5.永遠の別れと時間跳躍 -Last-
それからも、日が暮れて…当たりが闇に包まれても…ゲームを変えて、盛り上がりながら時間を消費していった。
8時になるころには、買ってきたボードゲームもやりつくして…結局はいつもの対戦ゲームになる。
…そういえば、このゲームの機種も最近の物だから99年になったら消滅するのだった。
こんな時くらいにしかやらないからいいのだけど……
「99年以降の物は消滅するんだっけ?」
「そう、だから、巻き戻ったら家電揃えないとね」
レンが初めて家に来た時のように、2人で一歩引いてソファに座り、ゲームをやってるテレビ画面を眺めている。
「どんだけ不便になるんだろうな?」
「案外変わらないんじゃない?テレビに冷蔵庫に…レンジに掃除機…あとの家電はオマケだよ」
「……そんなもんかねぇ…」
それから、しばらくレンの横に座って…ボーっとテレビの画面を見て過ごす。
そんな時、家の電話が鳴り響いた。
ゲームに夢中になってる4人は気づかず…私は横に座ったレンを制して立ち上がると、鳴り響く電話の受話器を取る。
「もしもし」
「よう。レナか、騒がしいな」
思った通り、電話の向こうから芹沢さんの声が聞こえる。
「ゲームやってるの。部長たちがね…私もレンもやらないから観戦組ってわけ」
「そうか、普通逆だよな?コトとカレンなんざ電子機器扱えない組だろ?お前らが目の色変えてやってそうなんだがな」
芹沢さんは、少し愉快そうな声で言う。
私は、普段の癖で、受話器の線をクルクルと指に巻き付けた。
「私もレンも、生憎最近の若い子には入らなかったの。スマホもあんまり使わなかったし」
「ククク…古い奴らだ…で、薬は飲んでるよな?」
「大丈夫…皆飲んだよ」
「そうか…ならいい。最後に伝言だけ言っておこうと思ってな」
私は芹沢さんの声を聞いて…クルっと皆の方に首を向ける。
「伝言?」
そう言って、彼からの声を待った。
「何、身構えるもんじゃねーよ。時代の変わる瞬間は、窓の前にいろよ?ってことだけさ」
「窓の…前?」
「そう、お前の家の居間のデカい窓だよ。部屋の電気消してカーテン開けて、外を眺めておくんだな」
「……?」
「ちょっとしたスペクタクルショーだぜ?俺だって、時間戻すのは初めてだから想像わかないが…時間が巻き戻るときの光景は永遠に忘れないだろうってな」
「そう。それだけを言いに?」
「ああ」
「フフ…ありがと。そう言っておく」
「頼んだぜ、あと、コトに言っておいてくれ。明日の9時にはそっちつくからって」
「了解」
そう言って受話器を置く。
時計を見ると、もう夜の11時を過ぎていた。
私はゆっくりと歩いていき、部長の横に腰を下ろす。
「部長、芹沢さんからの伝言です。明日の9時に着くからって」
そう、短く伝えると…部長はテレビ画面から一瞬こちらに顔を向けて、コクリと頷いた。
「あと、巻き戻る前は…電気を消して窓の前にいるようにって。なんでも、巻き戻るときの光景は永遠に残るくらいに綺麗なんですって」
「じゃ、電気消すよー」
カレンの声の後、部屋の電気が落とされて…居間が暗闇に包まれた。
窓の方を向けたソファには私とレンが並んで座っている。
その周囲では、台所にあった椅子をこっちに持ってきて、他の4人が座る。
「ちょっと車が邪魔だったかな」
「いいんじゃない?ツマンナイ車じゃないんだし」
私は、周囲の会話を聞きながら…時計に目を向ける。
11時58分47秒…
21世紀は、あと1分半も続かない。
「59分……」
時計の針が動いたのを見て、ポツリと私がそういうと、皆の声が静まった。
まるで映画が始まる前の…あの一瞬の静けさだ。
私はソファに深く座って…クッションを抱きかかえながらその時を待った。
あまりの静けさに、時計の針が動く音が聞こえる。
59分48秒……
あと少しだ。
そして…それからすぐのこと。
芹沢さんが言っていた時間跳躍が始まった。
それは音もなく始まった。
最初は、何も起きないから…何かの間違いだと思ったが……
目の前をバックしながら走り抜けていった車を見て…それが始まったことを理解する。
とんでもない速さで空の雲は駆け抜け…夜の真っただ中だった空の色はオレンジ色に染まり…やがて晴れ間を見せる。
朝焼けの景色の後…再び夜になる。
