2.違和感と仕事の狭間 -5-
「…何見て気づいたんだ?おじさん…ん?」
私の横では、レンが私の様子に少し苦笑いを浮かべながら、男が見ていた辞書らしきものを取り上げる。
「…レコード?」
「そう…レコードの亜種ね…随分と危ない世界からの来訪者みたい…レン、それは回収しておいて」
私は、ふーっとため息をつくと、銃口で男の首元を突いた。
「いいよ。こっちを向いて…何もしない…ただ、欲しい情報はただ一つ。木島…木島正臣の行先…知らない?」
私は、照準越しに、振り向いた男の顔を見上げた。
男は、私の顔を見て、気味の悪いものを見たような表情になる。
「木島…か、言い逃れはできないんだろう?」
「ええ…レコードによれば、さっきここにきてるみたいね」
「……そうか」
私は小さくそう言った男を見て、少し眉を潜めた。
首元から、ほんの少し肩の方に照準を逸らすと、躊躇いなく引き金を引く。
「グぅ!…」
「おいおい…レナ…」
「時間がないの。早く言ってよ。おじさん。貴方達の賭けはまだ終わってない」
私はもう一発、引き金を引くと…車庫の壁に寄り掛かって座り込んだ彼の前にしゃがみこんだ。
出来る限り、表情を変えずに、銃口を彼の顔に向ける。
「私達2人が木島を処刑できなければ、私達の負け…この世界は貴方達のものになる。その世界で生きれると確信があるなら…木島が成し遂げると信じてるなら…今、私に殺されるっていうのは悲しいことだよね?」
私は、左目にジワジワと力を入れて彼に迫る。
「別に、貴方達の作ったレコードが手に入ったから、貴方はもう生きてる価値はないんだ…でも、貴方が彼に賭けるというなら、貴方は生きてないと…どうせ、この世界にいること以外でレコードは犯していない…私達との遭遇はただの事故!…さぁ、言って?木島は、どこにいる?」
私は、少し震えている男を見ながら口元を少し笑わせる。
「き…木島は…アンタら風情には止められないさ。お前みたいなガキによ…だから…賭けるぜ…」
「そう、なら、言ってよ。彼は何処へ行った?何故貴方に会いに来たの?」
「奴は…奴は………この町の湖に行ったよ…あの峠の…山頂にある…ここに来たのはわかんだろ。足の確保さ…」
「そう…なら、貴方はここで待ってることね」
私は銃を下すと、座り込んだ彼に踵を返す。
レンの手を引いて、車に乗り込んだ。
「お、おい、あいつは良いのかよ?」
「どうせこの世界は過去に戻される…彼もその時に消えるのよ」
エンジンをかけて、手に持っていた銃をレンに預けた私は、車を国道に出して、流れに乗った。
「…それで、さっき拾ったレコードを開いてくれない?」
「あ、ああ。これ、見た感じだとこっちの世界のレコードだ。連中の世界のことは書かれてない」
「そう…なら…"この世界は含まない"…とか、そういった内容を書いたらどうなる?」
「…っと…ああ、何か出てくるぞ」
「…さっきの、車屋の男の名前を書けば出てくるかな?それか、木島か…」
「木島は……出てこないが車屋のオッサンは出てきたぞ」
「…そう…」
私は少しだけ声に詰まった。
向こうのレコードなら、木島は出てきてもいいと思ったのだけど…
そう考えながら、赤信号で止まっていると、レンのスマホが鳴り響いた。
「もしもし?…ああ…・リンさん?お疲れです。はい…今は…駅前通りです。モロに駅の目の前。あ、ちょっと待ってくださいね。スピーカーにするんで」
相手はリンらしい。
レンはスマホの画面を操作すると、彼のスマホ越しに声が聞こえてきた。
「レン、いいかなー?」
「大丈夫です。レナも聞こえてるよね?」
「ええ…大丈夫」
私は、青になった信号を見て、車をゆっくりと発進させる。
「木島の行先じゃないんだけど、警察署に動きがあったよ!警察署の人のレコードが一斉に破られたの。この町の警察官はもう殆どがレコードの保護下に置かれてない!」
リンの、快活な声が予想外の出来事を伝えてくる。
私は、目を少し見開いた。
「え?木島はさっき…流梁(ルヤン)湖に言ったって…車屋のオッサンから…」
レンが困惑した口調で言う。
すると、リンは少し驚いた声をあげて、すぐに理由を続けた。
「彼は1人じゃない。仲間といる…とにかく…市内に散ったチャーリーとか、カレンが着くまでレン達であの一帯を押さえてほしいの!…彼らは違反者だけどただの人!そのまま町に散らばれば…」
「…ああ、押さえないと…広がるものね…違反者…」
「そう…ごめんね。ただ、流梁湖だっけ?そこら辺に木島が行ったって?」
「言ってた。羅尾智(ラオチ)峠に行ったって」
「了解…警察署の方は任せたよ!」
「…リン。警察署"は"…ってことは…他にもあるの?」
