4.訪れない未来への鎮魂歌 -3-

先ほどよりも、少し霧が深くなっている。

雨も降っていない今は、風の音しか聞こえない。


土煙が晴れて、現れたのはグシャグシャに変形した木島の黄色い車だった。


こちらに、先ほどまで見せられ続けていた後ろ姿を見せて止まっている。


エンジンこそかかっていないが…明かりはついていた。


「木島は?」

「さぁ…」


私とレンは、銃を片手に、車の両サイドから、恐る恐るといった足取りで回り込む。


「……」


運転席側から回り込んだ私は、車内に銃口を向ける。


「……」


すでに事切れかかった木島が、血だらけになってそこにいた。

弱弱しい、虫の息状態。


「ゲーム、セットって所かな」


私は彼にゆっくりと銃口を向けると、余計なことを言わずに引き金を引いた。


私の体がブレるくらいに、弾が尽きるまで引き金を引き続ける。


スライドが引ききったままになるまで、時間はかからなかった。


「……ふー……」


最早顔の区別すらつかなくなった彼をしっかりと見つめた私は、ダラリと銃を下す。


「……部長が来る…車に戻りましょうか……」


そう言って、何とも言えない表情をしたレンを見ると、私はフラフラとした足取りで車道に戻っていった。



「……アハハ…疲れたー」


上の空のような、気の抜けた声を出す。


緊張感が一気に醒めていく。

疲労や寒気が一気にぶり返してきた。


「あ……」


車まであと少しの所で、私はついに体の力が抜ける。

左手に持った拳銃も落として、声も上げられずにゆっくりと崩れ落ちていく。


「おい、大丈夫か?」


そのまま地面にキスする前に、レンが私を引っ張り上げてくれた。

私は、半分眠ったようになってきた顔を左右に振る。


「……」


少し黙ったレンを見上げると、彼はふーっとため息をついて、私の体をヒョイと持ち上げた。


そういえば、午前中、空港でもこんなことがあったっけ。

そう思えば、随分と濃い一日だった。


そう、他人事のように思いながら、力の入らない腕でレンの服にしがみつく。


「19になっても軽いな……」

「いいでしょ……女の子なんだし」

「いやぁ、不健康だぜこの軽さ」


レンは私の車まで運んでくれると、運転席側のドアの後ろに私を下した。

そのまま、彼は運転席のドアを開ける。


「ボンネットくらい開けておこうぜ、騙し騙し帰れるかも」


そう言って、何かレバーを引いたレン。

ガコン!と音を立てるボンネット。

レンはそのまま横に回り込むと、ボンネットをあげた。


私は、もう首を動かすのも億劫なほどだが…ボンネットを開けた瞬間に立ち上った白煙を見て、さすがに驚いた。


「あっちゃー……水入ってるかなぁ……」


レンはそういいながら、私の横に座ると、私に苦笑いした表情を見せた。

私は、横に座った彼の方にフラッと倒れこむ。

そのまま、レンの右腕に体を預けると、ボーっとした目つきで、遠くに見える木島の車を見ていた。


「ダメかも。このエンジン」

「……どのみち、今の私じゃ運転できない……」


レンの言葉に、私は淡々と切り返す。


「部長に乗っけてってもらうかぁ……車はどうするんだ?レッカー呼ぶにも…呼べるのか?」

「さぁ……部長が来てから……」


私はさらに寒気が酷くなってきて、頭痛も感じるようになる。


くっつかれていたレンは流石に私の異常に気づいたようで、私を引っ張って、彼の太腿に頭を乗せるようにして寝かせると、私の額に手を当てた。


「……車どうのこうのよりもレナの方が重症だな。酷い熱だ」


レンはそういうと、私を落とさずに、器用に上着を脱いで私の体にかける。


「まぁ、少し寝てろよ。寝れるかもわからないけど」


そういわれて、ゆっくりと頭に手を当てられる。


私は何も言わずに意識を手放した。


 ・

 ・

 ・

 ・


妙な疲れとともに目を開ける。

見慣れた白い天井が目に入った。

暗い…きっと今は夜のなのだろう。


寝疲れだろうか?…私はもぞもぞと、腕を毛布から出して、左腕を頭に載せた。

感じられたのは常人よりも少し低い体温。私にとっての平熱だ。


首を動かすと、誰もいない家の居間が目に入る。

レンもいない。


今は何時だろうか?

そもそも私は何をしていたのだろう?

