1.彼女はレコードキーパー -5-
「おい、レナ!おーい!」
意識を取り戻した私が目を覚ますと、レンの必至そうな顔が最初に視界に入ってきた。
どうやら、まだ中道商店の中みたいだ。
そして、私は今、レンの膝の上に頭を置かれている。
「あー、クラクラする」
うまく働かない頭をさすりながら、私は上体を起こす。
粉砕され、形が変わっていた頭蓋骨は、元通りになっていた。
「やっと起きたか、なかなか目を開けないから不死身なのは嘘かと思いはじめたところだったぞ」
レンは安堵の溜息をつきながら言った。
「寝不足だったから、少し時間かかったのね・・今は何時?」
「レナが殴られてから30分たったところだ」
「中道は?」
私がそう聞くと、レンは私の背後に視線を移す。
「スタンガンで気絶させて、注射器を打ったら……なんというか、憑き物がとれたみたいになってな」
レンの言葉を聞きながら、レンの視線の方に目を向けると、すっかり弱弱しい中年男性になった男が床に倒れていた。
「そう……それが正解……注射器を打たれた違反者はレコードが改変され、すっかり人が変わるの……」
私は頭をさすりながら立ち上がる。
私の鞄はレンが持ってくれていた。
「ごめん、俺が遅いばかりに……大丈夫か?」
「大丈夫……普段はすぐに目が覚めるんだけど、たまにこうなるんだよね。肩貸してくれる?」
「ああ……」
レンは私の左腕を彼の首に絡ませ、私を支えるような体制をとる。
私はそのままの体制でスマホを取り出し、部長に電話をかけた。
「レナ、遅いじゃない、どうしたのさ?」
「ちょっと頭を粉砕されましてね……」
「ありゃ~それは災難だったね~」
「まぁ、死ぬのは慣れました」
「……それで、あとどれくらいかかりそう?」
「今から帰ります…5分くらいです…私の家の鍵、持ってますよね?」
「……分かった、先にお邪魔してるよ~」
「では……」
電話を終えると、スマホをしまって、いつもより近いレンの顔を見上げる。
「じゃ、行こう……」
「タクシーとかの方が……」
そう言いかけたレンはハッとした顔をする。
「レコードキーパーは、レコードに縛られない、居ないもの扱いされている人間……他人のレコードを大幅に改変する行動はペナルティが課せられる……」
「だよな、タクシーの運ちゃんが違反者になっちまう……」
レンは納得した様子で頷くと、私を見た。
「歩けるか?」
レンの肩に寄りかかったままの私にレンは言った。
「歩ける」
私はそう言ってレン少し離れた。
「さて、こっからどれくらいかかる?」
「すぐ……5分もかからない」
横に並んだレンにそういうと、私はスタスタと歩き出した。
さっきの現場から歩いて5分ちょっとのところに私の家がある。
学校まで徒歩15分、駅までも10分、アクセス良好、日当たり良好な立地だ。
「あそこの家」
横に並ぶレンに、私は家を指をさして言う。
「一軒家か……結構儲かるのか?レコードキーパーって」
「私達は税金がかからない…何もお金は使ってないよ」
私はヒューっと口を鳴らしたレンをスルーして、家の門を開ける。
そして、玄関のドアにカギを差し込んで、普段通りにドアを開けた。
中からはすでに皆の声が聞こえている。
レンは恐る恐るといった様子で私についてきた。
「お邪魔します……」
私はレンに手招きし、コートかけに上着をひっかけると、居間のドアを開ける。
「あ、レナおかえり~」
真っ先にリンが気づき、声をかけてくる。
「すいません、遅くなって……」
私はそう言ってテーブルを囲んだメンバーに小さく頭を下げた。
「だから気を付けろっていったろう?」
「ハハ…そこまでの殺人狂だとは……」
チャーリーの呆れ顔での言葉に、私は少し苦笑いで返す。
そしてどことなく緊張気味のレンを一目見て、すぐに視線をテーブルに移す。
一人暮らしの身には無駄に広いテーブルの上に、コンビニの弁当類とお菓子類、お茶やコーラのペットボトル、あとはコップ類が乱雑に出されていた。
