2.違和感と仕事の狭間 -3-

「さて……帰るわけだが、電車に乗る覚悟はできてるか?」

「……覚悟はできてる」


店から出た私達は、空港の駅に戻るために、到着ロビーの方へと歩いていた。


「昨日見た一覧からするともっといてもよかったんだがな」

「ま、リンとの仕事が詰まると判断したのかな……」


3階から2階へ降りて、1階へのエスカレーターに足をのせる。

先に乗った私は、後ろを振り返ってレンを見上げた。


「このまま仕事が終わればいいけどね」

「ああ、面倒事にはならないでほしいな、俺なんかまだ初日だぞ」

「レコードキーパーなんてそんなものだよ」

「そうなのか?」

「ええ、私だって最初は……」


エスカレーターの降り際。

そんなことを言いながら1階に降り立つなり、強烈な違和感に襲われた。

レンも同じような感覚に見舞われたらしく、顔を顰める。


「レン、レコード開いて……」


私は広い到着ロビーを見回して違和感の主人を探した。

レコードキーパーならわかってくれるこの感覚。

違反者が出たとわかってしまうこの奇妙で気味の悪い感覚。


「レコードにも反応はないのは変だけど……」

「何もないぞ」


レコードを見たレンが言った。

その横で周囲の何百といる人を見回す。


「どこから……」


私はそう言って見回すと、遠くのからでもひときわ目立つ格好の男が到着ロビーから出てくる。


「あれ……だ」

「ん?……みたいだな」


大きなキャリーケースを片手で引いてロビーに現れた男。

まるでバブル期の、夜のディスコにでもいそうな服装で、肌はチャーリー以上に浅黒く、長身細身で黒いサングラスに天然パーマの髪……

目立つなというほうが無理のある男がいた。


周囲の人々も、彼を1度、2度ほど見てしまうほどの存在感。

違和感の正体はその男だが、レコードには何も反応しない。


「やるか?」

「いや、何も反応がない以上……手出しは出来ない……」


私とレンが呆然と、その姿を見ていると、男はロビーで同じ様なガタイの別の男(普通のスーツ姿だ)と合流して、人ごみに消えていった。


「芸能人?」

「いや違う、この感覚だと、かなりのコトをしでかした違反者なはずなのだけれど……」

「……レコードの故障?」

「まさか、今まで1度っきりも不具合を出したことはないよ」

「ま、まぁ、まずは帰るか」

「そうだね」


そう言って駅の方に足を向けると、ポケットに入ったスマホが震えた。

取り出してみると、部長からの電話だった。


「あ、ちょっと待ってて」

「ああ」


レンに一言言ってから、人の少ないところまで小走りで移動して、電話に出る。


「はい」

「もしもし~、そろそろレナ達は終わったころなんじゃない?」


電話に出ると、仕事中とは思えいくらいほんわかした声の部長の声が聞こえる。


「ええ、今空港にいます。処置も終わって、今から帰ろうとしてるところです」

「そう~、予想通りね」

「私達だけ処置数が少ないのはそっちを手伝えってことですか?」

「うん、最初はそうだったんだけどね……」


私が気になったことを尋ねると、部長の声がだんだんと仕事中のそれに変わっていく。


「後で話すわ……まずはレンを連れてB駐車場まで来て頂戴、話はレナの家でするわ」

「私の家……もうあの人来てるんですか」

「ええ、それじゃ、後で」


部長はそう言って電話を切った。

私は肩を竦めてスマホをポケットに入れると、レンのところに戻る。


「部長から、今空港の駐車場にいるの……だって」

「メリーさんか何かかって……駐車場?」


私はレンの横を歩きながら続ける。


「あの声は20代くらいに年齢弄ってる」

「そうか、年齢変えられるのか……」

「ま、あの人の実年齢はもうとっくに免許も持てる年だし、車も持ってるし」

「だろうな……」

「年をちょくちょく弄るのは推奨されない……この前変えたばかりなのに変えてるということは……面倒事の合図みたいなもの……」


 ・

 ・


少し遠回りになったが、空港を出て、駐車場に出た。

部長の車は、赤いスポーツカーで目立つ。

本人もぶつけたくないしぶつけられたくもないといって、普段から遠くに止める癖があるから、私は何の迷いもなく、空港から遠くのほうに歩いて行った。


「ああ、あれだ、部長の車」


遠くに止める物好きはそういないから、すぐに見つかった。

運転席側には、車によりかかったスーツ姿の部長が、私達を見つけて手を振っている。

昨日までの、高校生の格好ではなく、社長の秘書ですって感じの格好をしていて、雰囲気も見た目も少し大人っぽくなっていた。


「Zに乗ってるんだ」

「Z?ああ、そんな名前だっけあれ」


私は車のことはサッパリだが、レンはそこそこ興味ありみたいで、少し目の色が変わっている。


「お疲れ様です」

「お疲れ」


レンがそういうと、完璧に仕事モードな部長はキリッとした口調で言った。

私は部長に会釈すると、さっさと助手席側のドアを開けて、助手席を倒し、部長の後ろの席に座る。


「後ろって酔わないか?俺が後ろでいいから、助手席で……」


レン助手席を戻した私を少し不安そうな顔で見て言った。


「あー、大丈夫よレン君、私の運転ならそこまで酔わないから」

