2.違和感と仕事の狭間 -2-

「よーし、これが何本に見える?」

「3本」

「2本だ」


電車に20分ほど揺られて降り立った空港の床の上。

この地域では一番大きな空港の地下に設けられた駅のホームに私達はいた。


休日の空港には多くの人が訪れるからか、私の周囲を人々がまるで私がいないかのような顔をして通り過ぎていく。


「酔ってるな、大丈夫か?」

「ごめん、手かして」

「わかったよ、どこまで行けばいい?」

「2階……まずはそこに2人いる」


私はフラフラになりながらそう言うと、レンは私に肩に寄りかかられたまま歩き出した。

エスカレーターを2回乗り継ぎ、空港2階の土産物を扱う店が並ぶフロアに辿り着く。


「顔でも洗ってきたらどうだ?」

「大丈夫……それより処置してしまおう……」


私はレンの肩にしがみついたまま、ある店の方を指さす。


「あそこの白鳥製菓……そこで働く若い女性が対象……」

「名前は?」

「生島……その苗字は1人しかいないから胸のネームプレートで判断して」


私はそういうなり、腕をだらんと下げ、レンの方に顔を向ける。

レンは少し目を見開いて私に目を合わせた後、少し周囲を見回すと、また私に目を合わせた。


「そこのベンチに座ってろ、水でも買ってきてやるから」

「そうする……ありがと」


私がレンから離れようとする前に、レンは私をヒョイと抱え上げて近場のベンチに座らせた。

私は目を点にしてレンにしがみつき、見上げてるしかなかった。


「え?どうして……」

「鏡でも見るんだな、どうせ周囲からは奇異な目で見られないだろ」

「そんなに酷いかな」

「死人だ」


レンはそういうと、私の目線に合わせてしゃがみ込む。


「酔い止めもな買ってくるか……というか持ってないのか?」

「薬は効かない体質……」

「あんなの所詮気の持ちようさ、適当なの買ってきてやるから効く!とでも念じて飲むようにしろよ」


私は何も言わずにコクリと頷くと、レンはポンと私の頭を叩いて立ち上がり、白鳥製菓の方に歩いて行った。


ボーっと見つめていると、レンはすぐに対象を見つけて呼び寄せ、対象を連れて私の視界から外れる。

15秒ほどでレンが店から出てきて、対象は何事もなかったかのように元の仕事に戻っていた。


案外、最初にやるときは躊躇したりして時間がかかるものなのだけれど、レンはそうでもない。

まるで昔からやってきたようにスムーズで仕事が早かった。


私はそのままレンの動きを眺めていると、レンは奥の方にあるコンビニに入っていき、しばらくすると袋を持って出てきて、一直線に私の方に歩いてきた。


「処置はできてる、ほら、水と薬」


私の横に座るなり、レンはそういって袋から水と錠剤を渡してきた。

私は大人しく受け取ると、さっさと薬を飲んで、水で流し込む。


「ありがと……」

「で、他に対象は?2階にはいないのか?」

「一番奥の郷土品を扱うお店に一人……馬場という名前の高齢男性……」

「わかった、ちゃちゃっとやってくる……」


レンはそう言って頷くと、ベンチから立ち上がり、人ごみの中に消えていった。




「おかえり」

「ただいま?」


レンは3分ほどで戻ってきた。

酔いが大分醒め、体が楽になった私はベンチから立ち上がって、レンの右隣に並ぶ。


「次へ行こう」

「ああ、あと3人か?」

「そう……」


私達は上に上がるエスカレーターに乗って3階に上がる。


「もう昼か……」


上がった先に並ぶ、飲食店を見てレンが言った。

お昼時を少し過ぎていたが、どの店も人で賑わっている。

どこも少し待ちそうだ。


「3人はこのフロアの店にいる……レン、お昼は何が食べたい?」

「ん?」

「正確には、トンカツか、寿司か、ラーメンか」

「寿司だな」


私の問いにレンはほんの少し目を輝かせて言った。


「……なら私はラーメン屋の主人を処置するから、レンはトンカツ屋のホールの人間をやって……」

「わかった」

「名前は速水、見た目は私達と同年代……学生ね」

「どこで待ち合わせる?」

「そこの、高そうなお寿司屋さんの前」


私はほぼ目の前の寿司屋を指さした。


「じゃぁ、また後で」


