1.彼女はレコードキーパー -1-
「さて…君の探し物は見つからないよ。宮本簾君?」
「あ……?なんだ急に。それに、アンタ誰だ?」
「…君がこのレコードに書かれた行動をしなかったから、ここに居る。私はレコードを持って、君みたいな違反者を処置するんだ」
夕方の校舎で、2つ隣のクラスの男の子を目の前にした私は、レコードに彼のこれまでのレコードを表示して見せた。
ここ3日ほどの、彼のレコード。分刻みで彼が何処で何をしていたかがハッキリと表示される。
机に置かれたレコードを見る彼の表情は曇り、少し苛立った様子で私を見ていた顔は、何か気味の悪いものでも見たような顔になった。
「…普通、処置するなら君に話しかけずにやってしまうんだけどね。君は特例だから…」
……2時間ほど部長と会話したあと、レコードが新たな違反者を検知した。
私も、部長も、ここ最近の忙しさで違反者が発生するときの"感覚"には敏感だったから、すぐに気づいて誰なのかを調べると、この高校の1年生だった。
「部長、いいですよ。私が行ってきます」
部長よりも早くレコードを確認した私は、手を止めた部長をそう言った。
今回の違反者…宮本簾は、他の多くの違反者とは違う処置が求められていたからだ。
それは、4年前に私がされたことと同じ処理。あの時はただ困惑することしかできなかったが、今回はレコードキーパー側の目線でそれができるから、やってみたかったのだ。
それで、夕暮れ時ももう過ぎた校舎を歩き、私の通う教室の2つ横のクラスに入った。
いたのは、少しパーマがかったこげ茶色の髪をした、シュッとした男子生徒だった。
背丈はきっと平均的だが、背の小さい私は少し見上げてしまう。
今までは、私達を除いてはただのロボットとしてしか見えていなかった高校の人の中で、初めてしっかりと見た"人"は、どこか懐かしさを感じる風貌だった。
それでも、私は表情一つ変えずに、淡々と自分の仕事をこなしていく。
「君のここ3日間の行動……合ってるでしょ?こうやって、この本は世界中の人間……いや、この世の何もかもを記録しているの」
「………信じらんねぇよ。確かに……合ってるけど」
彼は、気味の悪さが勝ったのか、口調の割には歯切れが悪い。
レコードから、私に向けられた目は、なんとも言えない彼の感情がにじみ出ていた。
探し物が見つからない苛立ちと、レコードの気味悪さ。それに、私が言うことへの不信感と不思議さ……色々なことが混ざり合った結果、どうしていいか分からないといった感情。
「さて…あまり長居するつもりはないんだ。今見せた君の過去は、当たってたけど、私が君を3日3晩監視してればできること……だから、ちょっと未来のことを当ててみれば、君も信じてくれるかな?」
そう言って、私は机の上のレコードを拾い上げて、ページを捲り、彼のレコードに関係する人間の未来のレコードを表示させることにした。
すぐに、目ぼしい人を挙げ、レコードを表示させる。
「1つ。今から6分35後に、この学校の先生が見回りに来る…まぁ、下校時間だから当然だけど…ここに居るなら、君は何か注意される」
「2つ。今日の帰り道。今から30分後、君がいつも通っているコンビニに強盗が押し入った。そのせいで、15万円が奪われて、当時いたコンビニのアルバイトと君の同級生一人が刃物で刺されて病院に運ばれてる」
何も言わない彼をじっと見つめた私は、レコードを仕舞うと、トレンチコートのポケットに手を突っ込んだ。
「帰り道…君の家はここから40分ちょっとかかるんだから、寄ってみるといい。警察官が数名いるはずだよ」
「…………」
「そして、もし…この予言が当たっていたらさ」
私はそう言って、コートのポケットから名刺大の紙を一枚取り出した。
紙に名前は書かれていない。この世のどんな言語も当てはまらない言葉が羅列されている。
「明日、私達の所へ来てほしい…旧校舎4階の一番奥…そこにある教室まで」
彼にそう言って紙を押し付けると、私は鞄を肩にかけて教室を出て行った。
玄関までの道のりの途中。階段の踊り場にある自販機で温かいココアを買って、壁に寄りかかってタブを開ける。
1年生の教室が並ぶ新校舎の4階と、2年生の教室が並ぶ3階の真ん中。
自販機の横で、私は1つ目の予言が当たるのを待った。
一口、ココアを飲むと、フワッとした温かみが体中を駆けていく。
春になったとはいえ、まだ外は寒い。
一瞬の温かみが消えたころ、私はもう一度、缶に口をつけた。
「もうじき6分……彼はまだ探し物の最中かな?」
そうつぶやいた後、すでにココアを飲み干した私の耳に教師の声と彼の謝る声が聞こえてくる。
予言の一つ目は成功。まぁ、当然だが……
明日、彼はどんな顔で部室に顔を出すのだろうか?
