5.永遠の別れと時間跳躍 -4-

「レナ!どうしたのさ?」

「いや、何でもない…疲れちゃっただけ」


私は急に目の前に現れた男の子にそういうと、彼に引っ張られるがままに山に登っていく。


私は、こうも簡単にあの夢の先に行けるだなんて思ってもみなかったから、驚いて立ちくらんでしまったのだ。


子供の足には長い山登りだ。

2人で息を切らしながら駆け上がる。


妹……レミが見当たらないがどういうことなのだろうか?


息を切らして、手を膝について息を整える。

分かっていたことだが…体力がない。

一向に呼吸が整わないのを恨めしく感じながら、時間だけが過ぎていく。


「ね……ねぇ……レン」

「なーにー?」


もう元通りになったレンを見た私は、一瞬言葉を失う。


「レミは……」

「レミならにゅーいんしたじゃない」

「え?」

「レナのおかーさん、いまはびょーいんでレミといるって。おとーさんはしゅっちょーなんでしょ?」

「そう……そうだった」

「わすれんぼさん。いまはうちにいるのにね」

「……?」


私は今度こそ、本当に言葉を失う。

レンの家に行った記憶は……さっき微かに思い出せた程度だが…まさか泊まっていただなんて思いもよらなかった。


というかレミが入院……?私の記憶で探し出せるあの子の姿は、底抜けに元気な姿だ。

入院するほどの病気なんて、有り得ないのだが……


これが夢だからこうなったのだろうか?


「レンの家に?」

「そーだよー。へんなレナ。おふろはいって、ねたじゃないか」

「……いっしょに?」

「そう!もー…どうしちゃったの?」


私はどんな顔をしているのだろう?

なんとなく、複雑な気持ちだ。


でも、何か、どこかが吹っ切れた。

私は少し俯いた後で、ふっと…"今の私"の顔を消して…記憶にある限りの過去の私を演じてみることにする。


「そうなの…レン。私ね…今が何時なのかもわからないんだ」

「……そう?いまはね、2004ねんの8がつ12にち!」


私は案外はっきりと聞こえた日付に、少し驚いた。

2004年…当時3歳…もう少し…あと1月ちょっとで4歳…

そのことを頭の中で反響しながら…周囲の眩いまでの景色を見回す。


さっきまで…ここに来るまでははっきりと見えた景色。

だけど、今はレンと、その先に見える滑り台くらいしか見えなかった。


「そうなんだ……それで、山の上に来たけど…どうするの?レンのお母さんは…?どこに行ったの」

「そこにいるよ!これからあれにのっておりるんだ!」


そう言って、レンはパッと私の手をつかんだ。

驚いた私はよろけながらも、何とかレンの力に負けずに足を動かす。

滑り台まで引っ張られていき、彼は急にピタッ!と止まったものだから、私は彼に覆いかぶさるようにしてぶつかった。


「うわ!」

「ごめん!」


そのまま、子供の彼に抱き着いたまま滑り台に乗って落ちていく。

大人じゃ狭いが…こんな幼稚園に行く前の子供じゃ広い広い。

そこそこ角度がついていて…結構な速度が出る。


2人でガシッとつかみ合いながら、あっという間に山を下りて行った。


そのまま…あっという間に麓まで…


 ・

 ・


そこに行くまで、この夢は続かなかった。


目を開けて…ボヤけ空の青い色に…その視界の端っこに見える黒い人影。

くっきりと見える前にわかる。レンだ。


「あら、おはよう」

「おう…こんなとこで寝てると体痛めるぜ?」

「……え、ああ……」


私は体を起こして、右手につけた腕時計を見る。

まだ11時半前だった。


「早かったね。いいの?」

「いいんじゃないか?もう俺の痕跡なんざ一つも残ってなかったしな」


レンはどこか寂し気な声でそう言った。

わかっていたこととはいえ、どんな顔をしていいかわからなくなる。


「そう……でも、良く分かったね。ここにいるって」

「遊ぶ時、毎回ここに来たがってただろ?滑り台怖がるのに」

「……そうだっけ?」

「ああ、外に出たがらない割に、出たら出たで元気なんだから」


レンは、さっきまでのしんみりした顔はどこへやら。

大人になって、少し独特な苦笑い顔で、私のことを思い出していた。


「……おかしいね。夢だとレンが毎回引っ張っていってくれるのに」

「んなこと、数えるくらいしかしてないよな?……覚えてないけど」

「そう?夢の中に出てきた、子供のレンは、楽しそうに私の手を引っ張っていったよ」


そう言って、私は山を下り始める。


さすがに、この年で滑り台…というわけにもいかないし。


「ずいぶんと珍しい時の夢見てんだな」


レンも、滑り台まで引っ張って行く気はもうないのか、私の横に並んだ。


「それで…これからどうする?まだお昼前だけど」

「そうだな……」


私はポケットに入れていた車のキーを取り出して、キーホルダーの輪っかに指をかけてクルクルと回した。


「ダムの方まで上がるか?その前にある道の駅でも」


そう言って、彼はこちらを見る。


「そうしましょうか」


私も特に異論なく受け入れると、そこからは何も言わずに公園を出た。

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