その間も、この家の前を通った人間や車が…テープの逆再生をしたかのように後ろ向きに過ぎていった。
徐々に時間が巻き戻る速度が速まっていき…
数秒で夜から夕方へ…夕方から昼間…そして朝…夜に変っていく。
先ほどまでサラリーマンだったであろう男が、学生に戻り…高校生…中学生と姿を変えていく。
晴れの日には眩しいくらいの日差しが差し込み
雨の日には窓に水滴がつき
雪の日には窓が少しだけ凍り付く
強い風が吹けば窓が揺れて
それに伴って雨粒や雪が窓をたたきつけた。
だが、人の姿も…車の姿も…雨も雪もやがては1つの光に交じって見えなくなっていく。
それは、ずっとシャッターを押し続けてとった、星の軌道写真のよう……
車のテールランプの赤
太陽に照らされた青いボディカラー
朝日に光る子供たちの身に着けていた物に反射した白くまばゆい光
雨や雪が…自然光に照らされた光
雷が落ちて…周囲が眩い黄色に染まった光
そして、空にできた虹の色
それらの光は…最初の方こそ、残ることがなかったが…徐々に、徐々にじんわりと残るようになっていき…窓の外の景色がそれらの光に埋め尽くされていく。
光が残り…空も地面も見えなくなっていく。
人も、車も…何かが通ったのだろうとしかわからないくらいの陰にしか見えない。
そして…どれほど戻ったころだろうか。
それらの光が窓の外を埋め尽くした。
庭に並べた私達の車も、その光に埋め尽くされて何も見えない。
それくらい、眩しいのに…痛みを感じない優しげな光が、家に入り込んできて…中を昼間のように照らす。
その光は、やがて窓を通り抜けてきて…
徐々に徐々に居間を侵食し始めた。
じわじわと、窓枠が窓枠の形を失っていく。
私は…無意識に手を動かして、横に座ったレンの右手を掴んだ。
窓枠が消え…光の侵食は壁や床にまで伸びてくる。
私達が座るソファや椅子にまで来るのは時間の問題だった。
声も出さず、じっと光の波を見続ける。
虹色に煌めき…色を変えながら迫って来たそれに飲み込まれた。
光の波は私の足元から、私を覆いこむ。
足元から…私は輪郭を失っていく。
足…腰…胸…そして頭。
動かそうとしたら、動かせるから…消滅したわけではないが…それでも、視界からは人工物も、レンも皆も掻き消えて行き…視界すべてが光に包み込まれた。
左手にあるレンの感触を感じながら…ギュッと力を込めて…
そして、ほんの少し彼に寄り添って…彼の肩に頭を当てる。
「いるんだよね?…」
「ああ」
声を出すと、耳元に彼の声が聞こえる。
光の波に覆われて…永遠にも感じるその景色を見続けた。
その終わりは呆気ない。
突然、耳元で"パキ!"という音が鳴った。
「!?」
私は、その音を聞いて、手の力をさらに強める。
その直後、何かが割れたような…雷が遠くでなったような…そんな音が遠くから鳴り響いていた。
その直後、光の波…虹の光景は徐々に薄まっていく。
輪郭が見えて…横にはいつものレンが見えた。
寄り添っていたのを少し離れて、周囲を見回すと、部長やカレン、リンにチャーリーが見える。
だが、一つおかしなことがあった。
レンも…皆も…家の物も一様に色がない。
白と黒くらいだ。
すべての光景が白黒で構成されつくした後、耳に聞こえていた音が消えて…時計の針の音が聞こえてくる。
「……!」
白黒の世界に困惑していると、やがて遠くで地鳴りがした。
その音は徐々に大きくなっていき、耳をふさぐほどに大きくなる。
「!!」
その音が大きくなるにつれ…見開いた瞳に映る光景は、色鮮やかなものに変貌していった。
徐々に色づく世界…大きくなる音…不思議と、苦痛には感じないその大きな地鳴りが鳴り終える頃には…
すっかり色付き、元に戻った世界が目に映る。
部屋を見回すと…今まであったものがなくなっていた。
最近買ったテレビに、時計…本の一部。
どれもこれも、99年にはなかったものだ。
「終わったみたいだね」
私は静まり返った居間で、ポツリと呟く。
「それじゃ、戻りましょうか…」
部長が立ち上がると、私たちは目に映った光景から現実に引き戻された。
「再スタートってところだな」
カレンの一言が、これからの全てを物語っていた。
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