4.訪れない未来への鎮魂歌 -5-
その時、ガチャリと玄関から音がする。
椅子から立ち上がって見ると、カレンがコンビニの袋を3つくらい持って上がってきた。
私は少しぎょっとして、カレンの方に歩いていく。
「あ、カレン。お疲れ…どうしたんです?その量」
手を差し出して袋を1つ貰った。
「…ああ、そこの2人と賭けて負けてパシリだよ。聞いてないか?」
疲れた顔をした彼女は、少し悔し気な、少し忌々し気な顔をして言った。
「いや、全然」
私は居間に戻って机に袋を置く。
中身は、ペットボトルの飲み物やら、スナック菓子の袋でいっぱいだった。
「あ、お疲れカレン」
「すいませんね……」
「いやぁ、いいぞレンは別に……問題はそこの年増だからな」
カレンは真顔でサラッと怖いことを言い出した。
空気が一瞬凍り付いた。
私も、レンも顔を見合わせ、少しだけ身を寄せる。
「あらあら、ゲームは得意だって言ってたのはどこの誰だったかしら」
部長はさっきひっこめた悪魔のような影を出す。
顔はいい笑顔だが、その瞳の奥は無限の闇に見えるほどに暗かった。
「煩いな…レンがそんなにやるとは思わなかったんだよ。大体お前は私に勝ってないだろ!」
「ホホホ…生き残れば勝ちなのよカレン」
2人が横に座って、喧嘩してる猫みたいに睨みあっている一方で、私とレンはそーっと椅子から立ち上がり、食卓テーブルからテレビの前のこたつに移動した。
きっちりお菓子と飲み物は確保して。
「何があったの?っていうかレン、何か賭け事やってたの?芹沢さんは?」
向こうの2人に聞こえない程度の声で言う。
レンはああ、と言って頷き、テレビの横にあるゲーム機を指さした。
「あれさ。芹沢さんはそれが終わった後に、カレンさんと入れ替えで仕事中にフラッと来ただけ」
「そうだったんだ…それで、ゲーム?」
「ああ、なんかこう…一気に緊張感抜けて…ダラダラとしてて…カレンさんの方がお酒入ってて…で、ゲーム機見るなり部長煽りだして…」
「で、レンも巻き込まれてやったと」
「そう。ただやるだけじゃつまらないって言い出して、コンビニパシリを賭けたんだよね」
私は今時珍しい、古くなったゲームに刺さるカセットを見て納得する。
「あれやったの?」
「そう。で、俺も普通にやってたら勝てちゃって…それも部長逃げてばっかだからカレンさんから優先的にやっつけちゃって…」
「今に至ると……ああいうの見ると、一見私達と年が近いように見えるんだけどね」
私は完全に呆れた声で居間の2人を見る。
「部長もあれから酒入ってるしなぁ……さっきレナが来る前から、お茶になって少し落ち着いたんだけど……あ、飲んだ」
見ると、部長は何処からともなく取り出した…いや、袋に入っていた缶ビールを開けている。
カレンも負けじと、一本…500の缶を取り出して開け始めた。
「レン、こっちに注目されないように、寝転がろう」
私はレンを引っ張ってきて横に来させると、引っ張って後ろに倒れこませた。
「え?」
部長の部屋は、分厚いカーペットが敷かれているので、寝てもどこも痛くならない。
おまけに、こたつは電源が入っていないとはいえ、2人分の熱気で適度に暖かかった。
「角度的にここは見えない。あの2人絡み酒だからやっかい」
私はそういうと、目をつぶって体を伸ばす。
「んーー……」
そのまま、目を瞑り続ける。
さっき、目が覚めたとはいえ…2時間半寝たかどうかだ。
そう思い立ったら、何か睡魔が襲い掛かってきた。
「レン…ねぇ、レン?」
横のレンを呼んでも反応がない。
目を開けて横を見ると、すでに彼は目を瞑って夢の中に旅立っていた。
「寝てる……」
私は少しだけ半目で彼を見る。
少しは彼と会話がしたかったが…私はそう思いながら…のそのそと彼よりも深くこたつに潜っていき…丁度頭が彼の肩の位置に来るくらいまで潜り…そのままピタリと彼の右腕に体を預けた。
そのまま目を瞑って…意識を沈めていく。
・
・
・
・
「あれ?」
私は、気が付けば広い公園にいた。
走っていたのだが、急に足を止めて…周囲を見回す。
だが、遠くの景色は。異様なまでの眩しさに眩んで見えなかった。
私はそれまで結構な勢いで走っていたらしい。
息が荒く…肩を震わせながら吐いては吸い込む。
足ももう、疲れが溜まってしまって限界だ。
ヘタっと草地に座り込んだ。
呼吸を整えながら、もう一度周囲を見て…自分の体に目を落とした。
ここは公園の広場なのは間違いない。
私は……小柄だったがこんなに小さかったのだろうか?
