1.彼女はレコードキーパー -2-

「昨日以来」

「ああ、この学校にこんなところがあるなんてな、初めて知った」

「でしょうね」

「あと、さっきの人は?昭和からタイムスリップでもしてきたのか?」

「それ、あの人に面と向かって言わないでね……怖い思いはしたくないよ」


私はそういうと、レコードに手をのせる。


「私の未来予知、全て当たっていたでしょう?」

「ああ!認めたくはないがな、気持ち悪いくらいに当たってた」


それから彼は忌まわし気に、気味悪げに昨日から自分に起きていることを語り始めた。

正味5分ほど、事細かに話された私は、何も返さずに唯々頷いている。


曰く、昨日、帰宅した際にコンビニに寄ると、私の言ったとおりの事件が発生しており、彼の同級生も怪我を負って病院に運ばれたらしい。

その後、帰宅してみると、なぜか親兄弟が自分に対して妙によそよそしく接するようになり、頭を混乱させながら自室に戻ると、私達が持つレコードが机にあった。

そして、今日になると親兄弟はいよいよ自分が話しかけない限り自分を居ないもののように接するようになり、学校に来てからの友人の反応も概ね同じだったらしい。


それは、全てレコードキーパーになれる人が経験することだった。

予言だけは、私がやったから例外だが……周囲からの疎外感は、レコードキーパーが一番最初に感じる感覚だ。


レコードキーパーの素質を持ち、レコードを違反した者は、レコード通りに動く"一般人"……私達から見れば決まった通りにしか動かないロボットの社会から疎外される。


「それは、君が私達のような存在になれる証拠…君は友達が多そうだから…ショックを受けただろうけど」

「……そりゃ、まぁな。しっかし何だこの感覚は……そうそう。昨日、駅でな?アンタみたいな宙に浮いたような人にも話しかけられて、同じようなこと言われたよ」


彼がそういうと、部室の扉が開き、部長とカレンが入って来る。

カレンは昭和な見た目をした部長と違って、眼鏡をかけた長身細身のボーイッシュな女性。

ハミルカットと着こなしのせいで、少し古い人間に見えなくはないが…それでも似合っているせいで違和感はない。

少なくとも部長と同い年(年齢は知らないが)とは思えない。


「宙に浮いた人間とは良い例えをしたもんだ。ジョークセンスはあるみたいだな」

「カレンの場合は普通にしててもそう見えるしね~」


カレンがボソっというと、部長は少し噴き出した。

カレンは小さく部長を突く。


「会ったのはこの人?」

「あ、ああ……で?いったい俺が何したってんだ?説明があるからここに呼んだんだろ?」


彼は少し気まずそうに言うと、カレンは彼に気にしなくていいと言って窓際に寄り掛かる。

部長は私の横の椅子に座り、こう切り出した。


「君は世界の流れを阻害した重罪人ってことさ」


部長は私のレコードを持って言う。


「これ、アカシックレコード。普通にレコードって呼んでるんだけど、これにはこの世のすべてが記録されているんだ」


「例えば、昨日の君の行動を知りたいなら、これに君の名前と昨日の日付……4月20と書き込む」


部長が私のレコードに書き込むと、昨日と同じように彼の行動記録が分単位で表示された。

無機質な黒い文字は、彼の行動を赤裸々に映し出す。

彼は気味悪げに表情をゆがめてレコードに表示された自分の行動を見つめていた。


「ある時間から文字が赤くなっていることに気づいたでしょう?これ以降はあなたがレコード違反をした後の行動で、本来のあなたの行動なの」

「なんだよ、これ……」


彼は、その本来取るべきだった行動を見て言った。


私が言った通り、彼がレコード違反をしたおかげで、中学の同級生に再会し、コンビニに行くといった出来事がなくなっていた。

その代わり、黒文字で、私が予言した、コンビニに強盗が押し入り15万円が奪われ、店員と同級生が軽傷を負って病院送りになるといった事柄が書き込まれている。


「貴方はそこまで罪深いことはしていない」

「私みたく人が死んでいないから……」


部長と私は彼の行動ログを見てつぶやくように言う。


「は?人が死んだ?」

「ええ、レコード違反の内容によっては、死ななくてもいい人が死んで、大多数の人間のレコードが改変されてしまう……この子……レナの場合は死ぬはずではない人間が2人も死んだ」


「……話がそれたね、レナの話はあとで君から聞いてもらうとして……」


「レコードを変えてしまった張本人……レコード違反の者の中で、素質があると判断された者はレコードキーパーになることができる」


「レコードキーパーの仕事は、今の貴方にしているようにレコード違反してしまった者への対処……それだけよ」


「貴方は素質があると判断されたから、私達は貴方を仲間に引き入れるような処置を行ってる最中ってわけ」

「もし断ると言ったら?」

「その時は、仕方がないけれど、ちょっとした注射を打って、貴方のレコードを強制改変させて”処置”する」

「それでいいんじゃないんですか?」

「ただし、そういった”処置”をされた人間は、レコード違反の罪の重さによって寿命が5~10年になってしまうけれどもいいのかしら?」


部長の言葉に、彼は言葉を失った。


「まぁ、レコードキーパーになった場合は今の身分を捨て、自分で新たな身分を設定しなおして生きていかなければならないし、死ぬこともできない体になってしまうけれど……どっちがいいのかしらね?」


彼は半信半疑というか、どこか信じ切れていないような表情をしている。

彼も彼で、部長と面と向かってそこまで自然体でいられるのは中々すごいと思う。

普通の人は部長の気迫というか、物知れぬ圧力にに負けてしまうから……

 

