第7話 関東大震災(二)
関東大震災に伴う反省と教訓は通信や被害応急だけにとどまらない。
帝国海軍としても洗い出しておくべき問題は多岐にわたっていた。
「米国から来た緊急医療チームが見せた救急救命態勢は極めて優秀なものでした。彼らが使用している機材や装備、なによりそのノウハウについては米国に照会を入れてぜひ我が国でも導入を図るべきです」
そう力説する部下に海軍大臣もまた賛意を示す。
「その報告なら私も受けている。すでに海外からいくつかの緊急援助隊が帝都に入っているが、その中でも米国の医療チームの活躍は見事だったらしい。私自身は彼らの姿を直接見ることは無かったが、被災者からはずいぶんと感謝されているそうだ。
まあ、それにしてもだ。平時の火事でさえこれほどまでに凄まじい被害を出すのだ。もし、大海戦が起こればどれだけの人間が傷つくのか私には想像もできんよ」
「はい。そのことについての関連ですが、今後は各艦の医療設備を拡充し、さらに予算が許せば病院船も増やすべきだと考えます。なにより訓練された将兵は帝国海軍にとっての宝、何物にも代えがたい貴重なものですから」
「そうだな。欧米に比べて科学力に劣る我々としては人材こそが生命線だからな」
海軍大臣は深くうなずきつつ、話を続ける。
「後は物資の備蓄か。此度の震災で我が帝国海軍も食糧や医薬品、それに毛布といった様々な物資を供出した。
だが、その需要を満たすのにはほど遠い状況だった。もちろん、予算という制約があるからある程度は仕方が無い。とはいえ、ちょっとばかり考えさせられたな」
「備蓄については一考を要します。確かに我が国は多数の戦艦や巡洋艦を擁する世界屈指の海軍国ではあります。ですが、それに対して弾薬や燃料の備蓄状況は決して満足できるものではありません。そもそもとして、戦艦や巡洋艦、それに航空機も敵に砲弾や爆弾をぶつけるための運搬手段にしか過ぎません。肝心の弾薬が無ければ戦艦や巡洋艦は戦えませんし、燃料が無ければ動けません」
「つまり、軍艦ばかり造らずに燃料貯蔵施設や武器弾薬の生産設備の拡充といった兵站を支えるものを充実させよということか」
「おっしゃる通りです。兵站について言えば、その輸送能力とともに揚陸能力に長じた船の充実が今後は必要になってくるでしょう」
「揚陸能力とは具体的に何を意味するのだ」
あまり意識したことのない言葉に海軍大臣が首をひねる。
「大臣は現在の東京湾の状況をご存知でしょうか」
「いや、陸の被害にばかり目がいって、海の上がどうなっておるのかはあまりよく把握しておらん」
帝国海軍のトップがとる態度としてはどうなのかと自問しつつも、それでも海軍大臣は正直に打ち明ける。
「現在、東京湾では物資の陸揚げを希望する船が列をつくって順番待ちをしている状況です。これは震災で港湾施設が大きな被害を受けたことで荷役能力が著しく低下したことが原因です。しかし、見方を変えれば、これは太平洋をめぐる島嶼についても同じことが言えると考えます」
「貴官がよく口にしている米国との戦争では太平洋の島々をめぐる陣取り合戦になるという、そのことか」
「はい。此度の震災では世界中のどの国よりも日本によくしてくれている米国を仮想敵として話を進めるのは少しばかり心苦しいのですが、それでも米国との戦争にはこれに備えておかなければなりません。その米国との戦争では艦隊同士の戦いよりもむしろ航空機同士の戦いが主流となるはずです。そしてそれは飛行場適地を持つ島を巡る争いとなることでしょう」
「太平洋にしっかりとした港湾施設を持つ島は限りなく少ない。貴官が言いたいのはそういうことだな」
太平洋にはハワイを除けばそういった島はほとんど存在しない。
そして、そのハワイは現在では米国の太平洋支配の一大拠点となっている。
「おっしゃる通りです。帝都近郊の港湾施設も震災でその機能をすべて失ったわけではありません。ですが、それでもこの渋滞ぶりなのです。太平洋では揚陸設備の無い、あるいはあったとしてもそれが極めて貧弱な島がほとんどです。そして揚陸のもたつきは敵を利するところ極めて大です」
「もたもたしていると敵機による爆撃かあるいは艦砲射撃ですべて灰にされてしまうということか」
「はい。もちろんそういった船の護衛には万全を尽くしますが、場合によっては制空権が拮抗、あるいは不利な状況の中での揚陸作戦があるかもしれません。船から物資を迅速に揚陸できるかどうかは状況によっては死活問題となります」
「制空権に上陸作戦か。そこら辺は私のような頭の固い人間にはちょっと想像が働かんな。悪いがその件については貴官で研究しておいてくれんか。手が足りなければ私の方で適任者を確保しよう」
海軍大臣はこの件については信頼という言葉を添えて部下に丸投げした。
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