4.訪れない未来への鎮魂歌 -4-

「しっかし良くやったな。最後のカーチェイス。レンから聞いたが…あんな芸当誰に習った?」

「冗談。芹沢さんがいつかこの車でやった事をやっただけ…夢中だったし、覚えてない…」

「ククク…ま、エンジン壊したけど」

「それは……ごめんなさい」


私は、少しバツが悪そうに言う。

きっと、あの車を回収するのに少し面倒なことになったのだろう。


「気にすんなよ。ラジエターとオイルクーラーどっちも壊れたんだからお前のせいじゃない」

「え?」

「木島の車の破片が当たったんだろ。黄色い破片が刺さってた。あの状態なのをそこまで持たせたってだけで十分だ」

「それは…レンが色々やってくれたからで…」

「ク…クク。素直じゃねぇー…ま、いいけどよ」

「……」

「で、だ…こっから車ないのも中々辛いだろ?」

「あれ、やっぱり、もう治らないの?」

「いや、治るが…エンジンにボディに色々とかかる…どうせなら心機一転変えないか?その方が早いし」


そう言って、芹沢さんはスーツの内ポケットから数枚の写真を取り出す。

私は、それを受け取ると写真に目を落とした。


「心機一転、ね」

「あれもう4年乗ったろ?練習用にしちゃ上出来だったな」

「…あれ、良くわからないけど改造車でしょ?この写真のもそうなの?」

「ああ。その中から趣味に合う車選べば、すぐに手配できるんでな」


芹沢さんの言葉を受けた私は、青い車が映った一枚の写真に目が留まる。

バンパーに大きなフォグランプが2つ埋め込まれた姿。

後ろに大きな羽根がついているが、妙に似合っていた。

私がさっきまで乗っていた車によく似たスタイルの車だ。


他の2枚は、これまでの車よりも大きそうだったが…これは幅があるくらいであまり気にならなさそうだった。


「じゃぁ、これがいい」

「……やっぱり」

「あら、なんか悔しい…でも、これでいい」

「はいよ」


そう言って、芹沢さんに写真を返そうとする前に、ふと持った写真をもう一度見返した。


「どうかしたか?」

「この写真って、何時の?」


すぐに芹沢さんに写真を返す。

写真の画質が少し古そうだったから、興味本位で聞いてみた。


「97年くらいかな?ここは99年まで巻き戻すから、丁度いいだろうよ」

「そう…99年…私が産れる1年前か」


私は、いきなり告げられたことに驚きもせずに言った。

時間を戻すことは知っていたし、変に昭和まで戻らないだけマシだと思う。


「そうなるのか……あ、この写真は持っとけよ。別に要らない」

「あら、そう……そういえば芹沢さん。もう私達の仕事はないの?何か残ってない?」


窓の外に流れる、朝焼けの景色を見ながら言った。


「……」


芹沢さんはそれを聞くと今度は普段の抑えた笑い声ではなく、割と大きな声で笑って見せる。

その後で、肩を震わせながら、私の頭に手を乗せると、ワシャワシャと撫でられた。


「わわ!髪が…」


私は彼の手を止めて、乱れた髪を整えなおした。


「レナ。お前な。働きすぎだぜ?あれだけ大立ち回りしといて、それ以上やれってんならこっちが色々言われるっての」

「え?…あんなに…」

「なんだ。あれだけ活躍してもまだ不満か?お前もレンも、俺らの仲間内じゃ一気に評価上げたんだぜ。他所から来たレコードキーパーも、さっきレンから顛末聞いて唖然としてた」


芹沢さんはめったにない、心底楽し気な声色で言う。


私個人としては、時間ギリギリになってしまったことの罪悪感と、勘違いを起こして時間を無駄にしてしまったこと…病院でも…木島に止めをさせずに逃がした挙句、車を壊したことで…相当、今回の一件は堪えていた。正直、怒られても仕方がない…と思ってただけに、芹沢さんの反応は予想外だった。


目の前の芹沢さんは私の顔を見て、察しがついたのか、さらに笑い声をあげる。


「っとに、妙なところで真面目なんだから。確かに聞いてれば突っ込みどころはあるぜ?レンがいるのに構いもなくショットガン持った連中に突貫したとか…まぁ、そこらへんはコトの奴が言ってくれる。それよりもだ」