「……ならいいですけど」


部長にそう言われると、レンは納得しきらないまでも、しょうがないといった表情で助手席に座る。


「ああ、窓は開けてね、そうすれば酔わないから」

「わかりました」


そう言ってレンは窓を開ける。

部長は慣れた手つきでエンジンキーを回した。


「じゃ、行きますか」



部長の車に揺られること20分ほど。

自宅前につくと、家の前には1台の車が止まっていた。

ドイツ製のカエル目をした銀色のスポーツカーだ。


部長はそれの後ろに車を止めた。


「911……レコードキーパーって皆儲かるのか?」


車から降りるなり、銀色の車に目を向けたレンが言った。


「水準レベルの問題、この人たちはちょっと異常だけど」


私はそう言って門を開ける。

先の玄関のドアまで、鍵は開いていた。


「閉め忘れか?」

「いいや」

「呼んだ人はもう中に入ってるんでしょ」


背後で部長が部長が言った。


「……その人、女?」

「いーや、男」


私はそう言って小さくため息をついて中に入り、コートかけにコートをかける。

居間に入ると、ソファには30代中盤くらいの、スーツ姿の男が座っていた。

テレビが付いていて、音量は低めながら、公共のニュース番組が流れている。


「どうも、芹沢さん」


私は声を少し低めて言う。

勝手に入るなよという意味を込めて。


ただ、彼が現れたということは、事態はそこそこ切迫しているということだ。


「芹沢さんが来るだなんて、そんなに危ない状態なんですかね?」

「ああ、コトには言ったが…そこそこなんてもんじゃない。大失敗だ」


芹沢さんは普段の口調を崩さずに、サラリととんでもないことを言い出した。

ちなみにコトとは部長のことだ。本名の下の名だとか…苗字は知らない。


「芹沢さんでも失敗するんですね」

「俺だって人だぜ?ま、それはいいとして…レナの横にいる彼が件の新人か?」

「ええ、名前は…」

「宮本簾です。まだレコードキーパーになって1日目なんですが…」


私が横をチラッと見ると、レンははっきりした口調で自己紹介して見せた。

今の彼の様子はいかにもしっかり者…といった感じの、好青年だ。

口調こそ少し控えめだが、彼の眼には緊張というものはなさそうだった。


「どうも…俺は芹沢だ。芹沢俊哲。パラレルキーパーってのをやってる。君の部署違いの同僚ってやつだと思ってくれ。コトとは昔っからの付き合いだ」


芹沢さんは、調子を変えずに言うと、私達を向かい側に座るように促した。


「さて…レナ。今の状況だが、厄介だぜ」

「…3日以内にこの世界が狭間に落ちるくらいに?」

「ああ、当たってる。この世界。可能性世界の奴らに乗っ取られる一歩手前だ。冗談でもそんなこと言えるなら、今回の仕事もレナに任せてみていいかもな」

「ヒュー……」


私がおどけて言ったセリフを大真面目に返された。

部長は少し申し訳なさげな様子で苦笑いする。


「ごめんね。私も動ければいいのだけれど、彼らの相手で手一杯で」

「いえ。大丈夫ですよ。慣れてますし、なによりレンもいることですし」


私は部長の心配を軽く笑って受け入れる。

確かに、きっとこれから芹沢さんに言われるお願いは…"普通のレコードキーパー"にとってはキツイ仕事だろうが…私はもう慣れた。


「芹沢さん、今回はどこの誰なの?」

「流石、話が早いな…今回の相手はこいつさ」


そう言って、芹沢さんはスーツのポケットから1枚の写真を取り出した。


私とレンは顔を寄せ合ってその写真に目を落とす。

そして、同じタイミングで目を合わせた。


写真の彼は、それこそついさっき空港で見た男だった。

チャーリー以上に浅黒い肌で、特徴的な顔は黒人の血が流れてそうな男。

大柄で、黒人ラッパーのようにも見える。


「奴は木島正臣。可能性世界の住民だ。それが今回、3軸に乗り込んできた。奴と奴が持ってる時空跳躍機を何とかすれば、あとは俺らが解決できるんだ」

「この男。さっき空港にいたけど…手掛かりはあるの?あと、時空跳躍機とやらの見た目も」


私は写真をレンに渡して言った。


「空港に居たのね……私がいながら」

「コト、気を病むことはないぜ。こいつのこともさっき知ったんだ…で、レナ質問の答えだが……」

「……情報は私達で調べろってパターンですか?それとも部長かリンに聞けばわかる?」

「そうね…これからリンと合流して情報収集にあたる。30分したらどっちかの携帯にかけて頂戴」

「了解です」


私は小さく頷く。

芹沢さんはそれを聞くと、ゆっくりと立ち上がった。


「事態は切迫してるし、正直余裕なんて言ってられっこない状態だが…」


そう言って芹沢さんは大きな手で私の頭にポンと手を乗せた。


「お前らが居るんなら、何も心配してないさ」

「…了解」

「ただ、気を付けろよ?奴はもう5つの可能性世界を破壊してる…競合する世界をことごとく潰してきてる…それなりに頭も切れるだろうよ。見かけによらずな…こういうやつは向こうの世界の運命ってのを連れてきてる。忘れるなよ」

「……それは怖い…でも、きっと大丈夫」

「頼もしい限りだな。じゃ、頼んだぜ」

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