5.永遠の別れと時間跳躍 -1-
木島を始末して、3日後。
最後、あの後にとんでもなく恥ずかしいことがあったが、それももう過去だ。
過去……暫くは思い出して悶えるだろうけど。
芹沢さんたちパラレルキーパーが、私達の仕事の後を引き継いだ。
そして、順調に処置が進み、無事に仕事が終わったのが昨日。
仕事が終わったらしい芹沢さんは、最後に部長とともに私の家に来た。
この前選んだ車を持ってきてくれたのだが、それ以上に、芹沢さんにもこの前の1件はしっかりと伝わっている…というか部長が伝えたらしく、また顔を真っ赤にしてしまった。
…それで、芹沢さんと別れる間際。
「それじゃ、一週間後。時間跳躍させることにするからな。また前になったら連絡する」
「もう、仕事もしなくていいし、1週間適当に過ごしてな。じゃ、レンと仲良くやれよ」
そう言って、去っていった。
そんなことがあった、次の日。
私達は習慣で朝早くに起きてしまう。
もう、学校に行こうにも世の中はゴールデンウィーク。
やることもない私達は、惰眠でも貪っていれば良かったのだが……
それでも、普通に早く起きて、朝食を済ませてしまった。
普段なら、きっと学校に行こうとでもなったのだろうが…そうはならず、朝の情報番組をボーっと見ながら、朝の時間を浪費していった。
「……しかし不思議」
「何が?」
私は、手に持ったホットミルクのコップを持ったまま、不意に言った。
「あと、1週間もしないうちに、1999年だなんて。ただ、年を越すんじゃなくて…まさか戻るだなんてね」
そういうと、レンもコクリと頷いた。
「99年って、丁度俺らが生まれる1年前だもんな。スマホもなけりゃ、インターネットはまだ流行る前?だっけ」
「そうかも…想像できないなぁ…携帯はあっても、カメラってついてるんだっけ?」
「ついてても画質は悪いだろうよ」
私達は、なんとなく、1週間後の世界のことについて話を膨らませた。
見たこともない20世紀末の世界。
私もレンも、今の子みたいにスマホを開きっぱなしにする性格ではなかったから、案外順応できる気がする。
そう思いながらも、今の便利さにはどこか依存しすぎているような気がして……それがなんともいえない不安になっていた。
「部長はもっと前の時代の人だろうから……丁度チャーリーとかリンが現役時代だったんじゃない?」
「26とか7だっけ?今が2015年だから……小学生だぜ」
「そっか……そんなに前なんだ」
私達は、そんな会話を繰り返しながら、何も起きない…何もない時間を過ごしていく。
「そうだ。レン。まだ朝だけどさ、お昼はどうする?」
「昼か?……何かある?」
「ないの…だから、どこか食べに行ってもいいかなって」
「そうか?なら、ちょっと行きたい場所があるんだが…いいか?」
「うん。そこって近く?」
「いや遠く…今から出れば丁度昼だ」
レンはそう言ってコップの中に残ったものを一気に飲み干した。
「遠く、か…準備も何もないし、行こうか…案内してよ」
私も、温くを通り越して、冷たくなり、ただの牛乳になったホットミルクを飲み干すと、レンからカップを受け取り、テーブルに置いたまんまのお皿と一緒に流し台の方に持って行った。
水で軽くすすぐと、流しの横の食器洗い機に皿とコップをセットしてスイッチを入れる。
「これも、99年にはないんだよね。そう考えると、便利な世の中なんだなって」
「……案外、あるもんだな最近のやつって。ずっとあるように思えてくる」
それから、洗顔も着替えも済ませていた私達は、コートを羽織って家を出た。
外に置かれた、青い車に乗り込む。
昨日来たばかりで、初めて乗る車。
特徴的なのは、バンパーについた大きいフォグランプと、ガコッと開くライトではない、固定ライト…後ろについた羽根。そして…テールランプ類がポツリポツリと独立した丸い3灯……。
レン曰く、今言った個所について、普通のはこうなっていないらしい。
キーを差し込んで、捻る。
一発でエンジンがかかり、この前まで乗っていた車のように、ベッベッベ…と特徴的な音を発した。
ギアを入れずにアクセルを踏んでみると、この前のやつよりもさらに軽やかにエンジンが回る。
「それで、どっち方面?」
