第19話 九七艦偵

 すべての索敵機の発進が完了したという航空参謀の報告にうなずきつつ、第三艦隊司令長官の桑原中将は今更ながらに航空戦力の不足を痛感していた。

 彼が率いる第三艦隊は四隻の「翔鶴」型空母を基幹とし、それらの護衛として九隻の駆逐艦がつき従っている。

 四隻の空母で運用される艦上機は常用機だけで三一二機を数えるが、それでも桑原長官がその戦力に満足することが出来なかったのは他にも多数の空母があったからだ。

 連合艦隊は開戦までに「蒼龍」型と「翔鶴」型の正規空母、それに「千歳」型改造空母をそれぞれ四隻、つまりは大小一二隻の空母を保有していた。

 それなのにもかかわらず、ウェーク島近海にあるのは太平洋艦隊の出撃にあわせて避退した「千歳」を勘定に入れてもわずかに五隻にしか過ぎない。

 もちろん、連合艦隊司令部もこのことは承知しており、桑原長官に対してはもっぱら空母だけを狙うように指示している。


 だが、桑原長官としては、そもそも論としてウェーク島攻略は開戦と同時ではなく後回しにすべきだと考えていた。

 まずは第二艦隊と第三艦隊の八隻の正規空母でフィリピンの航空戦力を撃滅し、返す刀でウェーク島攻略作戦を仕掛けて太平洋艦隊を誘引、多数の艦上機で一気に同艦隊を撃滅するのが一番確実なやり方だ。

 後知恵にはなるが、それでもシンガポールを根城にする英艦隊に対しては帝国海軍が保有する戦艦の半数を充てれば十分だったはずであり、逆に「蒼龍」と「飛龍」は太平洋艦隊に備えさせておくべきだったのだ。

 いずれにせよ、航空戦力は集中してこそその効果を発揮するのは周知の事実。

 そのうえ、戦力の規模が大きくなればなるほど逆に被害は軽減される。

 このことは、第二艦隊司令長官の小沢中将も同意するところだった。


 だが、桑原長官と小沢長官がそのことを訴えても山本長官ならびに連合艦隊司令部はその意見に与することはなかった。

 連合艦隊司令部は第二艦隊にはマレーとフィリピンを、第三艦隊には太平洋艦隊の撃滅を命じた。

 桑原長官としては、山本長官をはじめとした連合艦隊司令部が戦力集中の原則を軽んじているように思えて仕方がなかった。

 おそらく山本長官と連合艦隊司令部員たちは、米軍が戦艦だと思っていた新造主力艦が実は空母だったという心理的あるいは戦術的奇襲効果を狙っているのだろう。

 それと、米軍が三六センチ砲を搭載していると思い込んでいる「扶桑」型戦艦が四一センチ砲、それに一五・五センチ砲を搭載しているはずの「最上」型巡洋艦が実のところ二三センチ砲に換装していることもまた、第一艦隊を南方作戦ではなく来寇する太平洋艦隊の迎撃戦力として投入する大きな理由なのだろう。

 だが、そのような奇策に頼らずとも、こちらには八隻の正規空母という圧倒的な洋上航空戦力があるのだから、それらをもって正面から押し出せばいいだけなのだ。

 第二艦隊と第三艦隊の合わせて六〇〇機を超える艦上機をもってすれば太平洋艦隊など容易に葬ることが出来るはずだ。

 戦力に勝る側が余計な策を弄して自滅した例は歴史上枚挙にいとまがないが、連合艦隊司令部もまた、この陥穽に落ち込んでしまったのかもしれない。


 桑原長官は山本長官ならびに連合艦隊司令部の方針に納得はできなかったものの、それでも軍人である以上は上官、あるいは上部組織からの命令はこれを絶対に遵守しなければならない。

 まあ、このような時に戦力不足を嘆いたり、あるいは上官批判をしたところで建設的ではないし、なにより精神衛生上もよろしくないので、桑原長官は索敵に出した九七艦偵に意識を切り替える。


 九七艦偵は九七艦攻に「一式空六号無線電信機」という秘匿名称を持つ電探を搭載した機体で、装備するそれは大型艦で一二〇キロ以上、小艦艇でも六〇キロ以上の探知距離を誇り、条件が良ければ一五〇キロ以上先の艦隊を発見できることもあった。

 かつての日本海海戦や第一次世界大戦におけるUボートとの戦いなど、敵の進撃方向やあるいは姿が見えないそれに対する恐怖体験は、今でも帝国海軍のDNAに深く刻み込まれている。

 このことで、帝国海軍には攻撃よりも索敵を重視する空気が醸成され、索敵法の研究やそれに関する機材の発達も著しい。

 攻撃力を削ってでも索敵を重視すべきというのはいまや組織内では常識だ。


 それは現在行われている電探搭載機による二段索敵にも色濃く反映されている。

 四隻の空母から放たれた二四機の九七艦偵は電波の目を使って敵の動きをつかみとるべく飛行を続ける。

 広大な太平洋における索敵を、人間の目だけに頼るといった無茶な発想は帝国海軍にはすでに無かった。

 そして、発進してから約二時間が経った頃、一機の九七艦偵の搭乗員が大きな信号をキャッチした。

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