第17話 太平洋艦隊司令長官

 「戦争というものはなかなか思い通りにはいかないものだ」


 開戦以降、立て続けに起こった想定を大きく外れる展開にキンメル太平洋艦隊司令長官はつくづくそう思う。

 一九四一年一二月七日、日本は米国や英国といった連合国に対して宣戦布告、フィリピンならびにマレーにその牙を向けてきた。

 もっとも、このことは想定通りだった。

 一部では日本軍は開戦劈頭に機動部隊で真珠湾を奇襲してくるという分析もあったが、日本人にも常識というものはあったのだろう。

 そのようなことは無かった。


 一方で、予想外だったのは友軍が意外なほどに脆かったことだ。

 在比米航空軍は日本の機動部隊が放った艦上機群によって開戦初日に決定的な敗北を喫し、マレー沖では英海軍Z部隊の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が日本の機動部隊によって同時に撃沈されるという信じられないことが起こっていた。

 「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」の二隻は敵の急降下爆撃機が投じた爆弾によって対空火器を破壊され、時を同じくして護衛の駆逐艦もまた撃破されたとのことだ。

 そこへ雷撃機の集中攻撃を受けた二隻の戦艦はそれぞれ複数の魚雷を食らって脚を奪われた。

 最後はZ部隊に追いすがってきた日本の駆逐艦が放った魚雷によって止めを刺されてしまったという。

 最新鋭戦艦を含むとはいえ、わずかに戦艦が二隻では圧倒的な戦力を誇る日本艦隊の猛攻を支えきることはかなわなかったのだろう。


 「だが、日本軍の進撃もここまでだ」


 ウェーク島ならびにミッドウェー島の基地に航空機を輸送していた空母「エンタープライズ」と「レキシントン」が太平洋艦隊の戦艦群に合流した。

 太平洋艦隊にはあと一隻「サラトガ」があったが、彼女を待つつもりは無かった。

 「サラトガ」は現在、サンディエゴにおいて整備中であり、同艦の合流を待っていては戦機を逸する恐れがある。

 現在、フィリピンでは合わせて五隻の「蒼龍」型空母と「千歳」型空母が猛威をふるっており、在比米航空軍も必死の抵抗を試みていはいるが、すでに大勢は決している。

 太平洋艦隊が出撃にもたつくようであれば、これら空母部隊がフィリピンからウェーク島に取って返してくる恐れがあった。

 「サラトガ」の増勢との引き換えに日本の正規空母と小型空母が合わせて五隻も増えてしまったらまったくもって割に合わない。

 今ならウェーク島近海には空母は「千歳」型の一隻しかないから、「エンタープライズ」と「レキシントン」の二隻で十分だ。


 空母以外の戦力もまた、日本軍は苦しいはずだった。

 南方戦域に多数の艦艇を投入せざるを得なかったからだ。

 同戦域では二隻の「蒼龍」型空母をはじめ七乃至八隻の「妙高」型あるいは「高雄」型重巡が行動中であることが分かっている。

 そうであるならば、今すぐに使える有力艦は六隻の戦艦を除けば四隻の「最上」型軽巡しかない。


 一方で、気になる情報もあった。

 マル三計画と呼ばれる建艦計画で建造された四隻の主力艦がすでに竣工、あるいは就役しているのではないかという分析だった。

 その予算の規模から四隻の主力艦は三五〇〇〇トンから四〇〇〇〇トン程度の戦艦ではないかと考えられている。

 三五〇〇〇トンから四〇〇〇〇トン程度であれば、その主砲は四〇センチ砲であり、それらを八門乃至九門程度装備していると予想される。

 同時期に起工した「ワシントン」や「ノースカロライナ」が就役して久しいことを考えると、日本の主力艦が完成、すでに戦力化されていると考えるのはキンメル長官としては妥当に思えた。


