3.雷雨の中の影追い劇 -2-

「!」


カシュ!……


思わず、私が銃を構えた横で…私の目の前を金色の空薬莢が飛んでいく。

直後、鳴り響いた雷鳴。それが鳴りやむ頃には、目の前にいた男は何かを噴き出して、足掻き…柵も乗り越えて足場から落ちていく。


音もなく、目の前から人が消えた。


「お見事…」


私は彼の肩をポンとたたくと、前に歩みだす。

横目に彼を見ると、レンらしくもない、少し憔悴した表情だった。


「行こう、次からは私がやる」

「…いや、大丈夫…大丈夫だ」

「…そう、なら、お願いしようかな」


声をかけると、すぐにレンは元の彼に戻る。


「ああ、むしろ"頼む"…」



それからは、私がレコードを確認してその場まで行き、レンが仕留めるといったことを数回、繰り返した。


彼らを始末するたびに、遺体を探ってみるが…どうにも彼らの持ち物からは、ダムを破壊しうるものが出てこない。


「大抵、映画だと爆破物が出てくるのがお馴染みだと思うんだけど」

「ああ……こいつら見張りか?」

「にしては勘が鈍い」


私は、今レンが撃ち殺した人間だったものの遺体を足で転がしていった。

彼も、武装はしていても、それらしいものは見当たらない。


私とレンは顔を見合わせた。


「…どこか…変?」

「…いや、彼らは確かに…」


私は、ふと今いる位置から、見上げた。

丁度、ダムの水が放出されている穴の下だ。


「もう仕掛けてあるとか?」

「……そんな、爆薬程度でここが崩壊するか?」

「さぁ…爆薬のプロじゃないから何とも」


私はそういいながらも、足場から見える、適当なダムの一部に目を向けた。


「例えばだけどさ、この上の、今水が出てきてるところの付近辺りをドーンって飛ばしたら?…それだけじゃない…ただ、亀裂が入るだけでもいいのかも」

「…というと?」

「だって…この天気…このまま降り続けば…今もこうやって水は流れ落ちてるんだし…」

「ああ……そういうことか…水って…そうなるよな」


レンは納得したような表情を浮かべると、今まで私達が通ってきた道を見返した。


「時間は?」

「7時過ぎ」

「まだ、あるよな…時間」


そういうと、私達は、先を急がずに、来た道を戻る。


幾つものに階層分けがされている、足場を上ったり、降りたりして…どこかに私達が探しているようなものがないかを探した。


「この考えがあってるといいんだけど」


私は足場の手すりから周囲を見回しながら言った。


「でも…これが違うってんなら…連中は何でこんなところに来たんだって話だよな」


レンは上の方を見上げている。

私は、彼の横に行くと、同じように上を見上げた。


「何かあった?」

「いいや…」


レンはそういって、首を横に向ける。


「もう、最初の場所に戻ってる…」

「なら…外れ?」


彼に言われて気づいたが、レンが見ている先に見えたのは…私達が入ってきた所だった。


「外れだって割り切ったほうがよさそうだな…戻ろうぜ」

「そうしよう…」


私は、少しアテが外れてショックではあったが…仕方がない。


私とレンは、小走りでさっきの場所へと駆けていく。


「どうする?」

「レン…」

「何だ?」

「そういえば、転送装置ってなんだったんだろう…」


私は、ふと、すっかり忘れていたことを思い出す。

スマホに来ていたリンからの添付画像を開く。


それは、どこかの一室に置かれた、ラジカセだった。


「……木島がこれを持っているって?」

「まぁ…あの見た目だし…持っててもおかしくない…」

「ただ…最初にやることはダムの破壊工作の阻止だろ?今更ラジカセ探したところで…」

「……違う。ラジカセが、転移装置のことを思い出して、一つ考えたの」


私はレンに聞こえるように、か細い声しか出ないのを少し張って言った。


「もし、3時近くまでどこか近くで待つつもりだったら?…ここにいるのは…ただの囮だったら?」


そう言って、レコードに木島の名前を書いて表示させる。


「……でも、この近くに奴もいるらしいな」

「そう…でも、"来たばかりの人間"は"レコードに表示されない"」

「……もう、転移装置は木島の手にはないってことか?」

