5.永遠の別れと時間跳躍 -3-

取り立てて何も起こることがなく、昼食を食べた私達は、レンの一言でもう少しこの町にいることにした。


車に戻って、さぁ帰ろうかなんて言った私を、レンが笑って引き留めたのだ。


「おいおい、アッサリしすぎだぜ?ちょっと奥まで行きたいんだ」

「まぁ、時間なんて有り余るほどあるからいいけど」


そう言って、車で奥に進んだが…あっという間に突き当たりまで行き当たった。

この狭い町に住んで、ここでしか動かないなら車などいらないだろう。

そう思いながら、街の端の広場に車を止める。


ここは何だったのだろうか?


「あちゃー…役場壊したのか。そういえばどっかと一緒になったんだっけここ」


横に乗っていたレンは、広場になっているこの場所の過去を知っているから、少し驚いて…少し寂し気に言った。


車から降りて、レンは運転席の方に回ってくる。


「さて、こっから歩くぞ」

「はあ…」


レンに言われるがまま、車から降りてレンの横に並ぶ。


「あそこ、見えるか?けもの道になってんの」

「まさか、あそこに?」

「ああ、入り口だけ狭いだけでな?あとは普通に並んで歩けるんだ」


少し引いた私のことを気にせずに、レンは進んでいった。

私は1度、自分の格好を見直してから、彼に続く。

葉っぱとかですぐ痒くなる体質なのだ。



レンの言った通り、けもの道に入ってすぐに広い山道になった。

木々が覆い、昼間なのに暗い。

木漏れ日がさしている道は、どこか幻想的だった。


「そこそこ登るの?」

「ああ、すぐだすぐ」


レンは私の方を見る。

少し乗り気じゃないことを察したのだろうか、それでも、彼は一瞬苦笑いしただけで…それから小さな笑みを浮かべると、私の手を引いた。


「……」


観念して道を歩いていく。


彼の言う通り、すぐ…キツイ登りだったが…5分経ったかどうかくらいで、目的地についた。


木々をかき分けるように建った2階建ての展望台。

2階建てといっても、2階は普通の4階くらいの高さにある。

木造の建物の奥には、波の音がした。


「ここは残ってる…よなぁ…2階だ。行こうぜ」


そういったレンに続いて、建物に入る。

入り口以外は壁に囲まれ…真っ暗だったが…階段を上がっていくと、その景色は一変した。


「わぁ……ぁ」


四方が柱だけで、風通しがよく…

階段を上がった目の前には…大海原が見える。

きっと、ここはちょうど崖間際なのだ。


この展望台を囲む木々が、柱に巻き付いていて…それらが額縁のようになって…その奥には何も遮ることなく見える海。


目の前…左側に1つ、島が見えるが…絵にしては絶妙な位置にあるといっていいと思う。


奥の柵に手をついて、普段は見開かない目を見開いて、思わず声を上げてしまうほど。


横にいたレンがしてやったり顔で横に並ぶ。

私は一瞬だけ、少し気恥しくなった。


「知る人ぞ知るってところだね」

「ああ、地元の奴らも知らない人、結構多いんだとよ」

「そう?勿体ない」


私は景色の方に目を向けて言った。


「でも、それでいいのかもね」


そう言って、私はコートの上着からスマホを取り出した。


「ねぇ、レン」

「なんだ?」

「夏にもう一回来よう。もっといい景色になってそうだから」


そう言って、使い慣れないスマホで写真を1枚とってみる。


「それと…もうこんな道具はしばらく使えない…もう暫く…こういうのを知った身とすれば…永遠かってくらい長いだろうけど」


そう言って、私はひょいと、スマホを投げた。

柵の向こう側。


崖のすぐ下に見える海に…投げ渡した。


「え?」


突然の行動に、レンは驚いて固まる。


「いいの。どうせ99年に戻るんだし…そもそも…」


レンの手を引いて、展望台から降りていく。


「レコードキーパーの持つものは、実体のある幻…それは間違いなく工場とかで作られた本物だけど、私達が手にして…そして捨てればそれは塵となって消える」


最後にもう一回、景色の方へと目を向ける。


「帰ろう。レン…」


ふと、帰り際の用事を思い出した。


「レンの物も揃えないと…まだ実感はないけど、あの家で暮らすんだから」


 ・

 ・

 ・

 ・


日向に行ってから2日後。

私はレンを乗せて隣町に車を走らせた。


もう、記憶の奥底に沈んだが…かつて私がいた街だ。

母親が離婚して…というより死に別れて…あの男と暮らすまで住んでいた場所。


