3.雷雨の中の影追い劇 -3-
「なら、レナ。1つ質問いいか?」
「何?」
それから、10人ちょっとをこの世から退場させた後。
レンがポツリといった。
「なら、奴らが頭数そろえてやることって何なんだろうな?」
「……それも、さっき思い出したの」
"「ただ、気を付けろよ?奴はもう5つの可能性世界を破壊してる…競合する世界をことごとく潰してきてる…それなりに頭も切れるだろうよ。見かけによらずな…こういうやつは向こうの世界の運命ってのを連れてきてる。忘れるなよ」"
「芹沢さんは運命って言ってた。そんなことができる人達が集まれば…知らぬ間にレコードは改変される…」
私は横にいるレンに顔を向けて、右手で上を指さした。
「あ!……そうか、そういうことか」
レンも言いたいことに気づいたらしく、目を見開いて叫んだ。
「彼は"仲間"を連れてきたんじゃない。"運命"を呼び寄せた…この天気がそう……」
「……なら、もう手遅れか?」
「いいや。このまま私達が殺して回ればいい。ラジカセなんて、壊せばいい」
私はニヤリと笑うと、奥の方に見えた人間の影に照準を合わせる。
「急ぐに越したことはない。小屋まであと少し」
私は雷で、人影がくっきり見えるようになると、容赦なく引き金を引いた。
長い長いダムも、もう4分の1ほど。
一番奥は、何処にも繋がっていない行き止まりだ。
私達は小刻み良く、見つけた人間を手当たり次第に殺していく。
きっと、彼らの世界じゃ酷い悪役だ。
レンも、すっかりと慣れた…わけではないのだろうが、それでもさっきよりは簡単に銃を扱えるようになってきた。
数えてみて…私とレンで40人ちょっと。
レコードを開いてみると、表示されたダムの地図上に残っているのは木島ただ一人。
目の前の、行き止まりにある休憩小屋のような場所にいる、彼ただ一人だった。
私は、これまでで撃ち尽くした弾倉を入れ替えて、スライドを引く。
「さて…これで終わり…」
私は、用心することもなく、ドアを開けた。
飽くまで自然体で、銃も左手に持っているが、それ以外は変わらない風に、振舞う。
2階建ての建物…上に人の気配。
きっと、待ち伏せでもするのだろうが、私達は生憎、死ぬ体じゃない。
私は薄気味悪い笑みを、口元だけに浮かべて階段を上がっていく。
バァン!
何が起きたかもわからず、私は起き上がる。
横目に見ると、レンが驚愕の表情を浮かべて私を見上げていた。
どうやら私は何かに撃たれて死んでいたらしい。
血だまりはなくとも、壁をえぐった銃弾の跡で分かった。
また、散弾銃でやられたのか…
私は壁の跡に手をかざす。
すると、もう一発。
バァン!
派手な銃声の直後に右手が千切れて消失した。
「レナ!」
「大丈夫大丈夫…痛みなんて遠い過去に克服してる!」
私はホラー映画のお化けみたいに、銃声の鳴った方向に振り返る。
レンも、腰が砕けそうになりながら、私の後ろをついてきた。
「やぁ。こんばんわ…木島正臣さん?」
私はダクダク血が流れる右腕を挙げる。
目の前にいる、黒人にも間違えそうな男は、驚き顔でこちらを見ていた。
「どうかした?この痛みなら、もっと辛いのを経験してるから、問題はない」
私はそう言いながら、拳銃についているセレクターレバーに指をかけた。
私が思った位置にあることを、指先の感覚だよりに確認すると、フラフラの平衡感覚の中で何とか体を押さえて、引き金に指をかける。
「ケっ…!」
バァン!
