1.彼女はレコードキーパー -3-

そしてまた次の日。

昨日と同じように、部室で過ごす昼休み。

昨日は一緒に帰っても、会話一つなく、さっき会ってからは挨拶をしたくらいで、何も話していない。


「なぁ、レナは俺と同い年なのか?それとも年上なのか?」


すでに弁当を食べ終え、部長の持ってきたファッション誌を眺めていると、レンが不意に言った。


「いや、部長さんとかカレンさんとか、明らかに同い年の雰囲気じゃないからな……レナはどうなのかと思って」


私が顔をレンに向けると、彼は少し言い訳がましく言った。


「私は同い年だよ、部長とカレンは……興味本位で聞いたら怖い目にあった」


私はそう言うと、見ていた雑誌を閉じる。


「そうか……」

「あと2人居るんだけど、その2人は26~8の間じゃなかったかな」


私はそういうと、持ってきたレコードを開く。

レンはその様子を目で追いかけてきた。


「丁度いいから、レコードキーパーの身分情報について教えておく」

「ああ、それも気になってたんだ」


私はレコードの最後のページを開き、ペン先でトントンと2回叩く。

すると、真っ白いページには今の私の個人情報がずらりと表示された。


「最後のページは各レコードキーパーの個人情報を書き込むようになってる……ここに名前を書いた時点でその人はレコードキーパーとして登録される」


私は左手でペンを回しながら言う。


「最初は今の自分のプロフィールで構わない。でも、仕事とか、場合によっては年齢を変えたりすることがある……私だって、車が必要な仕事なら、18歳に変えてる」

「……そうか、その…免許とか、戸籍はどうなるんだ?」

「必要な場面が出てこないけど…もし、何かの拍子に必要になれば、きっと市役所から出てくると思うよ」

「なんでもありかよ……」

「私達はご都合主義な存在だからね。税金も何もかかってない」


私はそういうと、パタン!とレコードを閉じる。

少し驚いた顔をしたレンをじっと見て言った。


「ついでにもう一つ教えておく……」


「この国では年間で3000人くらいがレコードから外れた行動を起こす…私達の管轄だと、30~50ってところ」

「案外少ないじゃないか」

「私達の仕事は、違反者に素質があると判定されればこちらに引き込む、なければ処置をおこなう……」

「俺への対処は引き込む方だって言ってたな」

「ええ、素質の判定はレコードが勝手にやるから、なんでレンが素質ありとされたかは分からない……」

「まったくだな、なんで俺が……」

「ただ、レコードキーパーになれば、この生き方も悪くはないと思えるようになる……」


私はレコードを机の上に置いてすっと立ち上がり、部室に備え付けてある個人ロッカーを開ける。

中から銀色のアタッシェケースを取り出して、机の上にそれを置き、また椅子に座った。


「これ、処置に使う道具なんだけれど……」

「また不思議ちゃんアイテムか……」


彼の冗談にクスリと小さく笑い、ケースを開ける。

中には2本の注射器が入っていた。

片方は虹色の液体で満たされ、もう片方には銀色の液体で満たされている。


「虹色の注射器が、レコード違反者で、素質のない者の処置に使われる……」


私は虹色の注射器を取り出して、レンの顔の前に持ち上げる。


「これを打たれた者のレコードは、周囲への影響を最小限にとどめたレコード改変が行われ、レコードを違反した代償として、残り寿命を5年~10年に縮められる」

「ああ、前に聞いたな、そんなこと」


レンがそういった後で、私は注射器に入った液体を机の上にすべて出し切った。


「え、おいおい……ん?」


机の上が虹色の液体で濡れたと思いきや、虹色の液体は机に当たるなり、全て揮発し、風に流され消えていく。


「こういう風に、人体に入らない限りは液体としての効果は発揮せず……」


私は注射器内に空気を入れるように押し棒を引く。

すると、どこからともなく虹色の液体が注射器内に入ってきた。


「何度も何度も使えるようになっている……」

「ほほー、常識はずれなものもあるもんだな」


私は努めて冷静を装うレンを見ると、注射器をケースにしまった。


「銀色の方は、使うときになったら説明するよ……滅多に使うものでもないし」


そういうと、今日もタイミングよく予鈴が鳴った。


「…どう?リミットまでもう半分を切ったけど」


私は、昨日のようにすぐに部室を出ずに、彼に言う。

どうせ、私が居なかったところで何の違和感もなく授業は進むのだから、午後は屋上でサボってようと思っていた。


「どうって言われてもな…もう半分は決めてるんだ」

「そう。それじゃあ、また放課後に」


そういうと、私はロッカーに装備類を仕舞って、椅子に座りなおす。

そんな私を見た彼が、部室の入り口あたりから、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「戻らないのか?」