「ま、乾杯は取っといたからさ」
部長がそう言って私とレンの分のコップを渡してくる。
「どうも……あと、彼が一言あるっていうんで、乾杯はそれからで」
それを受け取った私は、レンにコップを渡してそう言った。
「え?」
私はポンとレンの肩をたたくと、カレンの横に座った。
「あー、っと……宮本簾です……何言えばいいんだ?あとは」
レンは名前を言ったあと、私に顔を向けた。
もっと、何か言わせることもできたし、メンバーは何か聞きたげだったが、今は空腹のほうが勝っているらしい。
「さぁ、名前くらいでいいんじゃない?とりあえず座りなよ」
それを見た私はそう言って私の横に空いたスペースに指さした。
「じゃ、ちゃちゃっと食べて仕事しますよ~」
部長の声とともにテーブルの上にある弁当類が配られていく。
私は近場にあったコップ2つにコーラを注いで、1つをレンのほうに渡した。
「はい」
「お、サンキュ」
「レナは鮭と筋子のセットでいいんだよな?」
「サンキュー」
カレンからおにぎりのセットを渡される。
「レンのは?」
「あー、カツ丼と親子丼、どっちがいい?」
「じゃぁ、カツ丼でお願いします」
「はいよ、あと敬語はいらないぞ、どうせ年なんて関係ないんだ」
カレンは手に持ったカツ丼をレンに手渡していった。
レンは曖昧な笑顔でそれを受け取る。
まだまだ緊張は取れないらしい。
「みんな~行き渡った?」
「ああ、大丈夫みたいだな」
部長の確認にカレンが返すと、部長は膝たちになりお茶が注がれたコップを手に持つ。
「よ~し、一先ずお疲れ!乾杯~」
「「「「「乾杯~」」」」」
そう言ったあとで、各自一口飲み物に口を付けた後、弁当に手を伸ばす。
2週間ちょっとだが、ほぼ休みなしで処置を裁き切った今は、何とも言えない解放感に包まれていた。
まぁ、リンの表情から察するにこれからが本番みたいだが……
「そういえばさ、アタシとチャーリーは初対面だよね?」
「そういやそうだったな」
私がチマチマと筋子のおにぎりを食べていると、横ではチャーリーとリンの二人がレンに話しかけていた。
「俺は笹西武弘、ま、レナみたくチャーリーと呼んでくれ」
「アタシは荒木凛奈、リンって呼んで」
それぞれが自己紹介した後、何かと色々レンに質問したりして会話を弾ませた。
チャーリーは浅黒い肌と、短く切りそろえた髪、顔たち、背の高さに、カッチリした体躯からハーフと間違われやすい人。
リンはアッシュブロンドという髪色にして、スタイルもいい。
リンは一歩間違えばチャラチャラした人に見えなくもないし、チャーリーも初対面だとそこそこ威圧感がある。
だけども、リンはメンバー内随一の情報屋だし、チャーリーは違反者処置に長けた現場派で二人ともチームにはなくてはならない存在だ。
おにぎりを食べ終え、コーラをチビチビと飲んでいると、部長がパン!と手を鳴らした。
それぞれが喋るのをやめて、浮ついていた空気が一気に引き締まる。
「さて、今回のコトについての情報整理とこれからの行動を話すわ……まずはリンからお願い」
いつもの柔らかな表情から、まるでキャリアウーマンのような顔つきになった部長が言った。
「はいはい~、まずは皆さんこの2週間お疲れ様でした……この2週間で処置した違反者数は1014人、私たちの地域で1年間に発生する違反者数は大体50人程度だから、大体20年とちょっと分といったところですね」
リンは普段の雰囲気を崩さずに、それでも真面目にレコードを見ながら話し始める。
「この2週間の違反者の特徴は……その中でレン君だけは例外として、皆重大犯罪を犯していることね」
「全員が最低2件の殺人を犯していて、起こした事件の7割が世間のニュースで報道された未解決事件……」
「そして3割は誰一人として気づくことのなかった事件になってる」