左手から乱射された弾丸が男を襲う前に、私の上半身は散弾とともに吹き飛んだ。
丁度、少し斜め後ろに立っていたレンに、血やら肉片が降りかかる。
だが、それも一瞬だ。
私は下半身が立ったままなのをいいことに、その上に自分を再構成して見せた。
元通りに戻った体と、右手を確認すると、中々表情を驚愕状態から崩さない男の横に目を向けた。
「く…」
今度は2発。
目の前で、恐怖に顔を歪めた男は、私と、レンを撃ち抜いた。
私達は同じように吹き飛ばされ…
そして同じように再構成した。
私は表情を変えずに、首をかしげて見せる。
「貴方の弾が尽きるほうが先かな?……何も、転移装置を壊せば私の任務は終わり…でも」
私は彼から目を逸らし、目標のものがちゃんと予想した通りになっているかを確認した。
見れば、それは、意図した通りバラバラになって床に転がっている。
「レン…私達の勝ちね」
「…う…ええ?」
吐き気でもあるのか、気分の悪そうなレンは、私の声に何とか反応すると、私が指刺した先を見る。
「転移装置の破壊完了…破壊工作をする味方もいなくなった…負けを認める?…そして、後は貴方だけ」
私は、先ほどの乱射で狙ったラジカセを指さしながら木島に言う。
木島も、まさか転移装置の正体がバレてるとも知らなかったのか、今度こそ表情を歪めた。
額に落ちる汗が、彼の気持ちを代弁している。
「……流石はレコードキーパー…と、言いたいところだが…残念だったな。俺は賭け勝ったぜ」
彼がそう、口を開いたとき。
私のスマホが着信を告げる。
「……良い所なのに」
私は、彼に目を向けたまま手だけで電話に出た。
スピーカーモードだったので、電話先の声が、ポケットの中からでもハッキリと聞こえる。
「レナ!…ダムにいるなら今すぐに出て!さっき言ってたのは間違いだった!」
「え?」
私は、突然の部長の声に素に戻る。
私がその素に戻った瞬間。
目の前の男は表情を狂ったような笑みに作り替えた
「クック…クク。随分と頭の冴える仲間がいたもんじゃないか、でも遅い!」
私達は、電話に気を取られていた。
目の前の男が、余裕の笑みを浮かべて、こちらに散弾銃の銃口を向けていたことに気づいたのは、それからすぐのことだ。
「ダムの彼は罠!…だから2人とも…」
「……!」
2発の銃声。
吹き飛んだのは私達2人の胴体。
吹き飛ぶ刹那、聞こえたのは、普段聞かない部長の叫び声と…
「ここまでとはな」
不気味な笑みを見せた木島の声だった。
・
・
・
・
「え?芹沢さん?なんでまた…はい、え?……なるほど…了解です。レナですか?まだ眠ってます。すいません。もう5回は…そうです、はい、はい。了解です。慣れてきました…俺も、まだまだですね…アハハ…はい。そういうことで…」
意識の遠い彼方…と言えばいいのだろうか?
起きる直前の、スイッチが切れた体にスイッチが入るときの…気づけば現実にいる
みたいな感覚。
聞こえてきたのは何かが動く音。
電子音。
そして聞こえてきたのは……誰かの声。
「もしもし…部長…レナが、その、中々起きなくて…はい…」
意識を取り戻した私の耳に入ったのは、レンの声だった。
部長…?ああ、部長もいるのかな?
「いえ、傷は戻ってます。はい…え?死んだのは…もう4,5回くらいは……そうですね…あと、寝言も…なんか俺のこと呼んでましたけど…え?そんなわけないじゃないですか……はい……」
私は、徐々に意識を覚醒させていく。
体に力が入らない…ゆっくりと再生していくときはいつだってそうだ。
頭も、まるで寝ぼけているかのように回らない。
夢を見ていた……
何処かの街の公園で、遊ぶ夢……
疲れ切ったころにふっと出てくる夢だ。
この夢の後は…妙に体調がよくなる。ハッピードリーム。
「ああ…そうですか…ですよね…」
夢の後の、微睡状態の中…
レンの声を聞き続けるにつれて、徐々に現実の世界に引き戻される。
願わくば…あの夢に…あの公園にずっと居たかった…
ずっと…あのまま…あの瞬間のまま…だが…現実はそうさせてくれないらしい。
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