第20話 零戦二一型甲
索敵に出した九七艦偵から送られてきた敵艦隊発見の報に接し、第三艦隊司令長官の桑原中将はただちに攻撃隊の発進を命じた。
第五航空戦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに第六航空戦隊の「神鶴」と「天鶴」からそれぞれ零戦が一二機に九九艦爆が一八機、それに九七艦攻が一八機の合わせて一九二機が飛行甲板を蹴って大空に舞い上がっていく。
「翔鶴」型は軍縮条約の排水量制限の軛から逃れたマル三計画で設計、建造が進められた艦で、全長二四八メートル、全幅三一メートルの巨躯を持つ大型装甲空母だ。
飛行甲板もまた帝国海軍の空母で最も長大で、全長に近い二四七・五メートルの長さを誇る。
だが、それでも自力滑走によって一度に飛び立てる機体はどんなに頑張っても四〇機をわずかに超える程度でしかない。
それにもかかわらず、同時に四八機もの艦上機を発艦させることが出来たのはカタパルトを備えていたからだ。
兵法の常道として戦力集中の原則は、関係者の間では口を酸っぱくして言われ続けてきたものであるが、航空機に関しては特にこの傾向が強かった。
攻撃に投入出来る機体が増えれば増えるほどその攻撃威力は増し、さらに敵の対空砲火が分散されることで損害の低減も期待出来た。
逆に言えば、少数の機体で攻撃を仕掛けても、当然のことながら戦果は僅少となるし、一方で一機あたりの敵の対空砲火の密度は上がるからその分だけ被害は大きくなるはずだった。
このことから、帝国海軍では空母のカタパルト装備は早い段階で必須と考えられ、予算と人材を投入してその開発を進めてきた。
国内の化学技術あるいは工業水準の低さなどに足を引っ張られてしまい、そのことで予想以上に開発に時間がかかってしまったが、それでも「翔鶴」型の竣工までにはなんとか間に合わせることができた。
もちろん、「蒼龍」型や「千歳」型にもカタパルトはすでに装備されており、特に艦型の小さな「千歳」型においてはその艦上機の効率的な運用あるいはその柔軟性を飛躍的に高めていた。
攻撃隊が発進してしばらく後、各空母に準備された二個中隊の零戦のうちの半数、つまりは一個中隊が上空警戒に飛び立つ。
敵の索敵機、おそらくはSBDドーントレス急降下爆撃機によってこちらの所在はすでに暴露されている。
一方でこちらが発見した太平洋艦隊との距離から、敵艦上機の来襲は必定とみられ、そのおおよその襲撃時間の予想もついていた。
それに合わせ、残る一個中隊もまた飛行甲板で暖機運転を開始、電探が敵編隊を捕捉次第いつでも飛び立てるよう準備を整え始める。
九六機ある直掩隊の戦闘機はすべて零戦二一型甲で統一されていた。
零戦二一型甲は漢口事件を機にそれまで候補に上がっていた瑞星あるいは栄に代えて金星発動機を搭載している。
金星の採用によって機体重量の増加や前面投影面積の増大などで燃費が悪化したものの、一方で大トルクに伴う加速性能や上昇性能が向上、最高速度も五四〇キロとこの時期の艦上戦闘機としては一流の性能を誇っていた。
さらに、最新型の金星を搭載したことで出力が一一〇〇馬力から一三〇〇馬力に増強された二二型の生産も開始されており、こちらは最高速度が五六〇キロになるとともに、加速性能や上昇性能もわずかだが向上している。
武装も日中戦争で非力を露呈した七・七ミリ機銃に代えて翼内に一二・七ミリ機銃を四丁装備している。
その一二・七ミリ機銃は陸軍と共同で開発したと言えば聞こえはいいが、実際のところはブローニング機銃のパクリであり、当然のことながら、まったくもって褒められた行為ではない。
それと、米国との冶金技術をはじめとした工業技術の差はいかんともしがたく、本家に比べれば性能面でいささか見劣りがするのは仕方がなかった。
それでも、従来の七・七ミリ機銃とは桁違いの破壊力を有していたこと、それに弾道が低伸して命中率が高いことから搭乗員たちの評判は上々だった。
さらに、基地航空隊の一部には二一型甲とは別に二一型乙が配備されているところもあった。
こちらは二〇ミリ機銃二丁と一二・七ミリ機銃二丁の混載で、主に爆撃機の邀撃を任務としている。
零戦二一型甲による艦隊防空について、桑原長官は楽観視していた。
発見された敵の空母は「レキシントン」級ならびに「ヨークタウン」級と思しき二隻だけであり、他に空母は発見されていない。
そのことから、来襲が予想される敵機の数はどんなに多く見積もっても一〇〇機を大きく超えることはないはずだった。
それならば、九六機の零戦をもってすれば十分に守りきれる。
だが、ハルゼー提督の攻撃精神は桑原長官の予想を大きく超えていた。
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