「どうせこの後は体育2時間で終わり。肌はなるべく晒したくないし、サボろうかなって。そっちも同じはずだけど、行かなくていいの?」

「……ああ、その…俺も、もうそっち側の人間なんだよな?」

「ええ、半分だけ。もうきっとレンが居ようが居まいが関係なくなってる頃」


私は制服のポケットに手を入れて、ピッキングツールを取り出した。

彼は、外に出ていく様子もなく、何かを考えこんでいる。

席を立って、彼の方に歩いていき、チョンっと肩を突いた。


「私個人としては、もう多くの人がいる中にいて欲しくない。レンの様子だと、本当に、あと一日で何かが壊れそう……」

「ああー……こんな感覚は初めてだ。信じられないけど、言ってる通りかもな」

「なら……」


私は、取り出したツールを彼の前で見せた。


「屋上で日向ぼっこでもしてましょう?今日はまだ温かいから」




時は流れて夕方。

帰り道をレンと並んで歩いている。

正確には、私の家の方角ではないので、帰り道と言えるかは微妙だが。


「レン」

「何だ?」


駅まであと少しとなった時、私はレンを引き留めた。

顔を上げて、背の高い彼を見上げる。


「明日の放課後、部室に来なければ……」

「ああ、わかってる……もう決めてるよ」


私の問いに、レンは口元を緩めて言った。


「明日、レコードを持ってくるからさ」

「そう……その時は皆で歓迎するよ」


そういうと、私は前に向き直り、止めていた歩みを進める。


「それじゃ、また明日」

「ええ、また明日……」


レンは片手を上げて改札の方へと歩いていく。

私は、小さく手を振ってから、振り返った。


「レナにも相棒ができたか?彼、中々いい男じゃないか」

「わ!」


振り返ると、トレードマークの黒いキャスケットを被ったカレンが私の真後ろまで来ていた。


「いつからいたの……?」

「ちょっと前からさ、2人の後ろを歩いていたんだが…」


少し顔を赤くした私を茶化すように、カレンは言った。


「なんか安心したよ……じゃぁ、また明日」


ポンっと私の肩を叩いてカレンも改札を抜けていく。

私は何も言わずに、カレンが見えなくなるまでそこに立ち尽くし、カレンの姿が見えなくなってから、駅を後にした。




約束の3日目。

まだレンは来ていない。

理由はさっき会った時に聞いた。

掃除当番と日直が被ったのだとか。


私は普段通りの特筆することもない学校生活を終え、部室の定位置に突っ伏していた。

迎え側ではいつかと同じように、部長が私の頭にファッション雑誌を寄り掛からせている。

ご機嫌そうに雑誌を眺めてる部長だが、ファッション誌をこれだけ見てても髪形は出合ってから一貫して聖子ちゃんカットだし、セーラー服の着方も昭和感満点だ。

顔も、まぁ、昭和人だが……アイドルみたいなのに…勿体ない。


「勿体ない……」

「んー?何でかな?」

「いえ、なんでも」


ボソっと、本当に小声で言ったのに部長には届いていたらしい。

嫌な汗が背中に一滴流れ落ちる。


「部長も大変ですよね、未だに高校生だなんて」


私は雑誌を避けてゆっくりと起き上がって、誤魔化すように言った。

部長は眼が笑ってない、柔らかいスマイルを維持したまま私をじっと見つめている。


「個人的にはずっと若くいられてうれしいけどね、永遠の17歳よ17歳」

「私なら、高校卒業したらフリーターか大学生にでもなりますけどね」

「え?貴女も高校生でいてもらうつもりよ?」

「……冗談でしょう?」


まったくのまじめ顔でそう言われる。

私はほんの少し口元をひきつらせた。


「さて……冗談はこのくらいにして、彼……無事に引き込めたようね」

「ああ、レンのことですか……あと少しで来ると思います。掃除当番と日直が重なったから遅れるって、さっき会った時に言ってましたから」


私がそういうと、部長は呆気にとられたような顔になる。


「何か変なコト言いました?」

「いや、随分と仲良さそうじゃない……あのレナが……」

「普段からこんな感じですよね?」

「うう……私のことを呼んでくれるまで半年、プライベートで進んで話しかけてきてくれるまでは1年かかったのに……」

「ああー…あの時の私なら仕方がないと思いますよ」

「今でも変わってないのに……」

「いやいや、十分変わってます……ただ、レンはなんか、不思議と自然体でいられるんですよね」


私はそういって机の上に肘を置く。


「そう、やっぱり……」


ハッとした顔になった部長が何かを言おうとした途端、ドアのノックの音が遮った。


部長はすぐに顔をドアの方に向け、どうぞと声をかける。

私は席を立って、自分のロッカーの前に移動した。


この後レンがレコードキーパーになってから、すぐに仕事があるからそれの準備だ。

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