4.訪れない未来への鎮魂歌 -1-

周囲が煙ってきた。

ライトをの先には、黄色い車。

もうとっくに雨が上がっている。


静かな夜になるはずの今は、レコード違反者たちが暴走してくれたお陰で大騒ぎになった。


でも、それも目の前にいる車の男を殺せば終わりを告げる。

余計な"運命"とやらを繕ってやってきた男。


私は、さっきまでの、どこか焦ったような…どこか慌てたような気持ちを奥に仕舞い込んでアクセルを踏んでいた。


「あれなんて車?」


モーターのように軽やかに回転するエンジン。

タコメーターの針が頻繁に8千5百まで跳ね上がる。

少し乾いたとはいえ、雨に濡れた箇所を通ると、いとも簡単に後輪を空転させた。


こちらの高音とは打って変わって、ドロドロとした低音を響かせながら走る木島の車。


「コルベットってやつだ。ちょっと前の」


芹沢さんが”お守り”だといって付けてくれた不思議なメーターは、1.2の辺りを指しては…アクセルを抜くたびに、チュン!といった音とともに下がる。

そして、再びアクセルを踏み込むと、一瞬で1.2まで跳ね上がった。


「こっちの7弄ってるんだろ?なら車で負けはしないさ。ありゃ見掛け倒しだぜ」


横に乗るレンの言葉を信じて、昭和の日本車のアクセルを踏み込む。

小柄な…大きさで言えば今のコンパクトカーよりも少し小さな車だ。

重さだって、そうそうない。確か1トンもないはずだ。


「当たり負けする?」


私は、目の前の楕円4灯のテールランプを追いかけながら言った。


「……そりゃな……」


街中で派手なカーチェイスを展開しながら突き進む。

レンは顔を引きつらせて室内に張り巡らせたパイプにしがみつきながら叫んだ。


私は答える前に、彼が入っていった路地に飛び込むためにギアを2速まで一気に落とすと、少し無茶な速度で路地に突っ込んでいく。


何とか暴れる車体をいなして、アクセルを踏み込んだ。


「どうにもこうにも…」


私はそういいながら、クラッチを蹴飛ばしてギアを3に叩き入れる。


同じ様に4速…

普段なら、吐き気を催すほどの力でシートに押さえつけられる。


暫く真っすぐな道。

狭い道をカッ飛んでいったと思えば、前の車の楕円のブレーキランプが光る。


「うお!」


私もそれを見て、ブレーキペダルを踏み込んで、クラッチを切る。

4速から3速…3速から2速…落とすたびにブレーキを踏んだ右足首をクイッと捻ってアクセルを煽る。


中々、こんなにタイヤの音を聞く日もない。


曲がった先も、対面2車線しかない道。


時折、飛び出してくる人間を間一髪でかわし続けながら前を追った。


私もレンも、喋る余裕などなく、上下するエンジンの回転音を聞きながら、現実味のない速度で駆けてゆく。


まだ、前の車は煙を上げながら曲がっていった。


急減速。


私はサイドブレーキを躊躇なく引いて、車を真横に向ける。


この街は、碁盤の目じゃない…歪な所もある。


殆どUターンするかのように、左に折れる。


それから、切り返してすぐに右。


私は、自分でも驚くくらい冷静に彼を追う。


ギアを3速に上げて、暴れる後輪を抑え込む。


この辺りは、舗装も古いから、嫌に車が跳ねた。


「レナ!ブレーキ!」

「え?」


ギアをそろそろ4速に上げようかという時。

レンの叫び声に反射的にブレーキを踏む。


目の前に迫ったのは、街を2分割するように流れる川にかかった橋。


一気に離れていく木田の車。

そのまま減速せずにそのまま橋へと突っ込んだ。


次に起きた光景を見て、彼の叫んだ意味を知る。


火花をまき散らして一瞬沈みこんだ木田の車は、まるで空中浮遊するかのように一瞬浮きあ上がった。


その直後、私の車も橋へと差し掛かる。

同じ様に、底を擦った嫌な音が耳に入る。


その直後、妙な浮遊感を感じたが…私の車は飛んでいない。


前の木田の車が派手な花火と音とともに着地する。

私の車は、そんなこともなく…硬い感触で地面に沈み込んだ。


前の木田の車は、姿勢を乱して歩道に乗り上げる。


明るい黄色い車から、それ以上に明るい黄色の火花が巻き上がった。


どこかの家の外壁に修理代の高くつきそうな傷を残す。


そのあとで、電信柱に掠めて粉々になったミラーの破片が私の車に降りかかってくる。


車の前の方から、カン!という音が何度か聞こえた。


それでも何とか道に戻ってきた。


私も、レンも目をこれでもかと見開く。


再び速度を上げていき、4速にギアが上がる。


そして、直後、彼の車のブレーキランプが付いたのに合わせて、再び減速。


止まりきらずに、ほんの少しの力で、彼の車の後ろを小突く。


「っと!」


右に折れて、すぐに左。


彼の車のタイヤが巻き上げる白煙を乗り越えて、徐々に深まって来る霧の煙もかき分けた。


相も変わらず、アクセルを踏み込むと、軽やかにモーターのように吹け上るエンジンに鞭をくれて。


「レナ、何か点いたぞ」


ギアを3速に上げたとき、レンが言った。


「何が?」


私は彼の言ったことがわからずに、アクセルを踏み込む。


すぐに、ブレーキを踏んで、ギアを2速へ落とす。


「っとっと」


木田もしつこいものだ。

そう思いながら交差点を左に折れてアクセルを踏みこむ。


「水温の警告ついてる!」


レンの声。


「水温?何?どうなるの?」


生憎、そういった知識は備えてない。

私は前の木田を追いかけるのに夢中になっていた。


「詳しく言う時間ないけど」


レンは何か、空調を操作しながら言った。


「このまま温度上がればエンジン壊れるぞ!」


そう言った直後、暖かい風が吹き出し口から吹き出してくる。


「?」

「ヒーター全開で少しは誤魔化せる」


彼の言葉を聞きながら、窓ガラスに映りこんだ木田の黄色い車を見続けた。


「でも、そろそろ路地は辛いな…風が当たらない…油温もヤバいぜ」


レンは空調パネルの上に付いている3つのメーターの左端を指さして言った。


「大丈夫。この先には国道しかない!」


このまま真っすぐ行けば国道に突き当たるT字路しかない。


4速に入れて、ガタガタと跳ねて震える車をハンドルだけで抑え込む。


やがて、木島の車にブレーキランプが灯る。

私も、ブレーキを踏み込んで、クラッチを数回蹴飛ばした。

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