2.違和感と仕事の狭間 -Last-
「……」
すぐに再生した私は、ムクリと上半身を起こして立ち上がった。
着ていた服も、手に持った拳銃も、一緒に再生して、すっかり私は元通り。
さっきの一発が最後だったらしい。
スライドが開きっぱなしになっていたので、ストッパーを下してスライドを元に戻した。
目の前には上胸辺りを撃ち抜かれて、散弾銃を落とした男が倒れていた。
何事もなく起き上がった私をみて、顔を少し恐怖の色に染めて…そして横に落ちている散弾銃を拾おうと、震える手を伸ばしていた。
私は何となく、クスリと笑うと、ゆっくりと男の前に歩み寄り、銃口を彼に向ける。
「言ったでしょう。私に撃ったところでこうなるって…ところで…私は貴方を別に殺さなくてもいいの…どうせ私達が勝てば貴方達は平等に消えていくのだから」
私は銃口を彼に向けたまま、口を開く。
「さっき、車屋の彼に2発…そして、この警察署で何人もの警察官をレコード違反のために"処理"してきた…この銃には20発の弾が込められる…」
「何発撃ったかなんて覚えてない…どう?先にあの世に行けるか試してみる?」
「……やってみろよ。映画じゃリボルバーだったがそいつぁオートだろ?その状況じゃ弾は残ってるに決まってる!…化け物め…」
私は、彼の言葉に小さく笑みを浮かべると、銃口を少し前に突き出して引き金に指をかけた。
カチ……
「っ…!」
「…さっきの君への一発で20発…撃ち止めだよ。私の任務に君の処置は入ってない…だから生きようと死のうと関係ないのさ…どうせどっちに転んでも終われば消えるんだから」
私は彼の手から零れ落ちた散弾銃を拾い上げると、警察署の受付の方…入り口の方に歩いていった。
この世界の違反者には躊躇なく"処理"するが…彼らみたいな"来訪者"を殺す気は毛頭ない。
せっかく芹沢さんへのお土産になるのに、彼の研究材料になるのに…その前に壊すのは勿体ないから。
「レナ!」
「ああ、レン。どう?」
「上はやった…レナは…聞かなくても大丈夫そうだな…銃声が鳴った時は焦ったけど」
「あら、そう?こう見えて3回は死んだけど」
「……そっか」
レンは何とも言えない表情で言うと、時計の方を指さした。
「そろそろ20分だが…この分じゃ落ち着いたな」
「ここはね。だけどこの"地域"は違う…処理し損ねた連中が散ってるから…」
私はレンと並んで警察署を後にする。
すると、丁度大型バイクに乗った2人組の男女が警察署にやってきた。
「お、お疲れチャーリー。それとリンも」
私は見慣れたヘルメットの2人に声をかける。
私の車の横にとまった2人は、ヘルメットを外すと、お疲れと言って私の前に立った。
「ここの中は片付いた。死体だらけだけど」
「…まぁ、しゃーねーかぁ…って向こう(可能性世界)の奴もやったのか?」
「いいや。芹沢さんたちのためにとっておいた」
そう言って、私はチャーリーに、彼が振り回していた散弾銃を預ける。
「危ないモンもってんなぁ……木島ってやつぁ向こうじゃ宗教家だったらしいぜ。私兵部隊持つレベルの」
「だからね…その仲間がこっちに来て暴れてるの…」
チャーリーとリンの言葉を聞いて、私達は顔を合わせて首を振る。
「そうだ…レン…レコード…」
「おっと、忘れてた」
そう言って、レンは助手席に置きっぱなしだった、レコードの模造品をリンに渡す。
「これ、所々不鮮明だけど、彼らが居た世界のもの」
「お、サンキュ!…それでね、レナ」
「?」
「部長からなんだけど…流梁にいった木島の居場所…ちょっと厄介だよ?」
「厄介?」
「そう…ここから羅尾智峠を上がって…頂上の流梁へ…行くんだけど、そこの水力発電所だと思うって…木島の行先…」
「え?じゃぁ…もう行かないと…」
「うん…だけど待って…まだ、終わりじゃない」
