5.永遠の別れと時間跳躍 -5-
「もしもし…ああ、どうも。芹沢さん」
レンを親元まで連れて行ってから2日後…気づけば、明日には21世紀ともつかの間のお別れだった。
前日までの天気はどこへやら。
まるであの日みたいな土砂降りの日。
家で何をするわけもなく、ただただ怠惰に過ごしているところに、芹沢さんから電話が来た。
「よう。レンは?」
「なんか疲れた顔して2階に上がったよ。寝るって」
「そうか、夜更かしでもしたか?遅くまで…」
「まさか、やることなさ過ぎて退屈してるだけ…どこかへ行こうにも、この雨じゃぁ…気が引ける」
私は受話器から伸びる線をクルクルと、指に巻き付けて答える。
「スマホに掛けても繋がらなかったんだぜ、もう処分したのか?」
「そう…この前、日向って町に行ってね。そこに捨ててきた」
「日向だと!?」
日向の地名を出した途端、珍しく芹沢さんが叫ぶような声を出す。
嫌な思い出でもあったのだろうか?
「あら、知ってるの?」
それでも私は、気にせずに続ける。
「俺の同僚がそこの人間だっただけだよ」
彼は落ち着いた、元の口調で言った。
「そう。初めて見た海も、町も綺麗だったって言っといてよ。それで、芹沢さん」
「何だ?」
「何か用?」
お喋りはこれくらいにして、そろそろ用件を聞こうか。
「…ああ、明日、予定通りそっちの世界を1999年に巻き戻す」
「それだけ?」
彼の言った用件を聞いた私は、少し肩透かしを食らった気分になった。
「それでな、夜までには家の郵便受けに薬が届くように手配した。その薬を明日の15時までに飲んでおけ」
「薬…?」
「酔い止めだよ。お前他人の運転とか、電車とか酔うだろ?それに、時を巻き戻す時に起きる時空酔いってのがあってな、それがものすっごく辛いんだよ」
その言葉を聞いて、少し背中が凍る。
受話器越しの芹沢さんの声は、それを見ているかのような声色になった。
少し普段と違う私を見た時の、少し楽しげな声だ。
「お前、今回のまともに食らったら暫くは動けないだろうな。軸の世界でも一気に10年以上巻き戻すのはそうそうないからな。どんな規模の酔いが来るかはわかってないんだ」
「なるほど、芹沢さんは心配して電話くれたってこと?それなら素直に感謝するけど……」
「それもあるが…まぁ、あと一つは釘を刺しにってな」
突如として、仕事中の怖い声になった芹沢さん。
それまで、親戚のおじさん気分で話していた私も、思わず背筋を伸ばした。
「1999年に行って、1年後にお前が生まれてくるよな?」
「ええ」
「その時の、親はまだお前が一番見たかった親でいる。何時か言った気がするけど、お似合いだったぜ」
「…そういえば芹沢さんは知ってるんだっけ?お父さんの方」
「まぁ、な……」
「で、だ。余計な事しないようにって釘を刺しに電話したわけだ。わかるだろ?」
「わかんない」
私は、クルッと振り返って、壁に背中を当ててじわじわと座り込んでいく。
「親と顔合わせるなってことだよ。お前のことだ、少しは見に行こうかしら…だなんて思ってそうだったからな」
「……まさか」
「当たってたろ?」
私が何かを言う前に、芹沢さんがかぶせてくる。
ほんの少しの静寂。
受話器越しに何も聞こえない。
私の家も静かだから、きっと何も聞こえない。
「……………お父さんくらいは…見たいかなって」
根負けした私は、ふーっとため息を吐いた後で、そういった。
「まぁ、街は同じだから、たまたますれ違うくらいならいいけども…話しかけんなよ?」
「わかってるわかってる………でも、顔もよく思い出せない相手…お母さんも、様変わりする前の格好なんて覚えてないよ」
「お前の場合変にアクティブなんだから、探し出すだろ…」
「その前に部長に気づかれて止められるのがオチでしょう…でも…」
私はボーっと、目に映る窓の外を見ながら言った。
「芹沢さん、前も聞いたけど、どうして私のお父さんのこと知ってたの?」
「……ああ、昔からの知り合いでな」
「レコードキーパーになる前から?」
「………ああ。ま、言いたいことはそれだけだ。じゃ、切るぞ」
「……そう、またね」
「99年になったら、調整のために一回そっち行くからな。それじゃ」
そう言ってすぐ、受話器が電子音を発する。
暫く、そのまま…受話器を耳に当てたまま……
「……嘘ばっかり」
私は、そう呟くと、立ち上がって受話器を電話に戻す。
居間を見回して、相変わらず降りしきる雨と薄暗い部屋を見回すと、ゆっくりと階段の方に歩いて行った。
小さくあくびをして…目じりに浮かんだ涙を拭う。
そのまま自室に戻ると…既にぐっすりと眠っている彼の横に倒れこんだ。
・
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気づけば、壁に掛かった時計は午後2時過ぎを示していた。
2時14分34秒…5秒。
私は、手に持ったコーラの缶を置くと、椅子から立ち上がる。
「気が早いけど、薬」
「あら、もうそんな時間なの…カレン。私達の分あったっけ?」
「バッグに入ってる」
あまりに退屈だったからと、隣町のホビーショップで買い漁って来たボードゲームで遊んでいた。
2人だけだとできないものもあるからと、皆を家に呼んで…
「リン、ほらよ」
「サンキュー!」
皆も、私が動き出すのに合わせて、思い出したかのように薬を流し込んでいた。
台所に置いた錠剤と、適当なコップに入った水を持って居間に戻る。
