4.訪れない未来への鎮魂歌 -Last-

目を瞑ったまま、意識だけが戻ってくる。

私は、夢の後の微睡を贅沢に使いたい。

目を開けないように意識して、もぞもぞと、何かにしがみついている腕を動かした。


少し、力が抜けて解けていたのだろう。

離さないように、ギュッとしがみつく。


「んー……?」


布団?にしてはやけに硬かった。

でも、どこか柔らかいし、何よりそれ自体が温かい。


でもいいやと、力を込めた。

左頬辺りをこするように…何度か動かす。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


暫くやりたいようにやった後…何を言ってるか分からないが、会話のようなものが聞こえ…やがて、バタン!という音がして、私はハッと目を覚ました。


「わ!…」


目の前にあるのは、誰かの腕。

腕……?腕?


私はそーっと、頭を上に向ける。

すると、寝ていながらも、私を見下ろすように見ていたレンと目が合った。


「……よう。起きたか?」


私は、少し気まずい気持ちになりながらも、もぞもぞと体を上に押し上げて、上半身だけを起こす。


私は何度か、眠っていた場所と、彼が右腕をさすっている様子を見て察しがついた。


「ゴメン……ずっとレンの腕に掴まってたんだ……」


若干、薄笑いを浮かべて、顔を赤くして言った。


「いや…気にすんなよ。俺もさっき起きたばっかだし」

「そういえば…さっきまで騒いでた部長達は?」

「レナが起きる直前に出かけたよ。丁度店が開く時間だって買い出しにな。リンもチャーリーもいたな」

「そう…」

「しっかし、流石に寝ながらでも俺の名前呼ばれると焦るぜ……」

「え?」


私は、レンがそういったのを切っ掛けに、夢の出来事を思い出す。


「レナ?」


頭を押さえて、ゆっくりとレンの方に振り向くと、夢で見た男の子と顔が一致した。

夢の男の子がそのまま成長すれば…確かにこうなるだろう。


「レン…夢見てたの」

「みたいだな」

「草原みたいな広場のある公園で、そこを歩いていくと、遊具が置いてある。で……そこからさらに歩くと小高い山があって……山頂から下まで滑り台が通ってる」


私は思い出すのに必死だが、それでも夢で見た場所を思い出して言った。


「草原で走ってるうちに、1人になって…あちこち歩いてる合間に男の子が私のこと呼んでて……」


私は目も開けずに、頭を押さえながら言う。


「その子が私の手を引っ張って山の方に走ってく夢だった」


そこまで言って、私はゆっくりと目を開ける。

驚いた顔をしたレンの姿が目に映った。

丁度、その顔は、夢で見た男の子の驚いた顔と同じだ。


「…どうして今まで……」


レンは少し、考えるそぶりをした後で、私の肩をつかんだ。


「え?…え?」


私はレンの行動に驚いた顔のまま固まった。


「……まさかと思うが…レナって元々の苗字が永浦だったりするか?」


そして、彼が言った私の本名。

それを聞いた私は、口を開けて、何かを言おうとする。

それよりも先に、レンに捕まれた肩に置かれた両手を取った。


「正解…だよな?その公園、噴水あっただろ?どっちも家が近所でさ」

「うん」

「だよな?幼稚園上がる前だ。2歳から…4歳くらいまでか?一緒に遊んだの。そのあと…レナが引っ越して…幼稚園の年長の時にバッタリ街で会ったっきりだった!」

「そうか……そっかぁ……久しぶりに永浦なんて聞いたな……」

「じゃぁ…」

「そうだよ。永浦レナ。レンと離れ離れになってすぐ平岸に変わったけど…でも、まさか、レンがあの時のレンだったなんて……」


私は徐々に表情を明るくしていく彼の方へと飛び込んだ。

掴んだ手を放して、ガシッと抱きつく。


「ゴメン。忘れてた……」


私は曖昧な笑みを浮かべると、少し泣きそうになりながら言う。


「ゴメンね。友達いないに等しいのに。レンのことすっかり忘れてた」

「気にすんなよ。俺だって……覚えてたはずなんだけどなぁ……」

「レンは悪くないよ。レコードキーパーになればどうなる?」