車に乗り込もうとした私を、リンが引き留める。
私の動きを見て助手席に手をかけたレンも、リンの言葉に振り返った。
「もともと、あの山は標高が高いんだ。それも急激に上ってく…そんなところに建てた発電所…木島のいた世界の歴史では、明日の午前3時までに何とかしないと…破壊されて…この街は水の中に…」
「その前に彼を見つけて何とかしろって?」
「勿論…だけど、それに加えてもう一つ」
「一つ…?」
「もう、すでに水力発電所は彼らの仲間が大勢居るはず…きっと、発電所に転移装置が仕掛けられたのだろうから…」
「……最悪…の一歩手前だね」
私は少しだけ顔を歪める。
「だから、レナ達が先に行くことになると思うけど、後から芹沢さんたちの部隊が出るって」
「そうなの?だったら彼らの方が…」
私は、何も私が出張らなくとも、荒事に慣れた彼等で十分じゃない?…と言いかけようとした。
実際には、その声は、遠くで聞こえた爆発音のせいで発せられなかったのだが…
「…そういうこと…」
「お願いね…じゃぁ…」
私はリンとチャーリーに手を振ると、車の中に入ってエンジンをかける。
モーターのように回るエンジンに鞭を入れて、警察署から飛び出した。
今は5時前…
タイムリミットまではざっと数えて10時間。
「…っで?俺はこっから何すればいい?」
「いったん、家に帰ろう…レン。やっぱりレンも銃を持たないとダメ見たい」
「な…」
「…こういう時、一歩選択肢を間違えればずっと暗闇の中で生きることも死ぬこともできない場所に飛ばされる。もう少し、レンは常識人で居てほしかったけど、仕方がない」
私は信号も、周囲の車も無視して家を目指した。
街の至る所で、レコードが破られている。
それを私は肌で感じ取りながらも、それらには目もくれずアクセルを踏み込んだ。
「…ごめんね、レン」
「……何が?」
「もう少し、穏便に…もう少し安全にカタが付く仕事だと思ってたら、この様だったから」
「危険に巻き添えにしてすいませんってか?冗談じゃない」
「……」
「まだ1週間とかかってないし、第一、呑み込めてすらないが…」
「?」
私は、スーッとアクセルに込めた足の力を抜いていく。
「常識なんてのは、つい先日捨ててきたんだ。俺に気を遣うことはないさ。やれといわれりゃ、やってやる。死なないんだろ?」
「…ええ…死なない」
「なら、何度でも死んでやる…その度に起き上がって追い詰めりゃいいんだろ?やってやるさ」
レンの決意表明みたいな言葉を聞いてから、私は口を開かなかった。
薄らと笑みを浮かべて…レンを見ただけ。
それから、すぐに家につき…さっきは出すかどうかも迷った、予備の拳銃を引っ張りだす。
隠す必要もないから、消音器もホルスターにもなるストックも組み立てた状態で渡した。
使い方も教える。
付け焼刃だけど…仕方がない。
弾薬も、残り分…丁度4弾倉分…私が使い切った1つと、レンに渡す3つ分で使い切り…再び家を出る。
日もくれる頃合い。
怪しかった空からは、ポツリポツリと雨が落ちてきた。
私の天気予報が外れるなんて、珍しいこともあるものだ。
「雨…か。そんなんで連中が発電所を…ダムをやれば…」
「どれくらいの速さで街が沈むんだろうね?」
私達は、これと言って緊張もせず車に乗った。
これまでの仕事と同じような気持ちで、最後の舞台に向かう。
車の先から出てきたライトをつけて、ワイパーを動かして…私は前を見てアクセルを踏んだ。
雨に濡れだした道に、古い私の車はちょこまかと滑り出したが気にしない。
「少しは落ち着いて行けよ?行く前に事故死だなんて落ちは嫌だからな?」
「大丈夫…大丈夫。前の吹雪の時が一番怖かったから」
私は、一般車を右に左に避けながら、国道を突き進んで…峠につながる道に折れた。
ブレーキを踏んで、ギアを落として…ハンドルを切って…サイドブレーキを引いて…
