2.違和感と仕事の狭間 -4-

芹沢さんと部長を見送った後、私は横にいるレンの手を引いて2階へと上がっていった。


「さて、レン。貴方、運がいいよね」

「あー……事態が呑み込めてないんだが、そうなのか?」

「ええ、最初の仕事でこの役回りを出来るのはいい経験。無事に終われば、きっとレコードキーパーの仕事に苦労することもない」


私は自室の…これからはレンも使うことになる部屋の扉を開けると、何の戸惑いもなく服を脱いで下着姿になった。


「え?おい!」

「気にしないよ。レンなら」


顔を赤くしてそっぽを向いたレンに苦笑いして見せると、持っていたレコードの最終ページを開いた。


-Name Rena Hiragishi-

-Age 15-

-Height 150cm -

-Weight 39.5kg-

 ・

 ・


浮かび上がった自分の情報のうち、年齢の部分を19に書き換えた。

一瞬、関節に痛みが走って顔を歪めて目を瞑る。

痛みが治まり、目を開けると鏡の前に立った私の姿は19歳の私になっていた。


「さて、レン。気にしないっていうんだからこっちを見てほしいんだけど」


少し背の伸びた私は、彼に振り返って言った。


「って言ってもなぁ、同級生がいきなり……ん?背、伸びたか?」


真っ赤な顔をしていたレンは変化に気が付くと、普段の顔に戻った。


「レコードの機能の一つだよ。部長も20そこそこに変えてたように、私も19歳に書き換えた」

「ほー……なんだってまた」

「それは、これからこの街の中を写真の男を求めて探し回ることになる。車でね」

「え?」


私はクローゼットから今の年に合った服を取り出すと、ササっと着てしまう。

白いYシャツにジーンズ姿。地味だけど、何も、これからの仕事にお洒落なんて必要ない。


「車って、俺らまだ15だぜ?」

「だから、19に変えたの。免許もある」

「設定上だろ?運転できるのか?」

「問題ない。部長仕込み」


若干不安そうな顔をしたレン。

私はそんな彼を無視して、彼の後ろにあった戸棚を開ける。


「で、レン…玄関に車の鍵があるから、先に出て車庫を開けておいてくれない?私はもう少し準備があるから…」


そう言って、戸棚からレンの持つべき備品を渡す。

レコードに手帳に注射器…それはもう渡したが、クレジットカードだけはまだだったから。


「お、おう」

「すぐに行くから。お願いね」


レンが部屋を出ていく。


私は戸棚の下にあるキャビネットの引き出しを開けた。

中に入っていたのは、私の手には少し大きい拳銃と、木製のホルスター…消音器…弾倉3つに銃弾がいくつも…


その中から、黒いハーネスを取り出して背負うように肩にかけると、右脇あたりに木製のホルスターを引っ掛けた。


その上から、普段のトレンチコートを着る。


1つの弾倉に弾を20発込めて、拳銃にカシャ!っと入れる。

後の2つにも、弾を込めて…拳銃はホルスターに、弾倉と消音器はポケットに入れた。

文庫本サイズのハードカバーのレコードは、コートの内ポケットに仕舞い込み…カードの入った手帳とスマホは弾倉と別のポケットに入れる。


「……」


最後に、なんとなく、鏡に映った19歳の自分を凝視して、見下すように笑って見せると部屋を後にした。



「お待たせ」


車庫の中の緑色の車に乗るなり、そういってエンジンをかけた。

少しセルが重く回り…エンジンがかかるとベッベッベ…という何とも言えない音が聞こえてくる。


「これはレナの趣味?」


レンの言葉に首を横に振り、慣れた手つきで外に出し、車は流れに乗った。

変なアイドリング音を鳴らしていたエンジンは、ちょっと独特な音になった。


「さっきの芹沢さんが用意してくれた。色々手が入ってるけど、大きさも手ごろだし、形も私の好みだったから良かったの…壊れないしね」

「ま、レコードキーパーだから目立たないんだろうな、こんなの乗ってても」

「そういうこと。調べたら昔の車らしいよ。名前は……」

「RX7」

「そう、そんなの。サバンナ?とかいうやつ。レンって車好き?」

「……ああ、なんか昔っから好きなんだよね」

「ふーん…」


私は適当なコンビニの駐車場に車を止めた。

ポケットから取り出したスマホを、送風口につけたスマホのホルダーに差し込む。


「さて…仕事開始。…の前にコンビニで何か買う?ここから暫く動きっぱなしだから…」

「…ならコーヒーとなんか適当につまめるモン買ってくるか…そっちは何かいる?」

「甘いコーヒー。あとはキシリトールのガムで」

「あいよ」


そう言ってレンが車から降りてコンビニに入っていく。

今のうちに、私はスマホを取り出して、部長に電話をかけた。


「部長ですか?」


オーディオの音量を落として、電話越しに話しかける。


「ううん。リンだよ。部長は横でパラレルキーパーの人と話し合ってる」


すると、部長の電話に出たのはリンだった。

私達の情報収集担当。

彼女の快活な声が耳に聞こえてくる。