「……やっぱり半信半疑のようね」

「最初は仕方がないんじゃないでしょうか。だって不老不死ですよ?」


彼の様子を見て、部長と私は一瞬目を合わせる。

彼は彼で、次に出てくる言葉を待っているのか、特に何をするわけでもなくこちらを見ていた。


ちょっとの間の、何とも言えない間の後で部長は動き出す。

いつの間にか右手に握られていたナイフを躊躇なく私の首元に突き刺した。


「な!」

「おいおい……」


私の視界には驚きを通り越して顔面蒼白になった彼の顔。

私の耳には彼の悲鳴とカレンの呆れ声が聞こえた。

その直後、カッターナイフが抜かれ、首元からは凄まじい量の血が噴き出し、私の瞳から光が消えて意識を失った。


「レコードキーパーは死なないし、死ねない……これで信じてもらえたかしら?」


机に突っ伏した私は頭上から聞こえる部長の声で覚醒する。

あれだけ吹き出た血はすべて私の体内に逆戻りし、血で汚れた私と、部長のセーラー服は綺麗に元通りになっていた。

ムクりと起き上がった私は首を2,3度傾げてから彼を見る。

彼は何とも言えない表情をして私を見つめ、半開きになった口は何も声を発していなかった。


「何もいきなり目の前で人を殺して見せるやつがあるか……暫くはやることがなくなったんだしレナを見張りにつけて彼に将来を決めさせてやればよかっただろう……」


頭上で、いつの間にか私と部長の背後に立っていたカレンが呆れ顔で言った。

部長は気にする様子もなく、カレンの方に顔を向けて見せると、カレンは部長の額にこぶしを落とす。


「素質ありの人間に触れるのが久しぶりと言ってもな、遊びすぎだ」


カレンはそういうと、彼の方に目を向ける。


「すまないね、いきなり……ただ、今見せたのがレコードキーパーの性質の1つさ、私達は死にたくても死ねないし死なない……」


カレンは部長の頭を右手で抑え込み、左手で私の肩を抑えて、すまし顔で続ける。


「君にはレコードキーパーになる素質があるんだ……3日だ。3日間、レナを君の見張りにつけるから、3日後にこの先君がどうしたいか決めてくれ。永遠に生きるか、5年かそこらでの死を選ぶのかをね……」




カレンがあの場を締めた次の日の昼休み。

私は彼のアドレスを調べてから彼にメールを送り、部室に呼び出した。

昨日と同じ机に向かい合って座り、何も話さずに弁当を食べる。

彼はすぐに弁当を食べ終えてしまい、手持無沙汰に足を組んで座っていた。


それから5分ほどして、私が食べ終わるころになると、彼が話しかけてきた。


「なぁ……俺のアドレスを知ってることは聞かないでおくが……ぶっちゃけ監視されてる気がしないんだが、あんたちゃんと仕事してるのか?」


私は左目を彼に向けて首を傾げる。


「いや、監視されてる気はしないほうがいいんだが、あまりに何もなくてさ」

「特に何もしない……貴方が妙な動きを取ればレコードが知らせてくれるから」


私はそういって水筒のお茶に手を伸ばす。

力の入らない右手で蓋を開けると、一口飲んだ。


「何もしねーよ」

「そうとも限らない」


彼はそういったが、私はほんの少し語気を強めて彼を見据える。

彼も目を私に合わせて、次に出てくる言葉をじっと待っていた。

私は、少し迷ったが、右手の袖をまくり、彼に腕を見せる。

彼の顔が曇った。

痛々しい傷の後……手首から上は親の虐待跡で、手首のはレコードキーパーになる直前の自傷痕だ。

この傷の時だって、まちがいなく致死量の血が噴き出たのに死ななかった。

今でもあの血だまりの暖かさを思い出して気分が悪くなる。


「この3日間、妙なことはしないほうがいい……貴方はレコードキーパーになりかけの人間……すでに死ねない体になってる……私も部長からもらった3日で死のうとしたけれど、何度手首を切っても首をつっても死ねなかった」

「ああ、よーくわかったよ……あと、その傷は……」

「虐待痕……あなたのレコードを見る限り、貴方は普通の家庭で育ったみたいだけれど、多くのレコードキーパーは少し変わった生活をしていた人が多い……私とか、部長とか」


私はじっと彼の眼を見て言った。


「右目を隠しているのも、過去が原因」

「わかった、わかったからこれ以上言わないでくれ、俺が悪いことした気分になる」


彼は両手を挙げて、私を諭すように言った。

私は小さく頷いて袖を元に戻す。


「……そういえば、親兄弟や友達の反応は?」

「見事に無関係を装われているよ、今日声を出したのがアンタとの会話くらいだ」

「そうなんだ」

「こうも変わるとな、少し寂しくなる」


彼は少し憂いを帯びた表情で言った。


「……レコードキーパーは世界に3万人、日本に2千人はいる」

「どうした?急に」

「仕事もレコード違反者の処置だけだから、そんなに激務じゃないし、いろいろな場所に行ける……」


私は今までの口調のまま言った。

彼はポカンとした顔で私を見ていたが、すぐに口元を笑わせる。


「まさか励ましててくれたのか?」


私は否定も肯定もしなかった。

ちょうど、このタイミングで予鈴チャイムが鳴り響く。

私は弁当と水筒を持って席を立った。


「……帰りは駅まで一緒に帰ろう……明日も昼休みにはここにきて」


そういって扉の方に歩いていく。


「あ、ちょっと待て」


少し遅れて席を立った彼が追い付いてくる。

二人で廊下に出ると、少し距離を取って横に並んだ彼が言った。


「なんて呼べばいい?アンタばっかじゃ悪いからな」

「レナでいい。レコードキーパーに、フルネームなんて飾りだから」

「ああ、了解……」

「それじゃあ…レン。また、後で」

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