4.訪れない未来への鎮魂歌 -2-
木島の車の真後ろについたまま路地から抜けると、ようやく国道に戻ってくる。
「落ち着いた……」
ギアを3速に上げる。
7千8百…そこから先の伸びが止まる。
「手間のかかる……」
4速に上げて、さらにアクセルを踏み込んだ。
さっきより回転の鈍くなったが、気にしない。
「そういえば彼は武器を持ってるの?」
ようやく広い道に出て落ち着いた。
「拳銃くらいはあるんじゃないか?…」
「拳銃くらいは?」
私の問いに、曖昧な答えをしたレンは、少し考える素振りをする。
「少なくとも…あ、そうだ」
レンは変速のたびに起きるショックに首を振られながら口を開いた。
「他の連中みたいにショットガンは持ってなかった!」
道を行く一般車を2台で縫っていくように交わしていく。
私は彼の答えを聞くと、一瞬、横目で彼が持つ2丁の拳銃に目を向ける。
「そう…なら彼の横に並べればいいんじゃない?」
ギアを5速に上げた。
「真横に出れば撃てる?レンの銃は弾残ってる?」
こういっている合間にも、時間は過ぎていく。
車のデジタル時計は2時18分を指していた。
「俺のはあと1つ…丸々残ってる…レナのは?」
目の前の車も、私の車も、不思議と破綻せずに…まるで映画のスタントのような動きで一般車を右に左に動いていく…
レンの答えは、私の表情を少し明るくするのに十分なほどだった。
硬い表情筋が、少しだけ自然と動くのがわかるほどに。
「私のは…きっと半分」
私は必死に車を抑え込んで、恐怖を誤魔化しながらアクセルを踏み込んでいる。
私の声を聞いたレンは、2丁あるうちの1丁を手にすると、助手席の窓を下した。
「なら、やってみるさ。ちゃんと横に付けろよ!」
「レン。連射しないで…単発で狙ってね…」
そう言って、私は口を閉じる。
さっきから、直線に入るたびに聞こえる、キンコン♪という、間の抜けた警告音を聞きながら、さらにアクセルを踏み込んだ。
ここから、隣町までの十キロ弱は、何処にも逃げ場ない。
何処にも…交差点などない。
先ほどまでの市内とは変わって、この時間のこの道は車が疎らだった。
あんなによけていた一般車たちも、見えなくなる。
気づけば霧が徐々に深くなっていた。
ハイビームで照らしっぱなしの外の景色が、少し煙ってる。
目の前にいる黄色い車は、見た目よりも加速していかない。
きっと、私の車のように古いのだろう。こんなことになるとも思わなければ、見掛け倒しだ。
5速に入れて、すでに300kmまで刻まれたスピードメーターは240まで針が動いている。
前の車とは、一気に距離が縮まっていく。
彼も、私に並ばせまいと、車を左右に振っていたが…小柄な車体の鼻先を容易く彼の車の右側に入り込ませた。
掠めて…助手席側のドアミラーがグイっと曲がったが…逆に言えばこれほどの至近距離はこちらにとっても好都合だ。
木島は、そうなってもなお、私の車を押し返そうと、こちら側に切り込んで来る。
「クッ!」
右側…路肩にまで追い込まれると、私は一瞬アクセルを緩めた。
「大丈夫か?」
4速に戻して、落ちた回転を再び引き上げる。
アイドリングの時はあんなにドロドロ言ってるのに、こういうときだけは突き抜けるように煩いエンジン音が耳に届いた。
「セーフ」
私はすでに嫌な汗で濡れた背中に、寒気を感じながら言った。
再び、4速が7千5百回転にまでなって回転が鈍ったので、5速に上げる。
「相手も馬鹿じゃない」
そう言いながら、私は何とか彼の右隣に活路をこじ開けようと鼻先を入れる。
今度は、レンが鼻先を入れた段階で窓から腕を出して銃の引き金を引いた。
「タイヤは?」
「狙えるか!角度が悪い!」
数発の銃声が聞こえて、黄色い車体に銃弾の跡が出来上がる。
向こうからも、運転席から手が出てきて、こちらに拳銃の銃口が向いた。
「危ない!」
