第3話 戦艦「扶桑」
「もめにもめたこいつも、なんとか出来上がったなあ」
呉海軍工廠においてようやく完成した戦艦「扶桑」を見つめる新型戦艦計画担当主任は胸中でそうつぶやく。
ここに至るまで、大いなる紆余曲折があったのだ。
この新造戦艦は。
戦艦「扶桑」はもともとは大正四年中の完成を目指していた。
だがしかし、設計段階で主砲の数をめぐって関係者の間で喧喧囂囂の議論があったことでその計画は遅延のやむなきに至る。
問題となったその設計案については、細かく分類すれば数十におよぶのだが、大別すれば以下の三つに分けることが出来た。
・(甲案)三六センチ連装砲塔六基一二門、四〇〇〇〇馬力二二ノット。
・(乙案)同連装砲塔五基一〇門、六〇〇〇〇馬力二四ノット。
・(丙案)同連装砲塔四基八門、七五〇〇〇馬力二六ノット
甲案については真っ先に却下された。
日本海海戦の戦訓でも脚の遅い艦は艦隊運動に極めて深刻な掣肘を加えることになるのがはっきりしていたし、艦の中心線上に六基もの主砲塔を収めれば機関容積や居住スペースが圧迫されて極めて窮屈なものになる。
装甲防御が必要な面積も尋常ではなく、それは建造コストの高騰にも直結する。
甲案では誰がどう考えてもまともな戦艦になるとは思えなかった。
一方の丙案については速度は申し分なく、砲塔も四基でおさまるから機関スペースや居住スペースが十分に確保できた。
だが、すでに米国が同じ砲口径ながら一二門を搭載する戦艦の建造を予定しているのが分かっているし、英国の戦艦は三四センチ砲から三八センチ砲へと移行中だ。
そのような時に三六センチ砲八門という攻撃力はいささか見劣りがした。
そこで最も有力な案と目されたのが乙案だった。
三六センチ砲一〇門なら一二門の米戦艦に対してさほど遜色がないし、三八センチ砲八門の英戦艦に対しては逆に門数で優位に立てる。
二四ノットの速力は同時代の戦艦ではかなり早い方だ。
だから、計画における最終段階では乙案が最も有力な案となり、誰もがこれで建造されるものだと思っていた。
だが、そこへ一人の造船官が思いがけない案を出してきた。
それは、まず三六センチ連装砲塔四基八門の戦艦を建造しておき、将来は必要に応じて現在開発最終段階にある四一センチ砲に換装すればいいというものだった。
その造船官によると、最初にしかるべき強度とスペースを確保しておけば、三六センチ砲塔から四一センチ砲塔に換装するのはさほど難事ではないという。
また、将来においてさらなる大威力が必要になったときに備えて四六センチ単装砲に換装できるようにしておけば万全だとも語っていた。
与太話のような四六センチ単装砲のことはともかく、三六センチ砲を四一センチ砲に換装可能という造船官の提案に関係者たちは色めきたった。
三六センチ砲一〇門の中速戦艦と、最初は三六センチ砲八門だが改装によって四一センチ砲八門となる高速戦艦。
なにより、四一センチ砲は三六センチ砲の五割増しの砲弾重量を持つ。
同じ八門でも三六センチ砲と四一センチ砲ではその戦力は段違いなのだ。
ならば、考えるまでもなかった。
そして大正五年末。
当初予定より一年あまり遅れて戦艦「扶桑」は竣工する。
同艦は完成時には他の列強から攻撃力を犠牲に速力と防御力を充実させた高速戦艦だという評価を受けた。
だが、それがとんでもない誤りだったと世界が知るのはまだ少し先の話。
その「扶桑」型戦艦は二番艦「山城」が半年後に、さらに一年半後には小改良を施した準同型艦として「伊勢」と「日向」が完成する。
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