「ん?気づかなかった?遺族とかでの行方不明者の届け出はないんですか?」
リンの言葉にレンが反応した。
リンはその言葉に頷いて続ける。
「ええ、一切気づかれることはなかったよ……今回皆に意識してほしいのはこの3割の、世間にも、誰にも知られることのなかった事件のことね」
リンはそういうと、彼女のレコードに何かを書き出して、テーブルの上に置いた。
皆がリンのレコードに目を向ける。
見開きのページの左側の左半分に誰かの名前。
その横には”死亡”と赤文字で書かれており、さらにその横、ページの右側には”Nothing”と書かれている。
右のページには、左側に誰かの名前、右側に”Nothing”の文字が書かれていた。
「まず、3割の事件の被害者の名前の一覧がこの左のページの左側に書いてある」
「彼らは皆死んでるんだけど、注目するのはこの右側の”Nothing”っていう文字ね」
「……普通は”レコードを表示”とか出るもんだがな……」
カレンが腕を組み、つぶやくように言った。
「これはね、私も初めて見たんだけれど、レコードに問い合わせてみたら対象者のレコードはありませんってことなの」
リンがそういうと、メンバーの一部からは戸惑いの声が上がる。
リンはそれを受け流し、ページの右側を指さした。
「そして、右側……これはチャーリーとカレンは見覚えあるでしょ、処置した違反者の一部の名前なんだけれど、これも対象者のレコードはないことになってる」
「レコードの不具合か?」
チャーリーが言った。
リンは小さく首を振る。
「いいえ、試しにレコードの状態を3週間前……彼らが違反を犯す前に戻したらしっかりとレコードは表示された……」
「そして、彼ら一人一人の出生地、交友関係から洗っていくと、彼らが本来この世に存在しない人間だということがわかった……」
リンが淡々と事実を告げると、メンバーは目を見開いて驚いた表情をとる。
私も少し目を見開いた。
「あと、調査の過程でレコード違反は犯していなくても、この世界の人間ではない人達が浮かび上がってきた……」
「というわけで、皆には銀色の注射器で彼らを処置してきて欲しいの。ただ、部長には私の仕事を手伝ってほしいから、他の皆でね」
リンはそう言って鞄からA4サイズの用紙を取り出してテーブルに置く。
「これが対象者のリストと住所、職場のリスト」
「結構多いわね……」
リンが出した用紙を部長はじっと見て言う。
「とりあえず、明日から2日間、この用紙にある対象者を処置して回ってもらうことにする……カレンとチャーリー、レナとレンで組んで処置して回って頂戴、対象者の振り分けリストは後でメールするから」
そういうと部長はA4の用紙をテーブルから拾い上げる。
「今回のケースは異世界人が後出しで来るから対処し辛いけど、今のところは大きな問題は起きていないんでしょう?」
「うん、今のところは不穏な動きも見られない、ただ、こっちも2日間で他の地域のレコードキーパーへの情報提供とこの地域にいる異世界人を洗い出して危険因子がいないかを調べる必要があるからね」
「それで私が必要と」
「一人じゃ手が回らないからね」
リンはそういうと、レコードから文字を消して、レコードをしまう。
部長も少しの間A4の用紙を見つめていたが、2、3度頷くと元の柔らかい表情に戻った。
「じゃぁ、後は楽にしてて、2週間働きづめだったからね……今日はほんの休息時にしましょう。レナの部屋、ちょっと借りるね」
そういって立ち上がる。
皆は部長を見上げた。
「いい、レンもいるからもう一度確認だけれど、私達は普段気楽な生活を送っているけれどこういう時は……」
「迅速に事を終わらせなければ世界が滅びる……時空の狭間に飛ばされるのは御免だ」
部長の言葉にチャーリーが合わせると、各自が姿勢を崩して力を抜いた。
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