それを見た私は、顔を青ざめさせて左足でブレーキを踏みぬき、いったん木島の背後に戻った。
避ける刹那、フロントフェンダー辺りに一発貰った以外は、彼の数発の乱射は外れる。
「右ハンドルなのね…」
内心バクバクの私は、落ち着いた声を作って言った。
「アメ車なの?」
目を思いっきり見開いて…額に冷や汗を流した私は、横に乗るレンに言った。
180km…4速に落として、いったん余計な動きはせずに彼の車の背後をピタリとつける。
「アメ車だぜ?だけど…」
横のレンも、今のは流石に焦ったのか、上ずった声になっていった。
「右ハンドルにしたやつも偶にあるんだって」
隣町に続く国道を、普段の倍以上の速度で突進する私と木島の車。
私は、気持ちを落ち着かせるために、少しの間木島の背後に付けたまま走り続けた。
「スタントいるなら変わってよ」
「言ってる場合か。そろそろ仕掛けないと時間がマジでヤバいぜ」
私は、軽口をしっかりと返してくれた相方に、横顔だけしか見えないだろうが、ニヤリと笑わせて答えると、戻していたアクセルを踏み込んだ。
私の方の窓も開ける。
痛みも感じそうな風が、私の髪を乱雑にかき混ぜる。
普段は隠している傷だらけなままの右目は、久しぶりに外の景色を脳裏に映し出した。
視力はほぼないに等しいが…光くらいは感じられる。
「もう一回!」
4速が終わり…5速に叩き込む。
一瞬加速感が途切れた後で、もう一度、加速感が襲い掛かってきた。
「……」
一度木島との距離は離れたが…一気に距離が迫ってくる。
スピードメーターの針は250を超えてきた。
今度も、右に鼻先を入れる…
そういう風に見せてから、私は左に車を振る。
「な!」
まさかレンも、こちら側に振ると思わなかったのだろう。
驚いた声を上げたが、すぐに腕を私の胸の前に突き出した。
横目で見ると、今度はしっかりと木島の車の真横に並んでいる。
前はただの直線道路。
私はゆっくりと、ハンドルを黄色い車の方へ切っていった。
胸元では、レンが持つ拳銃の銃声が鳴り響く。
空薬莢を浴びながら…耳は銃声の音に支配された。
特徴的な車のエンジン音も、何かを叫ぶレンの声も聞こえない。
完全に無音になった世界の中で、私は再度彼の方に車を寄せていく。
再び、銃声が鳴り響く。
運転席側のドアミラーが接触するかどうかといったくらいまで近づく。
再び銃声が鳴り響いて…横目に見た木島の方から、何かが吹き出てきた。
見間違いかと思ったが…急に彼の車は速度を失って後ろに下がっていく。
バックミラー越しに彼の車が見えるようになった。
私も、アクセルを抜いているというのに、彼の車はさらに速度を下げる。
スローモーションになるのは死ぬ前だけだと思っていたが…今この瞬間がスローモーションになっている。
不思議な時間だった。
「……当たった?」
「多分…」
5速から4速…4速から3速…そうやって速度を殺していき、メーターの針は150kmを下回った。
ようやく木島の車が私の横をすり抜けていく。
前に迫る緩い右カーブに向かって、真っすぐ突き進んだ車は…歩道を乗り上げて道の外へと飛んで行った。
草地に着地した車は、凹凸にはねて跳ね上がり…派手に回転しながら、土煙とともに動きを止めた。
それを、車内から見ていた私達。
車を止めて、ハザードランプを付けると、エンジンを切って車の外に出ていった。
ボンネットから少し白煙が上がる。
「壊れたかなぁ……水温140度…」
「……後で芹沢さんに謝っておこう」
シューっとした音と共に白煙が吹き出る愛機を置いて、私は木島の車の方へと顔を向けた。
「終わったか?」
「まだ…この感覚はまだ残ってる」
レンから私の分の銃を受け取って、国道の道の外に出ていく。
自然が残ったままの、草地へと足を踏み入れた。
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