「はい、レン。私達の分」
「ああ、サンキュ」
そのまま、錠剤を口に含み…水で一気に流し込んだ。
「今日の11時59分だっけ」
コップと、錠剤が入っていたパックを横にどけて…コーラの缶を持ち直した私はボソッと言う。
今やってるカードゲームは…もう勝ち抜けているから、気楽なものだ。
「そうそう…」
「悪ぃな…庭に車置いちまって」
ちょっと真剣な表情に戻ったリンとチャーリーが言う。
彼らが手にしているカードはまだ数が多い。
「道に出しておくと時間が巻き戻るときに一緒に消えるんだっけか?どんな仕組みなんだかしらんが…」
「出しておくと巻き戻した時に、その位置を通る人とぶつかるから、真っ先に消えるのよ」
「そんなもんか」
「そういえば、リンとチャーリーのバイク…あれ21世紀以降のものだったよね?」
「え?ああ」
「あれ、戻るときに消滅するってのは知ってるわよね?」
「大丈夫だ、芹沢さんから聞いてる。だから久しぶりにマスタング引っ張り出したのさ」
皆、手に持ったカードと睨めっこしながら言った。
私は、横にいるレンの手札を覗き込む。
「何だよ」
「いや…どんなの持ってるのかなって」
私は彼の手札を見て、クスリと笑う。
「そういえば…芹沢さん、99年に巻き戻したら、一回こっち来るみたいですよ」
「ああ、言ってたわね。何か、戻した後の処理が色々あって忙しいみたいよ」
「この前みたいに、他の世界に狙われるとか?」
「そーそー。戻した直後が狙われやすいんだって。私達も少し忙しくなるかもね」
他愛のない会話を繰り広げながら、机の上で進んでいくゲームを見る。
「はい、上り…っと。レナには敵わないなぁ……」
「運がいいだけです」
次に上がった部長が、私の後ろに来て、膝立ちになって私の肩をつかんだ。
後ろからのしかかられるようになったが、私は気にせずになすがままにされる。
「そういえば、リンとチャーリーって99年当時いくつだっけ?」
「俺は……今が28だから…13歳?」
「アタシはチャーリーの2コ下だから11歳だね」
「そうなんだ。まだ小中学生……」
私は後ろの部長の空気が少し冷たくなったのを無視しながら言った。
「俺はそんくらいから原チャ乗ってたな…お前は日本にいないんじゃなかったっけ?」
チャーリーは、部長の空気に気づかずに…ゲームを進めながら言う。
「え?」
「そーだねー……カナダにいたんだよね。その前はフランスにいたし」
リンが何気ない口調でそう言った。
それを知らなかったのは、私とレンだけだったらしい。
2人して、少し驚いた顔をしてリンを見る。
「そうだったの…初めて知った」
「レナに言ってなかったっけ?…アタシ、マミーはフランス系のカナダ人!こー見えても英語もフランス語も喋れるんだよ」
「ついでに言っとくと、コイツ昔からポケバイとか乗ってたせいで、バイク乗せると異様なまでに速いし上手いぜ」
「ふーん……」
本人には失礼だけど、ちょっとグレて…それでバイクに乗って…チャーリーと会って…みたいな感じだと思ってたから、意外な一面だった。
その直後…すぐにリンが勝ち抜けて…すぐカレンも抜けてきた。
最後に残ったのは男2人。
なんだか2人でボソボソ言い合いながらやっている横で、女性陣が私の周囲に集まってくる。
「そういえば、99年に行ったらどうするんです?またあの高校に?」
コーヒーの缶を持ったリンが部長に尋ねる。
「そうね…そうなる感じ。ただ…学年分けるものなんだし、1年生にしておきましょうか…クラスはバラバラで…」
「レンとレナは同じにしといてやるよ」
部長が答えて…カレンがその後で少し口元を笑わせながら言った。
リンがクスッと笑ってこっちを見る。
「いや、レンとはそんな関係じゃないですよ……」
私は前のこともあって、少し顔を赤くして言った。
3人がこっちを一斉に向いたのもちょっと恥ずかしい。
「まーまー、相棒がいた方が楽だよ?部長、どうせいつものコンビでクラス分ける気だったでしょ?」
「そのつもりだったわ。あとは、向こうで適当な教室さえ確保できれば…結局やることは今までの繰り返し…」
「…99年の3月あたりになるらしいから…そっから1月、2月は連中のフォローもあるだろうな。ま、1か月学校行かないくらいどうってことないか」
私を少し弄った後、急に普段の仕事モードになった3人。
反撃する…気もなかったが、少しは仕返ししたかった私も、諦めてその話に加わった。
「じゃぁ、向こうに行って…2か月たってしまえば何もない日が多いんですかね」
「でしょうね…1月に1人1件は仕事がある程度…あとはちょっとしたレコード異常の整理とか…でもレナ。この辺りって違反者多い方なのよ?」
「何か、らしいですね…他の地域は2人くらいでしか見てないのに…ここは5人いて丁度いいくらいだって」
「それでも、前みたいなのがあれば他から応援呼ばないと間に合わない…そうだった…前に来てくれた人にお礼しないと…」
私達がそんな話をしていた横で、ドッと声が上がる。
少し真剣に話していた私たちは、皆がビクッと驚いて声の方に目をやった。
「レン、勝ったんだ」
「ギリギリセーフ」
下から2番目でも、負けなかったことが嬉しいのか、彼は少し誇らしげな顔で言った。
「それでも下から2番目だけど」
「負けなけりゃいいんだよ、負けなけりゃ」
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