1.彼女はレコードキーパー -Last-
私は部長について行って、自室で寝巻に着替えて、居間に戻った。
「レナ、ゲーム借りるぞ」
「いいよ、使って使って」
チャーリーがゲームを起動し、リンとカレンの3人でコントローラーを握りゲームを始めた。
私はあまりゲームをしないから、少し離れて、壁際に座って観戦側に回る。
レンも遠慮しているのか、私の左横に来て観戦側に回った。
「これ、飲むか?」
「ありがと」
レンがコップにお茶を持ってきてくれたので、私は素直にお礼を言う。
「なんかすげー違和感」
「そのうち慣れる」
「そうかい……」
「それと、今日はたぶん皆泊まってくだろうね」
「泊まり?」
レンは少し驚いた顔をしてこちらを見る。
「皆で適当に遊んで、12時くらいになったら修学旅行みたいに、部屋に布団並べて寝る」
「……俺もか?」
「冷たい言い方だけれど、もう帰っても反応されないだろうから……泊まってった方が精神的に楽」
「いや、そういうことでなくてだな、居てもいいのか?」
レンの妙に神妙な表情を見て、私はほんの少し頬を緩ませた。
「チャーリーも言ってたよ、今でも言うかな?……でもさ、何も事を起こす気はないでしょ?」
「当たり前だ!」
レンは顔を真っ赤にして、少し怒るように言った。
「ハハ…冗談だよ冗談」
「……」
「明日からは朝イチで仕事……明け方に一回帰って、荷物を置いて着替えてくるといい」
私はそういうと、コップに残ったお茶を飲みほした。
それからしばらく、会話もなく、ゲームしている面々を眺めていた。
「ねぇ、何か知りたいことはある?」
なんとなくレンに言った。
「もし俺がレコード違反を犯さなかったら……っていうのは見れるのか?」
「ええ、レコードに小文字で"code002"と書けば表示される……ついでに教えておくと、codeっていうのはは4つあって、普段は001が動いてる…レコード違反が発生したら教えてくれるの…」
私はそう言いながらレコードを引っ張ってきて、開いてレンに見せる。
「003はレコード違反者によってどれだけ社会に変化を与えたかを映す物……レンがレコード違反をした時も、これを使って影響を調べた……」
「そして004はキルコードともいわれてる……人類を強制的にレコード通りに動作させるコードね」
「は?」
「これを使えば人類に自我はなくなり、ただ寸分の狂いもなくレコード通りの動き、会話をするしかないロボットになる。普段は数秒単位で狂ってるんだけどね。この時だけはミリ秒単位も狂わないんだって」
「……」
「普段は数秒の狂いは許容してるらしいよ。個人個人でズレの許容量を設定できるらしいんだけど、レコード自体がズレの基準を持ってるの。個人で設定できるのは違和感を早めに察知できるとか、そういう理由ね」
「そうのか……」
「話がそれたけど、これを使うと人間はどこかで一斉にレコード違反を犯し、自我を失った人類は破滅の一途をたどることになるけれど」
「なんでそんなcodeが……」
「大丈夫よ、この世界で使えるのは数人だけだから」
私は驚いた顔をしたレンを見ると、クスッと笑った。
「ついでに言えば、この004を作ったのも部長だしね……さて、他に質問は?」
「……俺がいなくなった後の家族や友達のレコードってどうなるんだ?」
レンは少し憂いを帯びた声で言った。
「まぁ、小改変されるくらいかな……今後、未来にレンと関わるはずだった人の分もすべて……」
「それって俺がいたって記憶ごと改変されるのか?」
「いいや、レンの事は記憶に残ったままだけれど、今後ずっと、レコードを改変された彼らに何かが起こらない限り、思い出すことはないだろうね……」
「そう、か……そうだよな」
レンは特に様子を変えず言った。
「私は特殊な家庭の育ちだったから、親に忘れられることとか、そこらへんの問題はよくわからない……カレンなら、そういった悩みを知ってるから、何かあったら頼るといい……ぶっきらぼうだけど、面倒見は良いから」
「ああ、分かった」
「あの人、ああ見えて結婚してて、子供もいたんだって」
「……その、家族はどうなったんだ?」
「私もレンも生まれる前に、無理心中だって。仮にカレンが違反しなくても、その運命は変わらなかったみたい」
「……ま、後で話してみる…家族で心配なのはないけど……な」
レンはそう言って顔を少し上げると、私の方に顔を向けた。
「あと、さ…話しかえるけど…レナの右目、何があったんだ?さっき見えたんだ」
「ああ、これは……」
私は髪で隠した右目を手で覆う。
レンは私のしぐさを見ると、少し焦った顔になった。
「いや、気にしてることなら言わなくていい」
「いいよ。もう終わったことだし、レンは私達の仲間なんだから。隠し立てはしない」
「……」
「……親のせい。右手も握力がほとんどない」
「……すまん、変なこと聞いた」
「いいよ、今はレコードキーパーに慣れて、不自由はないし…」
私はそう言ってテーブルの上のお茶のペットボトルを取ってきて、コップに注いだ。
レンは気まずそうな表情で私を見る。
私はそんな彼のコップにお茶を注いだ。
「……仕事はもう4年やってるから、慣れてる。ただ、一人暮らしはまだ2年目なんだ」
「……?」
「暫く、先のことが決まるまで、レンはこの家に居ることになると思うけど」
「あー……俺が?居ていいのか?」
「間違いがあったところでどうせ私達はもう人じゃない。気まずくなんてならないからね」
私は少しだけ、口元をニヤリとさせて言った。
レンは顔を赤くして、誤魔化すようにコップに口をつける。
「偶に酷くうなされることがあるんだ。それだけは知っておいてよ」
そんなレンを見た私は、表情を元に戻してそういうと、クイっとお茶を飲みほした。
「ああ、そん時は何とかしてやるさ」
そう言ったレンもお茶を飲み干して、何とも言えない表情で私を見ると、その場でゴロンと横になる。
申し訳なさげに、右手で頭を抱える仕草。
首をフルフルと、小さく振った動作。
私はそんなレンに1瞬見とれた。
遠い記憶に、そんな仕草をしていた男の子がよぎる。
「……レンてさ、どこかで私と会ってたっけ?」
寝転がったレンを見下ろして言った。
レンは寝転がったまま顔を私に向けて、少し考えた仕草をすると、首を傾げる。
「さぁ、思い出せないな……」
「……私も。きっと他人の空似だろうね」
「ああ…」
レンはそう言って目をつぶった。
「寝る?」
「いいや、少し考え事……」
そういってから、その日のうちにレンは目を覚ますことなく、眠ってしまった。
私が何度か起こしても反応はなく、そのうちあきらめてゲーム組に合流し、コントローラーを握ることになった。
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