私は、レンが頷いたのを見ると、スタスタと処置対象のいる店に向かう。

いくつか並ぶラーメン屋でも、特に待っている客が多い店。

私は並ぶ人を無視して中に入っていく。


それでも、私を気にかけるものは一人もいない。

そして、スタスタと店内を進み、厨房に入る。

そこでようやく、何人かが私を一瞬見る程度。


「そこの人……」


私は麺の水切りをしている小太りの男に声をかける。

男は怪訝な顔をしてこちらを向いたが、すぐに手帳が視界に入り、男は先ほどの須藤のような顔になった。


一瞬だけ死んだような、この世から切り離されたかのような目……

私はそんな男の首筋に注射器を突き立て、銀色の液体を注入し終えると、さっさと厨房を出る。


「ごめんなさい。もう大丈夫」


いくらレコードキーパーとはいえ、存在感が道端の砂粒とはいえ、あまりにも不自然な場所にいると注目されるかもしれない。


私はゆっくりと歩いて寿司屋の前に行くと、ちょうどレンが向こう側から歩いてきた。


「丁度いい」


1時半過ぎ、丁度人が少なくなる時間帯だったからか、並ばなくても済みそうだ。

私はレンに手招きして、さっさと店の中に入っていく。


「2人」

「はい、こちらへどうぞ」


入り口にいるのに、私達には目もくれなかった店員にそう告げて席まで案内してもらう。

店員は私達を奥まったところの2人席に通し、お茶を置くと、一礼して去っていった。


「お疲れさま」

「ああ、お疲れ」

「普段の処置を何度も何度もやってる感じ……そこまで苦じゃないけど、これからどうなることやら」

「これで終わりじゃないって思ってるのか?」

「ええ、2週間で1000人ちょっとの違反者がいて、この世にいないはずの人間がわんさかいるんじゃ……」


私は少しげんなりした表情で言う。


「ま、私達に振り当てられた対象はこれで終わりだし……ひとまずは休憩しましょう」


私はメニュー表をテーブルの上に開いて、お茶を一口飲みながら、眺める。


「決まった?」

「ああ、すいませーん」


そういってレンが近場に来ていた店員さんを呼ぶ。


「季節物の盛り合わせ8貫セットにしようかな、レンは?」

「同じやつの12貫で」

「少々お待ちください……」


注文を終えると、淡白な態度の店員は去っていく。


「少なくないの?レンなら16か20でもいいのに」

「いや、懐事情がな」

「そんな、気にしなくていいのに」

「いやいやいや、流石に高いぞここ」

「レン、さっき私がカフェで支払いしてたの見なかった?」

「見てないが…カードでも使うのか?」


レンがそう言ったので、私は財布からクレジットカードみたいな物を取り出す。


「これ、限度無制限、1回あたり15万まで支払えるカード……普通、私達は現金で支払わず、このカードを使う」

「俺らが金融機関なんて使えるのか?」

「レコードキーパー専用のカードよ、これがあればとりあえず生活には困らない」


私はカードをレンに見せながら続ける。


「ま、無制限といっても、使いすぎれば罰は来るけど……」

「罰?」

「そう、水準レベルがあって、レベルごとにレコードから通知されて住むところとか、着るもの食べるものに制限がかかる」

「はぁ……」

「私は滅多に大金は使わないから、上から2番目のレベル……正直1人暮らしには贅沢すぎる……」

「俺は?今のレベルはなんなんだ?」

「丁度真ん中……まず不自由しない……レコードキーパーは少し生活費とか、備品にお金がかかるけどもね」


私はそう言ってカードを戻した。


「帰ったら支給品類を全部渡すよ」

「ああ……わかった」

「それまでは全部私が払うから、遠慮しないで食べてよ」


私はテーブルに右ひじをついて、頬杖しながら、左手でメニューをレンの方に流す。


「……いいのか?」

「この先に厄介ごとがあれば、しばらく飲まず食わずになるなんてこともあるからね、今のうちだよ」


何とも言えない、迷ったような顔をしたレンにそういうと、レンは元の表情に戻った。


「大事な時に空腹で倒れられても困るしね」

「なら……少し追加しよっかな」

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