「高速に乗って、小樽の方…」
「そう」
私はギアを入れて、車道に車を出す。
ギアもクラッチも、前の車と同じようにつながった。
癖も何もない。楽な車だ。
「レンもそのうち練習しないとね」
「ああ……そうだな」
信号待ちで窓を開けて、手を出して適当に握ったり、開いたりしてみる。
「段々暖かくなってきたね」
そういいながら手を引っ込めて、窓を閉める。
丁度、信号が青に変わったので、ギアを入れてクラッチを繋いだ。
「このままいけばすぐに夏だったんだがなぁ……何月に戻るんだっけ?」
「3月…だから、また高校1年生の入学式からやり直し」
「そうか……ま、今のところも1月いなかったからいいか、それくらい」
「そうだね……で、さ。レン。」
私は、過去に戻る前に確認したいことが1つあった。
本当は、タイミングを見計らって言いたいことだったが……
何となく、会話の流れで切り出してしまう。
「何だ?」
レンは何も変わることなく言った。
私は、それに何も返さず、少し押し黙る。
レンはこちらを見て、また窓の外に目をやった。
横顔だけでも、私のことを何となく察してくれたらしい。
丁度、高速道路の入り口に差し掛かった。
ETCなんてついてないので、窓を開けて、券を取る。
1人の頃は助手席に置くだけだったそれを、レンに渡すのをきっかけに、私は口を開いた。
「券、お願い」
「ああ、それで、何だったんだ。さっきの」
「それね……レンはこの1週間、何もしなくていいのかなって」
私が切り出すと、レンは少し目を大きく開く。
少しお道化たようにも見えたから、きっとどういう意図で言っているかが伝わってないみたいだ。
「…というと?」
「来週、99年に戻ったら……私を除いて過去のレンの知り合いは1人たりともいなくなる。ということ」
私は本線に合流するために、アクセルを少し踏み込んだ。
私の言葉の後で、押し黙った車内にエンジンの音が大きく響く。
「99年になって、年を越す。すると、私もレンも生まれてくるでしょ?私は9月…レンは5月だったっけ?そうやって生まれてくる」
「ほう?」
「親も、自分たちも、友人も…全部2周目の人。もうレコードキーパーだから、関わることはないけれど、時間を戻すっていうことは、自分と繋がっていた人と永遠に別れるのと同義なの」
「……」
「だから、1週間…最後に一目でも、会っておかないと、後悔しそうな人には会いに行けばいい。会話はさせないけど、見るだけ…」
私は追い越し車線に入って、ただ真っすぐな道を進む。
横を一瞬みると、レンが真剣な顔つきになっていた。
「……まぁ、普通はそうだよな。親だって……形も一緒だけど親じゃないってことになるんだろ?」
「そう」
「…なら…親と兄弟だけは最後に一目見ておきたい。かな」
「友達とか、おじいちゃんおばあちゃんは?」
「いいよ。じっちゃんは死んでるし、ばあちゃんは認知症で施設…俺のことなんて2年前から認識できてない」
レンは助手席のドアに肘をついて頬杖をつく。
「それなら、レナだってどうなんだ?親は……まぁ、会う価値もないだろうが…」
「私は…別にいいよ」
「そうか?妹居ただろ?確か」
レンが何気なく言った一言。
私は少しだけ体の中がチクリと痛んだ。
「妹……レミはもう居ないよ。3年前に殺された」
私は久しぶりに…忘れようとしていた過去を思い出す。
横に乗っていたレンは、頭に手を当てて、苦虫をかみ殺したような顔をした。
「そっか…」
「親はレミを殺した罪で今は刑務所の中だったはず……他の親族も、事故だの災害だのでもう居ない」
「……」
私は、いずれ知っておいてほしいことだからと思って、レンの方を少し見て小さく笑って見せる。
「気にしないでよ。この前みたいに、皆の前であんなのは恥ずかしいけど。別にそれ以外は気にしないから……もう終わったことだしね」
「終わったことって言ってもな……」
「……大丈夫さ。レンなら、過去のことを言ったっていい…全部知っててほしい」
「そうか?」
「そうさ」
私は前を向いたまま、言った。
「前も言ったよね?隠し事はしないよ」
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