第9話 妙高型巡洋艦
「吹雪」型駆逐艦が大量に建造されるのと同じ頃、一万トン以下の艦艇は制限外だというワシントン条約を意識して計画された大型巡洋艦も相次いで竣工していた。
後に一万トン級重巡の嚆矢と言われることになる「妙高」型巡洋艦だった。
「妙高」型は計画だけに終わった二〇センチ砲六門を搭載する予定だった七〇〇〇トン級偵察巡洋艦の拡大改良型ともいえる艦で、武装と機関を詰め込んだ余裕の無い七〇〇〇トン級偵察巡洋艦のそれとは違い、一万トンの船体に一〇門の二〇センチ砲を搭載するという比較的無理の無い設計だった。
実は「妙高」型は当初、一〇門の二〇センチ砲に加えて多数の魚雷発射管を装備させ、そのうえさらに一三万馬力に達する機関を搭載して三五ノット以上を目指すという野心的な案も存在した。
だが、これだと魚雷発射管や大出力エンジンに艦内スペースを圧迫され、そのことによって居住性が低下するうえに燃料タンクにも容積を割くことが困難なことから航続距離も満足できる水準には届かない。
これでは巡洋艦という名にふさわしくない性能になるとして、この案は結局お流れになった。
そのことで、「妙高」型は一〇万馬力で三二ノットとこの時期の巡洋艦としては凡庸な速力となってしまったが、一方で一四ノットで一万浬を超える長大な航続距離を得たうえに居住性も良好だった。
なお、余談ではあるが、三番艦の「足柄」がジョージ六世戴冠記念観艦式における招待艦として英国へ派遣された際、当地で「すばらしい居住性だ。将兵のコンディションが艦の戦闘力を大きく左右することを日本海軍は理解している。さすがはアジア屈指の文明国だ」と激賞されている。
一方、このことに気を良くした帝国海軍関係者らは、今後建造される艦艇については可能な限りその居住性の向上を図るとともに、医療衛生や艦内生活における将兵の福利厚生の充実を進めることにしている。
そんな「妙高」型ではあるが、だがしかしこの艦には隠された真実があった。
それは、日本の相次ぐ優秀な巡洋艦や駆逐艦の竣工によって米英が一万トン以下の補助艦艇にも制限を設けるのではないかとの懸念から、将来は二〇センチ砲を二三センチ砲に換装できるように最初から設計に盛り込んでいたことだ。
これは、「扶桑」型を従来の三六センチ砲から四一センチ砲に換装する計画をヒントに考えられたものだった。
もちろん、主砲を換装すれば、それに伴う必要個所の強化等で排水量は一万トンでおさまるはずもないが、そのときはそのときだった。
そして、さほど遠くない将来において「妙高」をはじめとした日本の重巡洋艦は、その多くが二三センチ砲によって危地を救われることになる。
<メモ>
「妙高」型(同型艦「那智」「足柄」「羽黒」、準同型艦「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」)
竣工時
全長二〇〇メートル、全幅二〇メートル
基準排水量一〇〇〇〇トン(各国への通告値。実際は一二〇〇〇トン)
八缶四軸一〇〇〇〇〇馬力、三二ノット
二〇センチ連装砲塔五基一〇門
一二センチ単装高角砲四基四門
改装後(改装時期は各艦ともに軍縮条約が失効して以降)
全長二〇〇メートル、全幅二三メートル
基準排水量一三五〇〇トン
八缶四軸一〇〇〇〇〇馬力、三一ノット
二三センチ連装砲塔四基八門
一二・七センチ連装高角砲六基一二門
二五ミリ機銃多数(各艦ごとに増減有り)
「妙高」型は竣工時、一〇門にもおよぶ二〇センチを砲搭載するなど一万トン以下の補助艦艇としては破格の攻撃力を誇った。
しかし、これによって他の海軍列強も「妙高」型に追随して一万トン級の有力艦を建造することが予想されたため、将来的にはそれら艦に撃ち勝てるよう二三センチ砲に換装することを前提に設計されていた。
その二三センチ砲は二〇センチ砲に比べて砲弾重量が四割増しとなり、攻撃力が向上した半面、砲塔や砲身の重量増を伴ったこと、さらに対空火器の増設のための代償重量としてやむなく砲塔(第三砲塔)を一基減らして四基八門とした。
それでも、一七〇キロに達する二三センチ砲弾は世界のどの巡洋艦に対しても十分な貫徹力と破壊力を有しており、さらに対空能力も劇的に向上したことで大正時代の設計にもかかわらず巡洋艦としては第一級の戦力を保持し続けている。
世界的な不況の中にもかかわらず、「吹雪」型駆逐艦や「妙高」型巡洋艦といった日本海軍の相次ぐ高性能かつ個性的な補助艦艇の増強は、米英の海軍や政府関係者らをいたく刺激した。
軍事費を削減し、不況対策や失業対策といった経済政策に重きを置きたい米英は日本のこの動きに掣肘をかけるべく軍縮会議を提唱する。
そして昭和五年、巡洋艦や駆逐艦、それに潜水艦といった補助艦艇の保有量の制限を主な目的とした会議が英国で開かれることになる。
後に言うところの「ロンドン海軍軍縮会議」だった。
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