD一九機、それに二六機のSBDを発進させる。

 一三一機からなる攻撃隊の目標は日本の空母ただそれだけにに絞られていた。

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