妙に長い夢を見ていた気がする。


私はゆっくりと起き上がる。

どうやらソファに寝かせられていたらしい。


ソファに座り、体にかけられていた毛布を横によける。

体に目を落とすと…19歳の私が偶に着る服だった。


白いYシャツに、ジーンズ姿。

面白味も、お洒落さの一カケラもない恰好。


コート掛けの方を見ると、着ていたコートがかけられていた。


まるで新品のように綺麗だ。


「……」


私はハッとして、時計を見る。

5時35分……


バッと振り返って、カーテンを開けて外を見る。


そこから見えた景色は、ただの夜明け前の様子だった。

すぐに、居間に向き直ると、立ち上がってコートをつかむ。

ポケットをまさぐると、空になった弾倉やレコードが出てきた。


「…これじゃない」


さらに、ポケットを探る。

スマホに手が辺り、それを引っ張り出すと、コートを元の場所へと戻した。


ロックを解除して、電話帳からレンの名前を探し当てて電話をかけた。


「……」


少し長めのコール音の後で、電話がつながる。


「もしもし?」

「お、レナ。起きたか?」


レンは普段の口調で言った。


「あれからどうなったの?私はどうして家にいる?」


私は、少し慌てたような声色でレンに言った。


「そんなに焦るなよ。もう体大丈夫なのか?高熱で倒れただろ…木島を処理した後にさ」

「そう…高熱……そういえば…でも、もう大丈夫、平熱になったみたい」

「そりゃ…そうだろうよ」

「どういう意味?」


私は、レンの声が少し上ずってるのに違和感を感じる。

少し問い詰めるような声で、先を促した。


「部長が来てから、レナを何回か撃ったんだ。荒療治だけど…リセットすれば治るって」

「ああ……そういうこと…そりゃそうするか」


私は、あの後に起きたことを想像しながら言った。


「悪いな…なんか」

「いえ…いつものことだから大丈夫…そのあとは部長に送ってもらったの?っていうかレンは今どこにいるの?」

「今は部長の家にいる。レナから電話が来たって言ったら、芹沢さんがそっちに行ったよ」

「そう……あれから、どうなった?」

「あれからか…そうだなー…ま、何とかセーフだった。木島が死んだのは2時56分。そっから、奴が死んだことが向こうの世界の連中に一気に伝わってからは…拍子抜けするくらいに手早く、街の騒ぎを処理できたらしい」


レンは電話越しに私が気を失ってからの顛末を語ってくれた。


「あの後、すぐに部長と芹沢さんが来てな。木島の死を確認して…レコードを少し弄ったんだ。そして、木島に注射器を打ってこの世から消滅させた」

「……注射器?」

「ああ、芹沢さんが持ってた。聞いたらパラレルキーパーにしか持てないんだって。その注射器を打たれた木島の死体は塵みたいに消えていったよ」


レンは、淡々とした口調で続ける。


「で、レナのことを伝えたら…部長は容赦なくレナを撃ってさ…いや、流石にアレは焦るよな…でも、唖然としてたら、レナが再生して…熱も引いてた」

「それは…そう。死んでから再生するときに…人として持ってた治癒力が作用するんだって」

「そんなこと、部長も言ってたよ。で、眠ったままのレナを部長の車の後ろに乗せて、帰ってきたってわけだ…」

「それで、私を家に寝かせて…どうしてレンは部長の家に?」

「まだ、ちょっと残り仕事があったからな。市内に散らばった別世界の人間の処置。それを手伝ってた」

「たってことは…」

「終わったよ。さっき終わって戻ってきたら丁度よくレナから電話が来たんだ」


レンがそういった直後、私の家のチャイムが鳴り、玄関が開く音がした。


「芹沢さんだ」

「じゃ、切るか…後でな」

「ええ…じゃぁ、後で」


スマホの電話を切ると、丁度よく芹沢さんが居間の扉を開けて入ってくる。


「よう、お疲れさん」

「どうも……」

「レンから聞いてるか?」

「ええ…部長の家に行くんでしょう?」


ソファから立ち上がって、コート掛けのコートを取ると、袖を通した。


「どうだ?気分は」


芹沢さんは、手に持っていたコーラのペットボトルを私に渡しながら言う。

私はそれを受け取ると、少し顔を左右に振った。


家の電気を消して、居間を出る。


「なんか妙な気分です。終わったのに、終わってないみたいな」


そう言って、玄関で靴を履いて扉を開けた。


「ま、あれだけやればなぁ…」


後ろから芹沢さんがついてきて、私の横に並ぶ。

玄関先に止められた銀色のスポーツカーに乗り込むと、芹沢さんは私の方の窓を半分開けてゆっくりと車を発進させた。

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