レコードで私の家に何が起きたかを見たが…その顛末は安物のサスペンスドラマのように滑稽で、それでいて私にとってはどうにもならないものだった……はずだ。


そのはず……確かにレコードで見たのだが…なりたての頃に一回だけ…

だけど…どうなったかも覚えていない…偶に思い出して探ろうにも、変に体が震えて…嫌な汗が止まらなくなるからやめたのだ。


過去を自力で思い出そうにも…思い出せない。

そんな日は決まって痛い日々が夢に出てきて飛び起きる。

…わかっているのは、虐待を受けていたことだけだ……後遺症が残るレベルの。



今向かっているのは、レンの家。

最後に一目、親と会いたいといっていたので、その顔合わせだ。


街に行けば、どんなに昔のことでも、ある程度は覚えているらしい。

レンのことも徐々にしっかりと思い出してきたし…彼の親の顔も頭に浮かんできた。

夢に出てきた公園が見えて、そこにある駐車場に車を止めた。


今は朝9時過ぎ。

私はエンジンを切って、横に座るレンを見た。


「それじゃぁ、レン。私はここにいるから…ここで待っているから」

「ああ、悪いな」


そう言って、2人は車から降りる。


「いい?レコードキーパーがかつての知り合いに会ってしまうと、その相手がレコード違反を起こす可能性は飛躍的に上がっていく…レンはまだ1週間と経ってないから、大丈夫だろうけど…それでも、12時までかな…迂闊な行動はしないこと…会話も最低限にね」


私はレコードを取り出して、車の屋根に置く。


「このレコードで、あなたの家族は見張らせてもらう…もし何かがあれば…私が駆けつけて処置する…それだけはさせないで」


そういうと、私は公園の方に体を向けた。


「それじゃぁ…後でね…お昼ご飯くらいは食べてきていいから。それじゃぁね」


私は彼に何も言わせないように、少し早口でそういうと、すぐに公園の中に足を踏み入れた。


夢に何度も出てきた場所。

駐車場から入っていくと、最初に見えたのは草原だった。


子供だった私には広すぎた草原。

眩い景色の中にあったその場所は広い。


遠くには、噴水広場に…アスレチックのある広場…そして、長い滑り台がある山が見える。

私は草原を突っ切って、噴水の広場まで歩いて出た。


ちょうど、ゴールデンウィークの晴れの日だからか、子供連れが多い。

私もレンもその一人だったことがあるのだろう。


横を駆けていく子供を見ながら、少しセンチメンタルな気持ちになる。


暖かい日だから、コートを羽織った人は私くらいしかいなかった。

噴水の広場は、水の無駄遣いに思えるほどに水が勢いよく吹き出ていて、周囲に霧雨のように水をまき散らしている。


少し濡れた髪をかき分けて、私は噴水広場を通り過ぎていった。


少し歩いて、アスレチックの広場に来る。


ここも子供たちが楽し気に駆け回っていた。

朝だというのに元気なものだ。


私は少し離れた位置から、見回すと、すぐに別の場所に目を向ける。


いつも見る夢の終着点。

男の子に…小さかった頃のレンに連れられて登る小高い山。


成長した今ではそんなに大きいとは思えないが…

子供なら…「富士山だ!」とかいってはしゃぎだしそうな大きさの山だ。


私は山を見上げて、ふーっと一息つくと、足を進める。


いつも登り始めるところで夢から醒めてしまうから…

今日はその続きを見たかった。


取り立てて苦労することもなく、息も切らさずに登り切ってしまう。

頂上からは、彼と私がいた住宅地が望める。

レンの家も…私の家だった所もはっきりと見えた。


山の山頂だけ、なぜか舗装されている。

それでも、これ幸いとばかりに、私は山頂の一角に腰を下ろした。


このまま寝転がってみる。


長い滑り台があるが…子供たちは皆遊具に夢中なのだろう。

この辺りは子供の叫び声がたまに聞こえる程度で、静かだった。


雲一つない青空をぼーっと眺めながら、私はじっと黙り込む。


彼にはあんなことを言ったが…私は端から監視する気なんてなかったのだ。

もう、この時代のレコードは壊れてしまっているから…修復不能な程に…

どうせ99年へと戻すのだし、もうこの世界に私達が介入することなどない。


このことは…常に嫌というほど感じる違反者の居る感覚でわかるはずだ。

レンがそれに気づくかは知らないが…


私は右腕で目のあたりを覆い、ふーっと息を吐くと目を閉じた。


心地よい、生ぬるい風に当たり…私は徐々に意識を遠のかせていった。

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