そう思って、手を目の前に出してみる。
どう見たって幼稚園に上がるかどうか…くらいの大きさの子供の手が見えた。
それを自分の意志で動かせる。
あれ…あれれ?
私は混乱の境地に、一瞬で到達するが…すぐに自決した。
そうだ。ここは偶に見る夢の中だ。
この夢を見るとき、私は決まって調子がいい。
この、何もない草地で遊んでいる夢。
確かに、遠い昔に、そんな記憶があるから…きっとこれは脳が見せてるその時の再現なのだろう。
ならば、と私は周囲にもう一度顔を向ける。
この夢に出てくる登場人物は、確か私を含めて3人だ。
私は、後2人を探し出そうと、必死になる。
息を整えて、立ち上がると、眩しい世界の中を歩き回った。
こんなに眩しかっただろうか?
いつも見る夢で、内容まで覚えてるのに人の顔も覚えていないのだから…きっといつもこれくらい明るいのだろう。
どれほど草地を歩いたか。
そんなに広いのかと、ある意味感心しながら、歩き続ける。
「レナ!」
やがて、目の前から私を呼ぶ声がした。
「レナ!どこにいたのさ、こっち!」
彼か彼女か分からないが、声の主は遠くで私を手招きしている。
その周囲に見えるのは、草地ではなく、遊具のある遊び場だった。
私は思わず振り返る。
振り返った先は草地だった。
何も永遠に草地が続いているわけではないらしい。
私は声の方に向き直ると、手招きしている人物の方へと駆けていく。
「おそい!」
「え?……」
その人物の目の前までやってきて、ようやく眩しさが晴れていく。
「どうしたの?どこかいたいの?」
目を見開いたままの私の前にいたのは、どこかで見たことのある男の子だった。
私はボーっと立ち尽くしている間に、彼が近づいてきて、背の低い私に合わせて少し屈むと、額を私の額に合わせる。
「わ!」
「うわ!…ごめん、だいじょうぶ?」
「うん…私こそ、ごめん」
目の前に迫ってきた彼に驚いて、後ずさりしてしまう。
彼は頭を右手で押さえて、フルフルと首を左右に振った。
その仕草を見て、私はハッとした。
「……れ…レン?」
「うん。なに?」
「いや…その……」
私は、目の前にいる男の子の前でしどろもどろになる。
「どうしてここに?」
「え?どうしてって…きのう、レナがあそぼうって、いったじゃん」
「ああ…そう…そうだった…ハ、ハハ…なんかゴメン…走って疲れちゃって」
私の問いに、不思議そうな顔をしたレンが答える。
言ったんだ、そんなこと……覚えてないけど…思い出せないけど。
私は何とも子供になり切れない。ヘタな誤魔化し方をしながら、曖昧に笑って見せた。
「へんなレナー」
「ハハハ……」
私は笑って誤魔化しているうちに、レンはバッと私の手をつかんで引っ張っていった。
「え?」
「すべりだい!いくっていったでしょ?」
「え?そこにある…」
「ちがうちがう!やまのうえ!」
何が何だかわからぬまま、私はレンに引っ張られていくままに、目の前に見える、少し小高い山を見た。
山頂から、一気に下ってくるローラー式の滑り台。
彼はそれに乗ろうと、私の手を引いていった。
彼が、私の手を引いている。
そう認識した瞬間。
「え?…うゎ……眩し…」
眩しさが減っていた周囲の光景が、目を瞑るくらいに眩しくなってきた。
真っ白い光に包まれていく。
「……!」
最早腕くらいしか見えないレンが、何か言っているみたいだが…何を言っているのかわからなかった。
もうおしまいみたいだ。
せめて、これくらいは聞いておくべきだったかな……
「どうしてレンがそこにいるの」
って…
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