「どうでしょうね?そう考えるのが普通じゃない?だってもうダムの中腹まで来てる!リストの半数以上…20人近くは殺した!なのに…誰も何も持ってないなんてあり得ない」

「すでに仕掛け終えてんじゃないのか?」

「だったらここにいる意味はないんじゃない?見張りにしては勘が鈍すぎるし…」

「……なら、聞くが…仮に転移装置が木島じゃなく、奴の後にこっちに来たやつだとしよう…」

「うん……」

「そいつはどう見つけるつもりだ?…木島を叩きのめして聞くか?」

「いや…それは……」


私は、彼の言っていることへの答えを探して、少し黙り込む。


雨の音と、滝のように流れる水の音が、私達の間に響いた。


木島がこの手を使うとは誰も言っていない。


だけど、この手以外、思いつかない。


モノが出てこない以上、そう考えるのが自然だとしか思えない。


だが、どうやってそれを破る?レコードにも出てこない存在を、どうやって?


私は、目の前でじっと私を見つめるレンを睨み返すようにしながら考えた。


どうやって?


どうすれば?


私達だけで事が終わるの?


……あ…


「……あ…」


私は、凄く単純なことに気づき、レコードを開いた。


"「そう…なら…"この世界は含まない"…とか、そういった内容を書いたらどうなる?」"


車の中で私が言った一言…その前に、リンから聞いた言葉。


"「そう!気づかないうちに侵食されてるから、ちょっとヤバい領域まで来てるよ…もうスクランブル宣言は降りてる。きっと向こうの住人もアタシ達の正体に気づけば黙ってない!」"


"侵食されてる"


「侵食されてるって……そういえば、リンが、言ってた」


私は呟くように言うと、レコードを開いて文字を書き込む。


"半径3キロ以内 第3軸以外の人間 現在地 地図表示"


レコードは私の、書き手の意図をくみ取ってくれる。

もし、この世界が、彼らの世界に融合しかけているのなら…すでにほとんど融合しきっているのなら…


私ははやる気持ちを抑えて、レコードの答えを待った。


レコードに文字が読み込まれ、すぐに答えが返ってくる。


この近辺の地図が表示され、誰がどこで何をしているかが表示された。

手に持ったスマホのリストと突き合わせてみても、その数は確実に増えている。

その数なんと30人…あと10人も殺せばリストは埋まったが…すでに20人が追加されていた。


「もうこの世界は彼らの世界と混ざり合ってる…レコードは"こっちに来てから一定時間経った"人間を表示してるんじゃない。ただ、本当にレコードがなかっただけ」

「……本当か?」

「そうだと思う。ホラ…この短期間で20人増えてる…そして…こうやって書くと」


私はそう言いながら、ペンを走らせた。


"3軸の世界に現れた時間は? 彼らは何を持っている?"


「……そうか…」

「ビンゴ!」


私は、呑み込まれた文に対する答えを見て叫ぶ。

めったに笑わないはずだが、この時はいびつに笑みを浮かべていた。


増えた人間は、最新でもつい5分前に来たばかり。

そして、持ち物はこれといって特筆するものもなかった。

ただの、武装したテロ集団と変わりないってだけだ。


「きっと、模倣してたレコードもこうなってるはずだ」

「なら、さっきの私の推理は間違い。木島がわざわざラジカセを誰かに渡す必要はなくなる」

「なら、奴が持っていて、ココにとどまるのは…」

「そうせざるおえないから…きっと、やるには頭数が足りてないのよきっと」

「なら、行こうぜ…奴らがそれだけ増えようが関係ない。全部消せばいいんだろ?」


そう言って、レンは私から振り返って、先に進む。

私は、地図を見て、誰がどこにいたかを大体把握すると、レコードをしまって、小走りで彼を追いかけて横に並んだ。


「勿論、理由がないだけで木島からラジカセが離れないとは限らない」

「奴が最優先目標ってわけだな?」

「そう…行きましょう…彼はここから一番遠い小屋の2階…」


そういうと、私は遠くに見えたライトめがけて、銃口を向ける。

躊躇なく、引き金を引く。


ライトは消え失せ、何かが倒れたということが、鉄製の足場を通じてわかった。

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