芹沢さんは横目で私の顔を見ると、笑った表情を崩さずに言った。


「木島も始末できたし、転移装置も壊した。お前ら2人はそこそこちゃんと考えて動けてた。最初から最後まで、レコードキーパーで出来る奴はそうそういない」

「……」

「レンも良いやつが入ってきたもんさ」


芹沢さんはそういいながら、目の前に迫ってきた部長の住むアパートに目を向ける。

そのまま、車の速度を落としていくと、嫌な振動もなく、ピタリと車は止まった。


私は助手席の窓を閉めて、外に出る。

降りてきた芹沢さんを待って、彼の横に立つと、アパートの中へと入っていく。

部長の部屋の扉に手をかけたとき、芹沢さんが私に言った。


「さて、後は俺らの仕事だ。お前らはもう出る幕はない。終わり次第戻ってくる」

「……わかった。ありがとう」

「じゃぁな」


芹沢さんは、元々部屋まで来る気はなかったらしい。

部屋の前で別れると、私はそのまま、芹沢さんを見送って、それから扉を開けた。


「お邪魔します」


ガチャリと開けて、中に入る。

私も、一時この部屋にいたことがある。

見慣れた玄関先の廊下がみえた。


居間へとつながる扉は開きっぱなしで、そこから部長とレンが顔をのぞかせる。


私は、2人を見ると、靴を脱いで部屋に上がっていった。


「レナ、早起きだったね」


食卓で、お茶と茶菓子を突きながらテレビを見ていたのか、2人は少し眠そうな顔をしている。


「ええ。なんとか」


部長の向かい側に座ったレンの横の椅子に座り、上着を脱いで椅子にかけた。

部長は、背後の食器棚からコップを1個取り出すと、机の上に置かれていたお茶を入れて、私にくれる。


「ありがとうございます」


私は、熱いお茶をにふーっと息を吹きかけて、冷ます。

温かいお茶はありがたいが、猫舌だからまだ飲めなかった。


「それで、カレンとかは?芹沢さんはもう私達の出る幕じゃないって、仕事師に行きましたけど」

「もうじき来るはずよ。カレンはさっきまでいたんだけどね。ちょっと出かけてる…そろそろ帰ってくると思うんだけど」

「リンとチャーリーは?」

「2人は…ちょっと遠いところまで出払っていてね。もう少しかかるって」


部長の言葉に、小さく頷きながら私はお茶を恐る恐る口に入れる。

まだ熱くて、左目を瞑る。


「本当に終わったの」


何とか飲み込んだ私は、何事もなかったかのように言った。


「ああ。終わった」


レンがそう言って、袋に入ったお菓子を開けて口に入れる。


「しかし、レンもいきなりこんなのに巻き込まれたのに…なんか最後の方は私より落ち着いてたよね」

「そうなの?」

「ええ。銃だって、最後、車に乗った木島を撃ったのレンですよ」


私はそういって彼の横顔をチラッと見る。

前にいる部長は、彼女にしては珍しい、間の抜けた驚き顔だった。


「嘘でしょ?」

「いえ、嘘言いませんって。私運転するだけで精いっぱいでしたから」

「……これは儲けものの新人ね。レナもよくあの路地で追いかけられたわね」

「ええ。しかし、暫くあんなのはゴメン被りたいです…カーチェイスは映画の中だけで充分ですね」


私は苦笑いを浮かべる。

芹沢さんにも言われたが…自分でもどうしてあそこまで車を動かせたのかわからないのだ。


「最後、エンジン壊しましたけど」

「あれはな……木島のコルベットの破片が当たってたから仕方がないさ」

「みたいだね。芹沢さんが言ってた…そうだ、レンあの車から変わるから」

「え?」

「あら、彼が何か言ってたの?」


部長もレンも、知らなかったようでそれぞれが少し驚いた顔を見せる。

私は、さっき芹沢さんに貰った写真を、コートのポケットから取り出すと、テーブルに乗せた。


「なんか3つ写真見せられて、どれがいいって…で、これ選んだんです」

「ふーん…あの人もレナに甘々だものね」

「そうなんですか?」

「そのうちレンにも来るわきっと。彼、私の部下に甘いというか…ねぇ」


写真を見た部長は呆れた顔をしながら言った。


「あの人、きっとレナもレンも孫って言ってもいいくらいの年なのよ。実際にさ」

「そんなに?」

「そう。レナなんて、最初は一言も喋らなかったのに、何だかんだ最初に彼に懐いたのよね。普段合わないのに」

「……」


そう、年齢にかかわる話を自分から始めた部長に驚いて、私は思わず口を滑らす。


「芹沢さんがそんな年なら…じゃ、部長は…いや、止めときます続きお願いします」


部長から始めたのに…と思いながら、若干嫌な影が見えた部長にそう言って、レンの方に顔を背けた。


「ね、レン。この車って何?……なんとなくこ、好みで選んだから…前の7みたいだなって」


何故か冷や汗をかきながら、レンの方を見て言う。

レンも、部長の様子を察してか、苦笑い半分、恐怖半分な顔をしてこちらを見た。


「あ、ああ……これも7だぜ。RX7。レナが乗ってたやつの2つ後のやつだ」

「そ、そうなの」


他愛のない会話をしながら、チラッと部長を見る。

部長の背後にあった悪魔みたいな影の幻覚は少し薄れていた。


「しかしよ、レナ」


部長の様子を見てホッとした様子なレンは、写真を見ながら言う。


「次のこれ、さっきの7より速そうだな…というか部長、芹沢さんって元々車屋さんか何かだったんですか?」

「そうね…彼、どこから車引っ張ってくるか分からないのよ……」

「芹沢さん、かなり地位はあるから、多少は自由がきくのさきっと」

「へぇ……」


レンはそれ以上は何も追及する気がないのか、写真から目を離す。


丁度、黙り込んだ時、部長の部屋の時計が6時を指した。

電子音が6回鳴り響く。


「6時か……」


レンがポツリとつぶやいた。

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