「……そう、だけどよ……俺もそうなっちまえば思い出す……出さないのか」

「そう…でも、私は忘れてしまってた……ああ…ゴメンね…レン…あんなに夢に出てきたのに」


私はレンの胸に顔を埋める。

泣きはしなかったが、泣きたい気分だ。


暫くこうしていようと…しばらくは離さないと、背中に絡めた手に力を込めた。

そのまま目を瞑って、暫くはレンにしがみついたままだ。




「レナ」


少し経った後、頭上でレンの声がする。

私は少し微睡んでいたらしい。


「何?」

「その…な。言いにくいんだが」

「?」

「流石に恥ずかしいといいますか…その」


レンの声に混じって、何やら背後から音がする。


眠たげな顔をしてレンを見上げた。


「いいのよ。レン。別に気にしないから…ちょっと…タイミングは悪かったみたいだけど」

「そうそう。私達は別に気にしないさ。そっちはまだ若いんだし」


背後から聞こえる部長とカレンの声。


「レナの貴重なシーンが見れただけ儲けものって、レン君ありがとね!」

「レンも中々やるもんだな…しっかし…泣かせたわけじゃぁねえよな?」


チャーリーとリンの声も聞こえた。


急速に私は現実に引き戻される。

レンの顔は真っ赤を通り越していた。


引きつって、何も言えない状況。

私も、サーっと血の気が失せていく。


「うわ!」


バッとレンから離れたが、すでに時は遅かったらしい。


ガタガタと、ぎこちない動きで振り返る。


スーパーの袋を持った4人がニヤニヤした表情で、食卓テーブルに袋を置いていた。


「いや、これは…その…そういうわけじゃなくて……」


私は顔を真っ赤にして、腕をどうするわけでもなく振って…あたふたしながら釈明する。


「レナ」


そんな私を、久しぶりに見た苦笑い顔のチャーリーが呼んだ。


「はい」


私は思わず返事をして固まる。

レンの横で正座して、少し目線の高い位置にいるチャーリーを見上げた。


「多分、言おうとしてることは本当のことなんだろうが、逆効果だ。色々勘違いされるぜそれ」


そう言って食卓の椅子に座る。


「そーそー…そういえばレナ」


その横に座ったリンが、普段の調子で言う。


「どうしてそうなってるかはわからないけどさ、レナは気づいてるの?」

「え?」

「その…部長、これ言っていいんです?」

「そうね……あの2人の様子だと、いいんじゃない?」


リンはわざわざ部長に確認すると、こちらに振り返って、私達2人にニッコリと笑顔を向けた。


「レナとレン君。幼馴染じゃない。レナのつらい過去のちょっと前のさ」


それを聞いた私は、レンを見る。

彼もこちらを見ていたようで、互いに顔を見合わせると、ゆっくりとリンの方に振り返った。


「……」

「リンさん、知ってたんすか?」

「うん。部長が最初に気づいてね。アタシ達は知ってたよ?何時気づくんだろーってね!いやぁ、気づかなくても息ピッタリだったね!お二人さん。相当仲良かったみたいだし」


私達の心境を知ってか知らずか、リンが微笑ましい光景でも見てるかのように、甘い笑顔になって言った。


「リン、それくらいにしといてやれ。見てみなよ、顔真っ赤だ。のぼせるぞ、そのうち」


カレンが、少し笑いを堪えながら言う。


「レナ、言っただろ?いい相棒見つかってよかったなって」

「そんなこと言ったのカレン。まぁ、そうよね」

「今まで人見知りしてたレナが妙にくっつきたがってたんだし、そうなるよな」


そう、カレンが言うと、私の思考回路がショートしてしまう。


恥ずかしさと、もう何が何だか分からないまま、フラフラ平衡感覚が狂ってくる。


「芹沢の奴にも見せたかったな」


部長の一言で、私のどこかで、バン!という音とともに、思考回路が破裂した音がした。


顔は、高熱でもあるのではないかというくらいに上気している。


もう、何も考えられない。


そのまま、レンの方へと倒れこんだのはすぐ後のことだった。

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