1.彼女はレコードキーパー -4-

「ようこそ、答えは決まったようね?」

「はい。今日からよろしくお願いします」


レンは軽く頭を下げると、私の座っていた椅子に腰かける。


「レコードは持ってきた?」

「はい……これ、ですよね?」


そういって彼は鞄の中から、私たちの持つレコードと同じ意匠の本を取り出す。


「じゃぁ、それの最後のページを開いてペン先でそのページを2回叩いて……」


部長は先ほどまでのほんわかした表情と口調を引き締め、言う。

レンは何も言わずに言われたとおりにレコードの最後のページをボールペンで叩いた。


「そしたら必要事項が浮かび上がってくるから、そこに自分の情報を記入していって……それであなたは晴れてレコードキーパーよ」


そういわれて、レンがレコードに自分の情報を書いている間、私はスマホを取り出して今この場にいない仲間に電話をかける。


「チャーリー?」

「ああ、レナか、どうした?」


相手は3コールもしないうちに電話に出た。


「こっちは終わった……今からそっちを手伝える」

「お、やっと男の仲間ができたか……なら研修がてら1件の処置を任せようかな」

「1件……少なくない?」

「いいや、十分さ、俺はあと5人回るが足代わりのバイクあるしな」

「そう……ならいい」

「で、相手だが、高校から1キロちょっとのところにある商店街だ、銀河通り商店街、そこにある中道商店とかいう寂れた店の店主をやってくれ」

「了解……処置は注射器ね」

「ああ、中々の外道だぜ、気をつけろよ……ああ、あと一つ部長に伝言頼む、リンが会議を開きたいそうだ」

「伝えとく」

「まぁ、あと少しで、ひとまず違反者狩りはひと段落するからな、情報共有と方針決めはしておいたほうがいいだろう」

「……分かった、じゃぁ、後で」

「ああ、後で」


電話を切ると、私はレンを見てからトレンチコートに袖を通し、鞄を肩にかけた。

もう必要なものは中に入っている。


「レン、行こう……最初の仕事。あと部長、リンからの伝言です……会議開いて欲しいとのことでした」

「わかったわ」


そういって私はスタスタとレンの横に立つ。


「会議は私の家でやりましょう……チャーリーがあと少しで終わると言っていたので……」

「そうね……会議の後は少し宴会でもしましょうか……さすがにこの2週間は疲れたわ…」


私はレンの肩をポンと叩く。

レンは少し驚いた顔をして立ち上がると、昨日の下校時みたく私の横に並んだ。


「さ、行こう……」

「ああ……行くか」


そういうと、部長に軽く手を振って部室を後にした。




それから10分後。

他愛のない会話をしながら夕暮れ時の道を並んで歩き、商店街に近い公園にたどり着くと、公園のベンチに座った。

中途半端に都会なこの町の商店街の入り口付近にある公園からは、寂れた、シャッターが並ぶ商店街の通りが見えた。


「レン、レコードを出して」


私はベンチに座るなり、そういった。

レンは背中に背負ったリュックからレコードを取り出す。


「中に”中道商店”、”銀河通り商店街”、”店主”と書いて」

「はいよ……」


レンがレコードを開くなり、間髪入れずに私は続けた。

横目でレンが言われたとおりのことを書いているのを目で追う。

書き終わると、レコードの1ページ目には、中道商店の店主である男の名前と年齢が浮かび上がってくる。


---中道雅夫・45歳---


私は名前が浮かび上がったのを確認すると、さらにこういった。


「そこに、”レコード表示”と書いて」


レンは無言で頷いて、言われたとおりにする。

すると、情報の細かさ指定をしていないため、無限ループするプログラムを実行したときのような勢いで、主人の情報が書き出されていく。

名前、性別、年齢、生年月日・・性癖・・・3歳と14日目の15時の記録・・・・・45歳と1か月20日目の・・・・・・・

情報でレコードの白紙部分が埋め尽くされていく。