「そう!そこの他にも何か所か…芹沢さんの仲間とか、別地域の仲間が来てるんだけど、後手後手で…」
「そう…リン。貴女もこっちに来れない?さっき車屋で向こうの世界のレコードを拾ったの。偶に見つかるっていう偽造品だけど…」
「そうなの?!…わかった。私も行く…頼んだよ!20分は稼いでくれると、あとはチャーリー達と何とかするから!」
そういうと、彼女との通話が切れて…車内が静まり返る。
私は、予想以上の事態の悪さに…少し自分の準備の悪さを呪った。
「聞いたでしょ。警察署にいる人がレコード違反だって」
「ああ、すぐ目の前だぜ、その警察署」
「…多少は人がどこかにいったとかあるでしょうけど…それは仕方がない…中にいる人はもうレコード違反者…処置の時間」
「…みたいだな」
「少量なら放置でよかったけど…案外向こうが手を打ってきてるってこと。放置すると彼らが元となってこの世界は壊れていく…だから、レン」
「何だ?」
「襲撃だよ。これ…まだ彼らは手帳が効くはず…注射器を片手に処置して回って…多少手荒に行っても構わない」
「…手荒にって、まぁ…いいけどよ、レナはどうするんだ?捕まるぜ?」
「私は大丈夫…これがある」
そう言って、彼に渡した銃を指さした。
レンは、私が言わんとしていることを察してか、表情を硬くして、黙り込んだ。
「レンにも渡しておけば…もう少し楽だったのだけど」
「……冗談キツイぜ」
「まだ早いと思ったから止めたけど…迂闊。もしできるなら、彼らのを拝借することも考えないとね」
私はそういいながら、国道から警察署の敷地に車を滑り込ませた。
「とにかく、手当たり次第処置して行く。あと20分弱…リン達が来るまで、ここにいる警察官をここにくぎ付けにする」
私はそういうと、エンジンを切ってドアを開けた。
レンに渡した拳銃を受け取って、デコックして戻した撃鉄を再び下す。
私達はレコード違反をしたものから見ても、砂粒一個の存在感。
堂々と、拳銃片手に入っても、中の人達は見向きもしない。
だから…私は誰にも気取られずそこら辺にいる事務員の人に銃口を合わせた。
そして、引き金を引き…周囲が絶叫に包まれた。
「まるで…凶悪犯罪者だね」
「いや、その通りだろ」
「でも、仕方がない。別れよう。レンは2階ね」
入り口…受付が騒ぎになって、中にいる人たちは逃げていく。
私はゆっくりと、1人ずつ仕留めていく。
多少…外に逃げられても…それは仕方がないと思おう。
私は倒れた警官の…婦警の持った拳銃を抜き取って…それを使いながらじわじわと打ち倒していく。
「グ…」
「カハ…ッ…」
まるで未来から来た殺人ロボのように…
彼らも、応戦してきて…すでに何発か食らって…2度は死んだが…生憎私は未来から来たロボットのように不死身なのだ。
1階の…おそらく中間地点…
廊下の真ん中に立ち尽くす。
奥に目を向けると、まだ奥の方で人の声がする。
そして、物陰には銃を構えた警察官の姿が見えた。
私は、すでに打ち尽くした、警察官たちが持っていた拳銃を廊下に捨てると、ゆっくりと奥に歩き出す。
すると、奥の方の声が絶叫に変わった。
銃声が聞こえたということは…この絶叫は断末魔というべきか。
私は不思議に思って駆けだす。
だが、その答えは向こうからやってきた。
廊下の曲がり角まで差し掛かる。
…曲がる直前、警察官が、木っ端みじんになって吹き飛んでいく様を見た私は、勢いよく、愛銃を曲がった先に向けた。
「……」
「……」
丁度、相手も私の方に銃を向けるところだったらしい。
だが、2人そろって、すぐそこにいると思わなかったからか、引き金は引かずに動きを止めてしまった。
私は拳銃で、彼は散弾銃。
ガタイの良い、筋肉質な男が振り回すには打って付けだ。
「レコードキーパーの援軍?にしては早いよね」
「……お前、レコードキーパーだったのか?」
「そういう貴方は可能性世界から来た勇敢な兵士様?」
互いに、銃口を向けあったまま、言葉を交わす。
「…どうする?私を撃ってもすぐに起き上がる…何度殺しても、私はすぐに再生する…白旗をあげることをお勧めするけども」
「嫌だね。何度も何度も殺してやるさ」
「……そうかい…ところで、木島は一緒じゃないのかい?」
「知らん…」
「御冗談を…君達、ここで何するつもりだったのさ」
「それは…自分で調べてみるんだな!」
そういうと、男は手に持った散弾銃の前床をスライドさせる。
私はその前に、引き金を引いた。
…この至近距離…命中しないはずがないが…男も引き金を引いたものだから、私の上半身は花火のように、後方に砕け散る。
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