3.雷雨の中の影追い劇 -1-

水力発電所につくころには、辺りはすっかりと闇に包まれていた。


「来たことある?」

「小学生の頃の社会見学で…それ以来は来てない…」

「そう…ところでさっき、部長が復活するときの話をしていたけれど」


私は、さっき部長とレンが話していた内容を思い出して口を開く。


「?」

「短期間で何度も復活すると、それが負担になる。体中に死ぬほど辛い痛みが走るから気を付けてね…」

「え?…それって何かいくらいでなるもんなんだ?」

「人それぞれ」


私はそっけなく言うと、チラッとレンの方を一瞬見た。


「私は3回目くらいでじわじわ痛み出して、5回もやれば動けなくなるほど…だから…」

「だから?」

「もしこの先死に過ぎたら、少し復活に時間をかけるかもしれない。この前みたく…30分くらいは眠ったままかも」

「了解…覚えとくよ…あんまり死なないように気をつけようか」



そんな会話を続けているうちに、水力発電所が見えてきた。


敷地に入り、駐車場を素通りする。

建物の裏手に車を止めると、エンジンを切って車を降りた。


降りしきる雨は雷雨になっていて、時折近場に雷が落ちてくる。

土砂降りの音だけが鳴り響く。

発電所は明かりがついているが、どうなっているか分からない。


「行こう」


私は雨に濡れながらも、拳銃を左手に持って、裏手の…裏口に駆けていく。

蝶番を撃ち壊して、中に入る。


雨に濡れた頭を振って水を飛ばした。

そして、裏口…玄関のような作りをした部屋を通り抜ける。

廊下に出たが…人の気配は一つもなかった。

廊下は一本道。進めばいいのだが…どうも足が踏み出せない。

不気味なほどの静寂が、妙に気味悪かった。


「…もう数人はいるって聞いてたのだけど」

「それによ、レコードが複製できんだろ?向こう側は」

「そう…だけど」

「他にも、あれみたいな本があったら、俺らの動きはバレてんじゃないか?」

「まさか…そこまでレコードを再現できるわけが…」


私はレンの言葉を受け流し、進みたくない気持ちを誤魔化して進もうとした。

そんな私の肩を彼が掴む。


「人の話は聞くもんだぜレナ。よく考えて見ろよ」

「……?」

「向こうはどうして街で暴れたんだ?」


レンは、少しテンションが上がっているのかは知らないが、目つきは据わっていて…どこか楽しげに見えた。


「え?…それは、ここに転移装置を仕掛ける時間稼ぎじゃない…どうせレコードに行動が映るなら…」

「その後で奴らは街を沈めるんだぜ?世界を変えようって連中がそんなことする必要あるか?それに、木田みたいに暫く映らない奴だっている」


私は少しだけ変わった彼の様子に押されながら…彼の言葉に耳を傾ける。


「……どういうこと?何が言いたいの?」

「ああ、木田だって、時間がたてばレコードに映っただろ?それと同じように、向こうが持ってるレコードは、時間がたてば…こっち側のレコードを映し出すんじゃないか?」

「……つまり、時間がたって、こっちの世界との結びつきが強くなればなるほどあのレコードは私達のそれと同じになるってわけ?」

「そうだ。もし、俺らがここに来るってわかってれば…奴らはどうする?」

「それは…ここで待ち伏せて殺すとか?」

「アホ言え。奴ら俺らが不死身なの知ってたじゃねーか」

「……確かに」


私は少し困惑した表情を浮かべて、頭1つ分とちょっと背の高いレンを見上げた。


「きっと、他の場所に移動したんだよ」

「!?…じゃ、じゃぁ」

「あの部長やリンの言い草じゃ随分と人数居たみたいな言い方だった。なのにいないとなれば…勿論、証拠はないが…自然だよな?」


私は、彼の考えを聞いて、首を縦に振る。

そして、廊下に出ると…周囲を見て…それからレンを見た。


「どうして、脱出直後に爆破しなかったのかな?もう、事が起こってても良い頃じゃない」


私は、と廊下を歩きながら言った。


「…そこだけなんだが、確認していいか?」

「ええ…」

「奴らの世界とやらが完全に混ざり合うには…ここの爆破を時間通りにする必要があるからじゃないか?」

「あ!……そう、か」


レンの言葉に、私はある事実に気づいて頭を押さえる。


確かにレンの言う通りだ。


私は、レンの方へバッと振り返ると、銃を持っていない右手で肩をつかんだ。


「そうだよ、レン。可能性世界…それも、未来の世界である可能性世界が、軸の世界に交わる方法の1つだ」

「……やっぱり、そうか」

「どんな手を使おうと、彼らはここを3時までに爆破できない…それに、ここでやりあってもジリ貧になるのはわかってる…」

「でもよ、ここまで言ってアレだが、わかってどうするんだ?俺の言ったことが当たってると仮定して、こっちも向こうもレコードを持ってる…どっちも動きが筒抜けだ」

「いや…きっとレコードの話はないと思う。レン。ただ、彼らの考えだけはきっと大当たりだ…彼らは元から、ここに仕掛けて遠くに逃げる手はずだったんだ。街で大騒ぎを起こして、そっちに私達の人数を割いてしまえば、ここら辺近辺は手薄になる…」