「情報の細かさを指定しないと、今みたいに彼の情報すべてが出てくるからね、生まれてから、今までの行動すべてが」

「おおう……すごいなこれ……で、どうやって指定するんだ?」

「自分の言葉で書いて構わない、今は彼にレコードキーパーの資格があるかどうかを調べたいから、名前の後に”レコードキーパー・素質”くらいで書いておけばいい」


「……こうか?」


レンが私の言ったとおりにレコードに書き込むと、顔を顰めた。


「ヒュー……マジかよ」


レンはレコードに表示された情報を見て言った。

すでにチャーリーから外道だと聞いていた私は表情をピクリとも変えない。


「彼はレコードキーパーの素質なし、こういう人間の処置は注射器打ち込みになる」


私はそういってベンチから立ち上がった。

中道商店主人、中道雅夫にはレコードキーパーの資格はない。

1999年12月14日18時36分 帰宅途中の男性1人を殺害。

2001年1月12日22時39分 帰宅途中の男性1人を殺害。

 ・

 ・

 ・

2006年5月8日00時51分 タクシー運転手を殺害、売上金を奪う。

などと、98年~06年の間に9件の殺人を犯した重罪人だ。

今は継いだ商店の店主をやっているが、資金繰りが厳しいらしい。

そんな男にレコードキーパーが務まらないのは当然のことだ。


私はそれを見ると、すっとベンチから立ち上がる。

ついでに鞄を開け、さっき学校から持ってきたアタッシェケースを取り出す。


「初仕事をしに行きましょうか」

「俺はどうすりゃいい?」

「彼に注射器を打ち込んでもらう……これが基本的なレコードキーパーの処置……」


私はケースから虹色の注射器を取り出し、レンに渡す。


「おい、相手は頭の空っぽな奴だぞ?これだけでどうしろってんだ?」

「大丈夫。私達の存在は最早無に等しいから。本来ならば、穏健に済ます手段があるのだけれど、レンはまだレコードキーパーになりたてで、色々と支給されていないからね……」


私はそういいながら、トレンチコートの内ポケットからあるものを取り出した。


「適当に近づいて行って、これでビリッとさせてから注射器を打てばいい」




私はそう言って、レンに普段から持ち歩いているスタンガンを渡すと、ポケットに手を突っ込み、レンの眼を見上げた。


「私が最初に店に入って気を引くから、レンは適当にタイミングを見つけて入ってきて、処置して……」


そういって肩をたたく。


「じゃ、行くよ」




中道商店は、商店街の端っこの方にポツンとあった。

寂れた商店街の寂れた店だ。私は先に中に入ってレンを待つ。


「……」


私は無言で店内を歩く。

中道は私が来たというのに無反応。私達のような、レコードキーパーに対する普通の反応だ。

これが暴走中…もしくは暴走一歩手前の人間なら、か弱い女子高校生な私相手でも敵意を示す。


「……」


私は品ぞろえの悪いコンビニのような商店内の適当な本を手に取り、読むふりをする。

私はレンの仕事を見ているだけだから、特に何も行動はおこさない。


4分くらい、本に目を向けていただろうか、レンがなかなか入ってこないことを気にしていた頃。

ふと背後に気配を感じ、振り返った時には、中道が右手に錆びれた金属バットを持って、今まさに振りかぶる瞬間だった。


「え?」


私は中道の予想外の行動に驚き、その場に凍り付く。

耳には来店を告げるチャイムが鳴り響き、横眼にはかすかにレンの姿が見えたような気がした。


だが、レンの行動が遅かった。

私の頭に綺麗に落ちてきたバットは1発で頭蓋骨を砕き、次の瞬間には、私の視界は闇に落ちた。


闇に落ちる瞬間、顔を青ざめさたレンが、中道にスタンガンを突き立てるのを見届けて、私は幾度となく体験した死の感覚に溺れて言った。

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