第8話 吹雪型駆逐艦
帝国海軍では一時期、今後の主力艦の大型化ならびに水中防御の向上が予想されることから、従来の五三センチ魚雷では威力不足だとして六一センチ魚雷の開発とその配備を求める声が軍令部を中心にわき起こっていた。
しかし、潜水艦の魚雷は相変わらず五三センチのままであることから、仮に六一センチ魚雷を造ったとしても、これだと海軍には五三センチと六一センチの二つの異なったサイズの魚雷が併存することになる。
さらに航空機用の、おそらくは四五センチ程度になるであろう魚雷の開発も急がれているから、もしこちらも配備されるようなことになれば日本海軍は実に三種類もの異なったサイズの魚雷を持つことになる。
だが、これは生産や補給、それにコスト面での不利が大きい。
一方で、航空機の発達に伴ってこれに装備する魚雷を大型化し、水上艦艇と潜水艦、それに航空機用の魚雷のサイズを一元化する方向にもっていくべきだという声も多かった。
砲弾に比べて煩雑なメンテナンスを必要とする魚雷だからこそ、可能な限り一本化を進めるべきだというのがその理由だ。
確かに、こちらは整備面やコスト面で明らかに有利だった。
それに、魚雷の威力は大型化に頼らずとも炸薬等の改良によってその増大を図ることも期待できるし、実際に火薬の性能はその取り扱いも含めて確実に進化している。
それと、六一センチ魚雷を装備するとなれば当然のことながら一艦あたりの搭載本数も五三センチ魚雷のそれと比べて減少することになる。
五三センチ魚雷が一・六トン乃至一・七トン程度であるのに対し、六一センチ魚雷は二トン半程度と見込まれているから、その重量は五割増しだ。
当然のことながら発射できる魚雷の数は少なくなるし、そうであれば期待命中本数もまたそれに合わせて減少する。
あるいは、魚雷に搭載出来る精密誘導装置のようなものでもあれば話は変わってくるが、この時代にそのような気の利いた代物は無い。
このため、六一センチという特大サイズの魚雷の開発については関係者の間で激論がかわされたものの、結局はお流れとなる。
製造ならびにコスト面の不利は貧乏海軍としてはどうしても看過するわけにはいかなかったのだ。
そのことで「睦月」型駆逐艦には計画段階で六一センチ三連装魚雷発射管を二基搭載する案もあったのだが、結局は五三センチ四連装魚雷発射管二基とされた。
また、その後に建造される「吹雪」型駆逐艦も同じように五三センチ四連装魚雷発射管を搭載する。
ただし、こちらはそれが三基となり、このため「吹雪」型は艦の中心線上に一二門の発射管を持つという当時の駆逐艦としては破格の水雷戦力を持つ艦となる。
それと、六一センチ三連装魚雷発射管よりも五三センチ四連装魚雷発射管のほうが重量が軽くて済むことからトップヘビーの軽減にも一役買うことになった。
その一方で、今後建造される一万トン級巡洋艦には魚雷発射管を搭載しない方針も決まる。
一万トン級巡洋艦はワシントン軍縮条約を意識したもので、同条約では一万トン以下の艦艇には制限が課されなかったことから、帝国海軍ではこれを逆手にとってその整備が進められることになっていた。
ある意味において一万トン級巡洋艦は条約が産んだ異形の申し子のような艦とも言えた。
だが、その一万トン級巡洋艦は戦艦の半分にも満たない排水量の一方で、全長は二〇〇メートルにも及ぶから的としてはかなり大きい。
その分だけ被弾確率も高くなる。
当然のことながら、そのような艦に魚雷を搭載するのはいかがなものかという声も出てくる。
敵の砲弾に斃れるのならともかく、魚雷の自爆で死にたいと思うような将兵などいない。
それに、帝国海軍では砲戦時における魚雷の誘爆の危険性に対する認識がすでに広まっていたこと、さらに魚雷発射管を搭載することで居住スペースが圧迫されることを問題視する声も大きかった。
劣悪な居住環境で乗組員のコンディションを落すくらいなら、誘爆の危険が大きい魚雷を無理に装備する必要は無いというのがその理由だ。
言葉を変えれば、砲戦巡洋艦はあくまでも大砲で勝負しろということだ。
ところで、「吹雪」型は実際には二〇〇〇トンに迫る大型駆逐艦だが、諸外国を刺激しないようにとの配慮から一六八〇トンと発表されている。
この措置について、実際のところ関係者らは他国にこの嘘がバレないかと内心ヒヤヒヤだったらしいのだが、意外なことにどの国からも「吹雪」型の排水量について照会あるいは指摘を受けることはなかった。
このことに味をしめた帝国海軍は排水量や艦型について、諸外国に対して常に少なめに申告することになる。
後から考えてみれば、それはとっても良くない癖だったが、しかしライバルの米国もまた同じことをやらかしていたから、そこはおあいこだった。
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