私は少し早口で、まくしたてるように言った。


「言ったよね、私達はいつだって人手不足だって…そのせいで、今の街の騒ぎを収めるのにも、周りからの応援が必要なんだから」


私はスマホを取り出すと、部長に電話をかけた。


「レナです。少し良いですか?」


私は、電話に出た部長に一言も話す機会を与えずに、今の話を話した。

レンは、私の左隣で、私に寄り添うように立って周囲をキョロキョロと見回していた。


「…それで、なんですけど、その前に1つだけ…彼らに私達の動きはバレてませんよね?」

「レンも随分と鋭い子ね…でも、確かにレコードの件は外れだわ…そういった可能性も当たったけど、それはなかったから」


スマホのスピーカーから、部長の声がする。

レンは、少し外れていたことが恥ずかしかったのか、苦笑いを作って顔を背けた。


「ただ…木島と、その周囲に現れた人達は遠くに行ってない。まだ、そんなに離れてないわ…近辺にいる…どうして発電所内に人がいないのはわからないけど、きっと、ダムを破壊する仕掛けでも仕掛けてるんじゃないかしら?レコードによれば、まだ彼らが来てから1時間と経ってない。あのダムを破壊しつくすにはそれなりに大掛かりな装置が必要…わかるでしょ?」

「十分です。ありがとうございます…」

「現段階の名前リスト、送っておくわね…もちろん、増え続けているから、そこは頭に入れておいて…私も街の方が区切り付き次第、出るから」

「了解です…ありがとうございます。部長」


そう言って、電源を切る。

そのすぐ後、メールが届いた。


「聞いてたでしょ?」

「ああ、急ごうぜ」


メールをレンに転送すると、施設内の案内地図を確認して外に出る。

レコードに、リストの適当な名前を書いて表示させると、部長の言った通り、近くに潜んでいた。


具体的には、ダムの中腹辺りだ。

作業用に張り巡らされた足場。

そこに彼らはいる。


土砂降りの中、ぬかるんだ道を走っていき…この先立ち入り禁止の看板が見えた。

地図では、ここから先に、作業用の入り口がある…そこを抜ければ…そこはダムだ。

土砂降りと雷の音に交じって、水が流れる音がする。

しかし…この天気も変だ。

家を出る前に、天気は毎日確認しているのに…

今日はずっと、1日中晴れるはずだったのに…


これも、世界が混ざってしまった影響なのだろうか?

これだけ…ずっとこの勢いで降り続けば…多かれ少なかれ影響が出てしまう。


このダムだって、そうだ。

今の時期は雪解け水もあるのだから猶更…と思うと、入り口から先にはいく気が引けるが…仕方がない。


「レン。今何時?」

「6時半ってとこ」

「…そう、まだ時間はあるかな…一緒に行動しようか」

「近場の奴からやるか?…出てすぐ下の小屋にいるぜ」


私は、持っていた拳銃の撃鉄を下すと、意を決して入り口の扉を開いた。


ずぶ濡れになり、なるべく顔を隠すために伸ばした髪が邪魔になる。

痛みを伴うような、大粒の雨に当たりながらも、私はゆっくりと最初の一歩を踏み出した。


「ヒュー…何か落とすなよ?下に抜けてくぞ」

「分かってる…でも、案外広いのね」


明かりが見えるとはいえ、暗さと雨のダブルパンチ状態。

それでも、下の方に目を向けると、黄色いヘルメットにランプを付けた人影が見えた。


「シー…かくれんぼ得意?」

「好きだったな。負けた覚えもない」

「それはいい」


私はレンに人物のことを伝えて、ゆっくりと近場にあった階段を降りていく。

足音がなるが、それ以上に水の流れる音と雨音が酷かった。


予報が外れたとはいえ天気には感謝しなければ…

こんな天候の日は、大好きだから。


「レン、この距離なら当たるでしょ?撃ってみて」


男まで10mとない距離まで来て、私は横に並んだ彼に言った。

レンも、意図が伝わったのか、コクリと頷くと、銃を構える。


「……」


雨音と、水の流れる音が聞こえる。

中々、レンは引き金を引かない。


それでも、私は何もせずに待った。

さっきはああやって啖呵を切っていたが…実行になると、最後に残った常識が邪魔をする。

私も同じだったから。


だから、私は何もしない。


「……」


空が、真昼のような明るさに光った。

ふと、前にいた人物はこちらに顔を向ける。

一瞬だったが、互いの表情を見るには、十分な距離だった。

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