3.雷雨の中の影追い劇 -Last-
「レナ…うわぁ……」
レンの声に気づいて振り返ると、彼は私の姿を見て思わずと言った声を上げる。
「弾が無駄になるから…メスでね」
「……そうか…2階もやったのか?」
「ええ。3階より上は……やらなくていいかなって」
私は今考えていることを彼に伝える。
「1階、2階が大方片付けば…あとは1階で彼が来るのを待った方がいいでしょうね。来なくても…治療を受けられずに死ぬ」
「あ、ああ…」
「やっぱり、慣れって怖いね。私も最初はレンみたいな感じだったのに」
私はそう言って苦笑いを作る。
「私の最初の仕事でやったこと…それが原因でこんな仕事ばかりやってきた」
「……」
「当時は部長も、芹沢さんも仲良くなかったし、別に殺すことに罪は感じなかったから」
私は淡々と、血濡れた格好で言う。
「……それって…」
「でもさ、さすがに4年もやってれば、まともに日本人をやってれば、いずれおかしいってなるよね」
私は何かを言おうとしたレンを制して続ける。
「罪悪感。酷いものだよ…」
「……だろうな」
「レコードキーパーで最も嫌われる仕事…だから、ほかの地区の人達に私の名前を言っても、微妙な反応が返ってくる」
「……」
「何か、この地域、何かと色々事件が起きるんだけど…そのたびにこうやるしかないことが起きてしまうから…そして、それをやるのは私だから……」
「でもよ、部長とかは…」
「勿論、必要とあれば皆やるよ。だけど、私ほど機械的にできるのはそうそうない…だから私にお鉢が回ってくる」
私はメスについた血をぬぐう。
「なんだかんだで、私達は死なないんだ。だから、どんなことがあっても無茶が効く。でも、精神的にはただの人。殆どは民間人。だからここまで死ぬのはそうそういないんだって」
私は手に持っていたメスを放り投げて捨てて、近場に合った消毒液で手を洗い流した。
首元や、顔に飛んできた返り血も、それで流す。
「ふー……もう52分…お話はこれくらいにして降りよう」
私は消毒液のアルコールの匂いに少し顔をしかめながら言った。
「アルコールの匂い、やっぱり嫌いだ」
まるで午後にやった警察署の襲撃みたいに、すっかり沈黙してしまった病院内。
1階に降りると、所々に血だらけで倒れている人がいるくらいで…中は不気味な沈黙が支配していた。
私は待合室のベンチに腰掛ける。
もう、私とレン以外、生きている人間は1階にいない。
「もう時間だが?」
「そうみたい…来ないということは…」
私がレンの言葉に返そうとして、言いかけたとき。
病院の奥から音がした。
「来た」
私はベンチから立ち上がると、音のなる方へと駆けだす。
レンも、私に付いてきた。
先ほど、最初に看護師を撃ち殺した付近に差し掛かると、奥に数人の男が見える。
病院の明かりに照らされて…手に持っている散弾銃までハッキリと見えた。
「ッ……!来たぞ、撃ち返せ!」
駆けていく私達に気づいた彼らは、一様に驚愕の表情を浮かべてこちらに散弾銃を向けた。
私はそれに気にすることもなく、左手に持った銃を彼らに向けた。
流石に、あそこまで固まって行動されると、よく狙わなくとも当たるだろう。
引き金を引くと、男たちの数人が叫び声をあげて血を噴き出した。
勿論、彼らから見てもそれは同じだ。
私もレンもほぼ横並び。
駆けているのは狭い廊下なのだから。
彼らから見ればいい的だった。
男数人を消せたが、私達は彼らの放つ散弾に身を細切れにされる。
駆けていた勢いそのままに、痛みを感じる間のなく絶命して、無様に倒れこんだ。
「落ち着け、倒したわけじゃない。奴らは起き上がってくる!」
だが…それも一瞬だけ。
倒れたまま…再生すると、手に持った銃で撃ち漏らした男を狙う。
この体制じゃ足しか狙えないが仕方がない。
「撃て!撃ち続けろ!じゃないと……!」
引き金を引き、男が悲鳴を上げて倒れこんだ。
それと同時に、私は再び散弾を浴びて頭を散らす。
「兄さん。薬はあった!…早く打つんだ!」
それでもすぐさま再生して見せると、倒れこんだ男にとどめを刺して…
先ほど私達を小屋で殺した男に銃口を向けた
「させるかよ…」
私が言うよりも早く、横で立ち上がったレンが引き金を引く。
「な……」
正道…派手な黒人ラッパー風の男は、背後からの弾丸に、抵抗する間もなく撃ち抜かれる。