「芹沢さんじゃなくて?」

「うん。彼らは何人かで来てるのよ。それで…レナ。丁度良かったね。たった今わかったよ。時間跳躍機とかいう機械の見た目」

「ありがと…そして流石」

「うん。メールで画像も送ってるから、お願いね…その機械は…木島が持ってるみたい」

「……それで、彼の場所については?」

「彼は相変わらずレコードに現れないけど、紛れ込んだ可能性世界の人達のレコードが徐々にこっちに映るようになったんだ。最後に木島が現れたのは、駅前通りの車屋さん!」

「駅前の…ああ、あそこ…そこも可能性世界のだったの…言われてみれば前からなかったっけ」

「そう!気づかないうちに侵食されてるから、ちょっとヤバい領域まで来てるよ…もうスクランブル宣言は降りてる。きっと向こうの住人もアタシ達の正体に気づけば黙ってない!」

「了解……すぐに向かう…何かわかったらレンに繋いで…私は運転役」

「ラジャー!」


徐々に怪しくなっていく雲行きを見上げながら、電話をしていた私は、通話が切れたことを確認してスマホをポケットに入れる。


丁度、コンビニに行っていたレンが戻ってきた。


「よう。動くのか?」


彼が助手席に座り、ドアを締め切るかどうかといったタイミングで車を動かす。


「…っと。せめて安全運転にしてくれよ?…ほら、コーヒー…甘いやつ」

「大丈夫…ありがとう」


車の時計は3時半過ぎを指していた。

私は、彼からコーヒーを受け取ると、送風口に付けた缶ホルダーにコーヒーを置く。

幹線道路の流れに乗って、一般車を縫うように進んでいった。


「レン。駅前通りの車屋、あれ何時からあった?」

「え?……ああー、蕎麦屋の横の?……そりゃ、ずっと前…から…だよな?いや…違う?」

「そこ、可能性世界から来たの人達のお店らしいよ。私もが思い出せる限り…小学生の頃にはなかった気がする」


私は前をじっと見ながらアクセルを踏んだ。

レンは少しも動じずに、横でパンを齧ってる。


「その車屋に木島の痕跡があった。転移装置も彼が持ってる」

「…で、今から切り込むわけだ。そっからどうするんだ?」

「手段は問わない。彼がどこへ行ったのか吐かせましょう」


 

街はずれから、市内だから…飛ばし気味に走って15分。

ようやく目的地の車屋が見えた。

オートサービス野神…そう書かれた看板を見ながら、私は敷地の中に車を入れる。


エンジンを切って、車から降りると、車を整備していた小さな車庫から1人の男が出てきた。


「すいません。車の調子が悪くて止まりそうで…それで、車屋さんが見えたもので」


人相が少し悪い男に、レンは愛想よく言った。

私も、どうやって進めようか迷って居たところだから、彼に乗って、頷く。


「…ふん、昔の7ね。エンジンは調子よさそうだったじゃない…しかしお姉ちゃん、見かけによらないね。いい趣味してるよ」


男は昔懐かしのスポーツカーとあってか、少し機嫌よさげに答える。

きっと、彼も向こうの世界ではこういった車に乗っていた時期もあるのだろうと思った。


「…ギアが入らなくって…3速から上が…」


私は何とか誤魔化せそうな嘘を繕って言った。


「3速から?どうしたのさ、ギアチェンミスったのかい?」

「はい…さっき、ギアを落とした時…ガリってすごい音がして…そこから4と5もガラガラと…」

「あららら…そりゃ…もうダメかな…ま、1と2はあるんだろ?…とりあえず中に…」


そう言って男は私達に背を向ける。

私は彼に目を合わせると、彼は車に目をやって、助手席に乗り込んだ。

私も、上着のボタンを外すと、運転席に座り込む。


「荒事起こすなら車庫の中…だろうからな」

「……そういうことね」


私はエンジンをかけて、ギアを1速に入れると、男が手招きしているところに車を入れた。


「オッケー…で…まぁ、出来ることは…の前に、ちょっと待ってな」


男は私達のことを疑うこともなく、車庫の一番奥へ行った。

私にとっては、これ以上にないタイミング。


背を向けた彼の後ろで、ホルスターから拳銃を取り出すと…銃口に消音器を取り付けた。

その後で、ハーネスに付けたホルスターをグリップの下にホルスターをくっつける。

随分と大柄になってしまうが…小柄な私にとってはこっちの方が扱いやすい。


カツカツと、ブーツの足音を鳴らして男に近づいていく。

男は、作業台の上に置かれた、辞書のような本に目を落としていて…よく見ると、少しだけ震えていた。


私はそれが何を意味するかも分からずに…撃鉄を起こして男の首元に突き付ける。


「…すいません…私の車は快調なもので」

「……やられた。か…パラレルキーパーだったとはな…」

「いえ。レコードキーパーです。私達は…だから、貴方達をどうこうできはしないのですよ」


私は、両手をゆっくりと挙げた男に向かって言う。

普段と変わらぬ声色で。普段と変わらぬ口調で…続けた。

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