 そうなってくると、日本艦隊は四〇センチ砲を搭載する戦艦を六隻も持つことになる。

 戦艦の数も一〇隻となり、太平洋艦隊のそれを凌駕する。

 そのうえ、こちらは四〇センチ砲を搭載する「コロラド」が現在整備中で使えないから、実際の戦力は一〇対八と明らかにこちらが不利だ。

 キンメル長官が関係者に聞いたところでは、仮に日本の新型戦艦が三五〇〇〇トン乃至四〇〇〇〇トン程度の戦艦であった場合、その戦闘能力は「コロラド」級と「ノースカロライナ」級の間くらいではないかとのことだった。

 合衆国の旧式戦艦よりは強いが新型戦艦には及ばないという、なんともざっくりとした分析ではあったが、それでも納得できない話でもなかった。

 「ノースカロライナ」級の主砲は同じ四〇センチ砲でも威力が大きい大重量弾だ。

 単なる砲弾重量の比較であれば、他国の四三センチ砲に匹敵するはずだ。

 まあ、四三センチ砲などというものがあったらという仮定の話ではあるのだが。


 一方で、情報参謀のレイトン中佐のように日本海軍が建造している四隻の主力艦は戦艦ではなく実は空母ではないかと疑っている者もいた。

 彼らがその根拠にしていたのは、かつてロンドン軍縮条約の折に日本が戦艦の建造枠を減らして空母の建造枠を増やしたことがあったからだ。

 だが、キンメル長官はこれはあり得ないと思っている。

 日本海軍は現在、「蒼龍」型と「千歳」型を合わせて八隻持つ一方で保有している戦艦はわずかに六隻にしかすぎず、そのうえそのいずれもが旧式艦だ。

 それに、日本海軍は「扶桑」型の代替艦という名目で予算申請している。

 一〇隻の戦艦と八隻の空母、それに六隻の戦艦と一二隻の空母であればどちらのほうがバランスがいいのかは一目瞭然だ。


 キンメル長官は、日本海軍が太平洋艦隊に対抗すべくウェーク島に出張ってきた場合、その戦力は最低でも戦艦六隻、最悪の場合は一〇隻だと考えている。

 最悪の場合は五〇門前後の四〇センチ砲と三二門の三六センチ砲を携える強大な敵となる。

 だが、太平洋艦隊もまた一六門の四〇センチ砲に六八門の三六センチ砲を持つ一大戦力だ。

 砲口径では後れを取るが、逆に全体の門数で言えば日本の戦艦部隊と同等かあるいはそれを上回るし、なにより将兵の練度は間違いなくこちらにアドバンテージがある。

 そのうえ、空母や巡洋艦、それに駆逐艦の戦力はこちらが圧倒的に優越している。

 日本の艦隊につけ込むのであれば、そこだ。

 空母部隊指揮官のハルゼー提督によれば、「エンタープライズ」と「レキシントン」の雷撃隊であれば、二隻程度の戦艦であれば余裕で撃破できるらしい。

 実際、マレー沖では日本の二隻の空母が「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」を撃沈に追い込むきっかけをつくったのだから、ハルゼー提督の言は決して大言壮語のそれではないだろう。

 まあ、大艦巨砲主義を信奉するキンメル長官としては少しばかり複雑ではあるのだが。

 それと、巡洋艦もこちらはその多くが重巡かあるいは戦力の大きい「ブルックリン」級軽巡だ。

 数の上でも質の上でも四隻の「最上」型軽巡しか投入できない日本の巡洋艦戦力を圧倒している。

 駆逐艦もまた、比較的新型の粒ぞろいだ。


 その太平洋艦隊はこれより出撃し、ウェーク島で孤軍奮闘している友軍将兵ならびに民間人を救出するとともに、連合艦隊を撃滅してフィリピン救援の道筋をつける。

 戦力は十分、戦友を救出するという軍人としてもっとも燃えるシチュエーションに将兵らの士気は最高潮だ。

 キンメル長官はこの時すでに太平洋艦隊の勝利を確信していた。

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