その直後に数発。
私が撃った弾丸が彼の頭蓋骨を撃ち抜いた。
倒れた彼の向こうに、人影が1人分。
入っていった部屋は、診察室だった。
「レン、奥に木島がいる!行って!」
「分かってる。早く!」
「…うん……先に行って!」
私は体中に痛みに耐えながら、彼に先を促した。
一瞬で体を再生させる…そんな芸当を何度も何度も繰り返せば、それなりの代償はあるものだ。
「くぅ……」
痛覚の限度を超えての死と生の繰り返し。
その代償が、今も体を駆け巡る焼かれたような痛み。
全身の関節が一気に伸縮するような、引っ張られるような感覚。
私はしゃがみこんで、歯を食いしばって耐える。
数秒でそれは軽くなっていき、私はすぐに立ち上がってレンを追う。
「レン。木島は?」
男たちが入ろうとしていた診察室に入っていたレンが、部屋に入ってきた私の方に飛び込んで来る。
「え?」
「飛べ!」
そのまま、すごい剣幕のレンに飛び込まれ、抱かれた私の体は後ろに吹き飛んだ。
そのまま、意識が彼方へと飛んでいき、私達は再び廊下で目を覚ます。
私は当初、何が起きたか理解できずにいた。
焦げ臭いにおいと、燃えるような音に、炎…火災報知機の音が何が起きたかを伝えてくれる。
「あ…」
私は再生した直後に来た痛みを感じると、その場から動けなくなった。
「レナ!」
「ごめん…再生のせいで…ぐ…痛い…痛い…痛み…が…ああ!」
そんな、痛みに顔を歪める私をレンが引っ張りあげて、入り口めがけて手を引いて駆けだす。
手を引かれたときに、何か機械にでも引き延ばされたかのような痛みを感じた私は思わず叫んだ。
これほど叫んだのは、小さかった頃の注射の後以来だ。
「痛い…痛いぃ……!やめて…レン……ああ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「すまん!レナ。やつが薬を持ってるかどうかは知らないが、追うぞ!」
叫び声を聞いてもなお、レンは私を引っ張り続ける。
「我慢しろよ!車で逃げやがった。雨も小ぶりになってる。後は奴だけだ!」
「……さ、さっきのは?」
「爆破しやがったあの野郎!…そのせいで、薬を使えたかも、持ってたかも分からない」
レンが叫ぶように言う。
病院の入り口を超えるころには、私もようやく自分の足が自分の意志で動かせるようになっていた。
外に出るとレンの言っていた通り、雨は小康状態…もう殆ど止んでいる。
雷も、何も…さっきまでの土砂降りが嘘のように穏やかになっていた。
雨の後の、嫌な温かさが辺りを包んでいる。
「大丈夫か?」
「ハァ…はー…ふー…うう…なん、とかね」
私は嫌な汗に濡れた顔をぬぐって言った。
病院の前に止めた車に乗り込んで、エンジンをかける。
助手席に座ったレンは真っ先にレコードを開いて、ペンを走らせた。
「木島の乗ってるのはアメ車だ!目立つから見りゃわかる」
私は駐車場から出るまでに、スマホで部長に電話をかける。
「レン。部長に繋いだ。部長達にも手伝ってもらう」
私は道路に出るなり、そういって彼にスマホを押しつける。
「そうするか…まずは国道を出て南だ。こっちじゃない。駅とは反対方向!」
レンの声に反応して、私は車をUターンさせる。
サイドブレーキを引いて一気に転回させると、思いっきりアクセルペダルを奥に踏みつけた。
「もしもし?2人ともどうしたの?」
「部長!木島を追いかけてます!あとは彼だけなんでしょう?」
私は久しぶりに声を張る。
「……了解。今どこなの?」
「国道に出て、駅前通りとは反対側です」
「そう…了解。でもね、レナ。今から行っても私は間に合わない……」
「……」
部長の言葉を聞いた私は、一瞬黙り込む。
それもそうだった。
「でも、行ってあげる。いいわ。貴方達は私達が行くまでに木島を何とかしなさい」
「分かりました」
私は部長の言葉に、少し落ち着いて答えると、ギアを4速に入れた。
「レナ。アレだあの車!」
レンが奥の路地に飛び出てきた黄色い車を指さす。
確かに、一目見れば印象に残りそうな車だった。
「レナ…あと1時間。任せたよ」
レンの言葉を聞いていたのか、部長が電話越しに言う。
時計を見ると、すでに2時を過ぎていた。
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