一瞬で普段は聞かないようなタイヤの悲鳴を聞きながら…車が曲がり切ったと確信した瞬間、容赦なくアクセルを踏み込む。
あっという間に街の景色は森の景色に変わっていった。
「この調子でいけばそこそこ早く着きそうだな。1時間かからないんじゃないか?」
「どうだろ。この雨、もっと強くなってきてる」
レンも、最初のように私の運転を怖がらずに、少し楽し気に言った。
私の言った通り、雨は大粒になってきて…土砂降りと言えるくらいになってきた。
心もとない昭和の車のライトが道を照らし…ワイパーは一番早くしてもすぐに雨に染まる。
流石にこれ以上は危ないと思って、アクセルを緩めた。
レンの言った通り、事故で死んだら元も子もない。
人は大丈夫でも、車は戻らないから。
「おっと…丁度よかったな。レナ。電話だ…部長からだな」
速度を落としてすぐに、見計らっていたようにレンの携帯電話が鳴り響く。
スピーカーモードにしてから、電話に出ると、部長の声が聞こえた。
「もしもしー?レン?大丈夫、そっち」
「ええ…なんとか。レナが頑張ってますよ。今峠を上ってるところです」
「そうなの。良かったー…丁度よかったわ。レン。レナも聞こえてるならよく聞いて!」
部長は、普段の仕事中では出さないような、少し叫ぶような声で言う。
「木島のいると思われる水力発電所の中に向こうの世界の連中が数人確認されたわ。まず間違いないとみていいでしょうね…彼らは皆処理して回って…そして、木島よりも転移装置を探して壊すのよ」
「装置を…了解です。まぁ、当然ですよね」
「ついさっき、木島がレコードに載るようになってきたの。最悪彼を逃がしても何とかなる。問題は転移装置…9時までには芹沢の部隊がそっちに向かうけれど、気にすることはない、派手にやりなさい!」
「……わかりましたが…部長、その、向こうに現れた連中って、武装してます?」
「そうね…武装してる。貴方達どうせレナの拳銃くらいでしょう?そこだけは用心して…特にレン。貴方はまだ全然慣れてないのだから」
「…わかってます。それで、部長…レナも聞いておきたいのですけど」
レンの言葉を聞いた私は、さらに車の速度を下げる。
部長も、電話の向こうで彼の言葉の続きを待っているらしかった。
「俺達は死んでも復活できるって言ってたじゃないですか…その、何度も何度も立ち上がれるって」
「そうね」
「もし、中途半端に死なないとか、復活してもすぐに殺される…みたいな感じにならないんですか?」
「……ああ、わかった」
レンの問いに、部長が答える。
「大丈夫よ。レン。私達はある程度復活する場所を選べる…慣れれば慣れるほど…その場所は柔軟に選べるの…そして、死なないっていうけど、何もそんな状態にはならない…私達は不死身だけど…その分"死に易い"から…たとえ半死人にさせようとしても中々ならないわ」
部長が普段の口調で言った。
「そうそう…さっきの私も、倒れたまま起き上がったけど…やろうと思えば姿を消して…どこかそこらへんに出てくることだってできる…そこらへんは練習だよ」
私も、部長の説明に付け加える。
「…というわけ…レンを行き成りそんな場所に立たせてしまって…御免なさいね。埋め合わせはきっとするから…じゃぁ、今は…」
「頼んだわ」
そう言って、部長は電話を切った。
レンは、少しだけ腑に落ちなさそうな表情を浮かべる。
私はシフトレバーを握っていた左手で彼を突いた。
「なんだよ」
「ここまで来たら、勢いだけなんだ。1アウトで終わりじゃない…何度死ぬか分からないけど…私がついてる」
私は、不器用に笑い顔を作って見せると、レンは少しだけ笑みを見せた。
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