第12話 マル三計画

 帝国海軍にとって軍備増強における最大の足かせは予算と造修施設だった。

 あれこれ欲しいものは多々あれど、先立つものが無ければどうしようもない。

 それに、造修施設が貧弱であれば軍艦の数を揃えることも、またそれらに必要なメンテナンスを施すことも出来ない。

 軍縮条約からの脱退という、いささか不本意な状況の中で進められた「マル三計画」は、だがしかし貧乏国日本をそのまま体現するかのような内容だった。


 それゆえ、この計画で建造される主力艦はわずかに四隻でしかない。

 予算上の名目は主力艦となっており、しかも「扶桑」型戦艦の代替艦としているから関係者以外のその誰もが戦艦だと思っている。

 だが、実際にはそれは戦艦ではなく空母だった。

 戦艦にすると嘘になるが、主力艦なら後で空母だと強弁できなくもない。

 帝国海軍もまた官衙であり、抜け道を突くことに関しては他の省庁の役人と同レベルのせこさだった。

 それと、日本は建前上は議会制民主主義を標榜しており、一応は議会に予算を通告しないといけないから、言ってみればそのことによる苦肉の策でもあった。

 当然のことながら、複数の議員から主力艦の内容についての質問も出される。

 しかし、現時点での情報開示は他国を利する恐れがあるという理由で非公開だと押し切った。


 建造される四隻の空母については軍縮条約の軛から逃れたこともあり、排水量の上限をさほど気にすることなく設計することが出来た。

 そこで、これら四隻は飛行機屋の悲願でもあった装甲空母として建造されることになる。

 ただし、トップヘビー回避の見地から飛行甲板のそのすべてを装甲で覆うことはせず、こちらは格納庫上面部分だけにとどまっている。


 一方、主力艦に次ぐ地位にある巡洋艦の建造は四隻の「香取」型練習巡洋艦のみとなっている。

 巡洋艦とはいっても「香取」型は商船構造を採用しておりその調達単価も安く、これら四隻の建造費の合計は同時代の駆逐艦三隻と同程度かむしろ安かった。

 だから、戦闘に供する巡洋艦の建造は実質的にゼロと言ってもいい。

 貧乏海軍としては大型の水上打撃艦艇に回せる予算などどこにも無いが、それでもさすがに人材育成のための練習艦の建造費まではケチることはしなかった。


 大型水上打撃艦艇が皆無だった一方で駆逐艦や潜水艦、それに海防艦や駆潜艇といった護衛艦艇は充実している。

 海上交通線保護の重要性やその任務達成の難しさは日露戦争や第一次世界大戦で嫌という程にその身をもって思い知らされていたからだ。

 また、工作艦をはじめとした支援艦艇や航空戦力への手当も厚い。

 戦艦や重巡洋艦といった金食い虫を一切建造しなかったことがそれらを可能にさせていた。

 また、従来から重視されている情報通信や医療衛生、さらに燃料や弾薬の備蓄に加え、電探や誘導兵器などといった新兵器の開発予算も十分に盛り込まれている。



 <メモ>


 マル三計画(一部抜粋)


 「翔鶴」型空母(同型艦「瑞鶴」「天鶴」「神鶴」)

 竣工時

 全長二四八メートル、全幅三一メートル

 三三〇〇〇トン

 飛行甲板二四七・五メートル×三三メートル

 八缶四軸一六〇〇〇〇馬力、三一ノット

 一二・七センチ連装高角砲八基一六門

 二五ミリ三連装機銃二〇基六〇門

 搭載機数七八機(うち二〇機程度を飛行甲板露天繋止)、昇降機二基


 帝国海軍は当初、軍縮条約明け後には四五〇〇〇トン級の超大型装甲空母を整備する希望を持っていた。

 しかし、これはあまりにも資材を食うこと、さらに造修施設の限界からどんなに頑張っても同時に二隻までしか建造することが出来ず、そのうえ予算面で他の艦艇の建造に大きな悪影響を及ぼすことも明らかだった。

 そこで超大型装甲空母の建造はあきらめ、三三〇〇〇トンにまとめた「翔鶴」型の建造が進められた。

 全長は「蒼龍」型とほとんど変わらない一方でトップヘビーを軽減する見地から甲板は一層少ない。

 その一方で全幅は五メートルも大きくなり、このことで十分な艦内容積の確保に成功している。

 格納庫は上部はほぼ艦の全長にわたって、下部のそれは前後エレベーター間にそれぞれ幅二〇メートルの二段式となり、上下合わせて六〇機程度を収容可能。

 装甲は格納庫の上面のみで、二〇ミリのDS鋼板と七五ミリのCNC甲板を装着、高度にもよるが五〇〇キロ爆弾に耐えられるとしている。



 「陽炎」型駆逐艦

 竣工時

 全長一二一メートル、全幅一一メートル

 二二〇〇トン

 九八式一〇センチ連装高角砲三基六門、二五ミリ三連装機銃四基

 五三センチ六連装魚雷発射管二基(予備魚雷無し)

 四缶二軸六〇〇〇〇馬力、三六ノット


 「陽炎」型駆逐艦は前級の「朝潮」型駆逐艦の改良型で、主砲が八九式一二・七センチ高角砲から新開発の長一〇センチ高角砲へと変更されており、それ以外は大きな変更点は無い。

 「朝潮」型と同様、対潜、対空、対艦にそれぞれバランスよく配慮された兵装を持ち、機関については主機と主缶は量産性に配慮されたもので静音性にも優れている。

 さらにこれをシフト配置とすることで抗堪性と生存性を高めている。

 魚雷は酸素魚雷であり、しかも片舷一二線と非常に強力。

 また、駆逐艦としては船体が大きく武装の追加が比較的容易であり、戦時には多数の単装機銃の増備を予定している。

 居住区については当初からそれら対空要員の増加を見込んだ設計となっている。

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