第18話 ハルゼー提督
日本の艦隊がこちらに向かっているのはすでに分かっていた。
だがしかし、肝心の構成が分からない。
複数の潜水艦が日本艦隊を発見していたものの、連中は極めて強力な対潜警戒陣を敷いているらしく、その全容を掴む前に頭上を水上機、あるいは駆逐艦によって抑えられてしまい艦種識別までやる余裕が無いようなのだ。
「日本軍は第一次世界大戦の折り、派遣された部隊がずいぶんとドイツのUボートに悩まされたと聞きます。また、戦争が終わった後も英海軍に熱心に対潜戦術を教わっていたそうですから、その経験が生かされているのでしょう。なにより、日本も英国と同じ島国ですから第一次世界大戦の英国の苦境は他人事では無かったはずです」
作戦参謀の言葉に首肯しつつ、空母部隊指揮官のハルゼー提督は太平洋艦隊情報参謀のレイトン中佐の言葉を思い出している。
「軍縮条約明け後に日本が建造を開始した四隻の主力艦を戦艦だと断じるのは早計です。連中は航空機の価値を我々以上に理解あるいは評価しています。実際、マレー沖では水上艦の手を借りたとはいえ戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』と巡洋戦艦『レパルス』を空母艦上機によって撃沈に追い込みました。日本の四隻の主力艦が空母だということも想定しておくべきです」
レイトン中佐の分析に対し、キンメル長官のほうは心配のしすぎだとこれを一笑に付していたが航空主兵主義者のハルゼー提督には十分にあり得る想定に思えた。
もし、連中が空母を建造していたとしたら、日本軍は八隻の正規空母と四隻の小型空母を持つに至る。
このうち、四隻の「蒼龍」型と三隻の「千歳」型はいまだに南方戦域にあることが確認されているから、出張ってくるとしたら四隻の新型空母だ。
レイトン中佐の予想が的中するのであれば、ここはどうしても四隻の正規空母を叩いておかなければならない。
もし仮に、一二隻の空母を集中運用されるようなことにでもなれば、太平洋艦隊の敗北は必至、下手をすれば全滅すらもあり得る。
だが、ハルゼー提督の心配をよそに、彼の幕僚たちはその件については誰もが懐疑的だった。
合衆国海軍ではすでに「ノースカロライナ」と「ワシントン」の二隻の新型戦艦が就役しており、さらに四隻の三五〇〇〇トン級戦艦がさほど遠くない時期に竣工ラッシュを迎える。
そのうえ、改装によって高速戦艦となった「扶桑」型に対抗すべく、四五〇〇〇トン級戦艦の建造も進んでいるし、その事実は日本海軍も掴んでいるはずだ。
日本人は勇猛な民族かもしれないが、こちらが一〇隻以上もの新型戦艦を整備しようとしている中でただの一隻も戦艦を建造しないというのは理解し難い。
多くの者がそう考える一方で、だが航空参謀だけは違った。
「仮定の話ではありますが、もし日本軍が四隻の正規空母を投入してきたとします。マル三計画で承認された予算規模から推定すれば、その艦上機の数は四隻合わせておそらく三〇〇機程度になるでしょう。
一方で、こちらの『エンタープライズ』と『レキシントン』には四〇機あまりの戦闘機しか搭載されておりません。もし、仮に日本軍が艦上機の一割を索敵、六割を攻撃、三割を直掩に使った場合、敵の攻撃に使える戦力は一八〇機となりますから、戦闘機隊だけでこれを凌ぎ切ることは不可能です。劣勢の我々は攻めに戦力を集中するか、あるいは守りに戦力を集中するかの選択を迫られます」
自身が抱く懸念にまともに向き合ってくれた航空参謀に感謝しつつも、その口から出てきた苦い分析にはハルゼー提督も渋面をつくるしかない。
「中途半端な戦力では母艦を守りつつ敵の空母を撃破するといったことは難しいということか」
そう口にしつつ、ハルゼー提督は自軍の戦力を脳裏に浮かべる。
「エンタープライズ」と「レキシントン」にはF4Fワイルドキャット、それにF2Aバファローの機種が違う戦闘機がそれぞれ二〇機程度搭載されている。
さらに、SBDドーントレス急降下爆撃機が両艦合わせて七〇機あまりにTBDデバステーター雷撃機が四〇機足らずといったところだ。
確かに、敵の空母が四隻もあるのならば航空参謀の言う通り攻めか守りのいずれかに徹しない限りは虻蜂取らずになってしまうだろう。
ならば、自身の好む戦闘スタイルを優先するだけだ。
「敵の四隻の主力艦が戦艦ではなく空母だった場合は攻撃にそのすべての戦力を投入する。それに、『エンタープライズ』も『レキシントン』もそれぞれ三隻の重巡と六隻の駆逐艦に守られている。高角砲や機関砲、それに機銃の槍衾はそう簡単に日本機の突破を許すことはないだろう」
猛将の本領発揮、状況が不利であってもハルゼー提督は決して闘志を萎えさせることは無かった。
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