来ない可能性もあるが……その時はその時だ。
私は2人分の声を聞くと、ココアの空き缶をゴミ箱に入れて階段を下り、生徒玄関へと歩き出した。
翌日も、私は砂粒一つ以下の存在感で1日を過ごした。
そして放課後、今日から私も今の仕事に戻ることになるはずだったのだが……
昨日の彼の件と、仲間の頑張りで一気に仕事がなくなった。
「レナ。昨日で大体片付いたから、今日も何も無しね」
お昼に校舎ですれ違った部長が、そう言った。
だから、昨日と同じように、放課後になると部室に顔を出して何時もの席に座る。
先に来ていた部長は、ファッション雑誌を開いてそれを眺めていた。
「お疲れ様です。よくあの量を捌けましたね」
「ああ、そこら辺はチャーリーの手柄ね。近場に集まってたから苦労しなかったって」
「そうなんですか」
そういうと、私は小さくあくびをして机に伏せる。
すると、部長が私の頭に雑誌を置いた。
「他の人たちは?」
「カレン以外はそのまま帰ったわ。偶には休まないと」
今いる部室…ボードゲーム部は名ばかりで、何も活動をしていない。レコードキーパーの溜まり場だ。
レコードキーパーはすでに世の中から存在が消え、一般人からはまるで砂漠に落ちている砂粒一つくらいの存在感になっている。
私達が一般人と積極的に会話しようとも、繋がりを得ようともしないし、一般人はまず、私達のことを認知しない。
だから、高校の果てにある使っていない教室一つ勝手に使おうと、何も言われないのだ。
そんな性質からか、レコードキーパーになる人間は少し変わり者が多い。
例えば、私とか、私の目の前に座り、机に突っ伏した私の頭を本置き代わりにしている部長みたいに……
夕暮れ時の教室には、私と部長しかいない。
普段はあと3人居るのだが、昨日がハードワークだったせいで今日はお休みだそうだ。
「そうそう。昨日の彼には、今日ここに来るように言ってます」
「ああー…昨日の違反者ね。彼、"こっち側"の人間だったの」
「はい。名前は宮本簾…私の2つ隣のクラスに居ます」
そういうと、私は雑誌をよけて起き上がり、鞄からレコードを取り出して、彼のレコードとプロフィールを表示させる。
部長はファッション誌を閉じて私のレコードに視線移し、ほんわかした、柔らかい表情でそれを一通り見た。
「そこそこいい顔してるじゃない」
部長はほんの少し微笑んで私にレコードを返した。
私は部長から少し視線を外す。
「ま、そうかもしれませんが」
「…が?」
「人生は顔だけじゃないんですよ?」
「貴女に言われてもちょーっと説得力ないかなー」
「……」
そういって部長は少しニヤつく。
聖子ちゃんカットとかいう昔のアイドルの髪形をした部長は、80年代の高校生みたいだ。
もう何十年もレコードキーパーをやってるはずなのに、こういうところはまだ高校生のままな気がする。
…それを言葉に出したときは、ちょっと怖いことになるから言わないが。
「それに、私は童顔なだけです」
そう言って、顔を窓の方に向ける。
暗くなってきて、窓にくっきり自分の顔が映り込んだ。
誰か、仕事仲間に言われたことだが、実年齢の-3歳に見えるそうだ。
「ま、彼をうまく説得して戦力になってもらいましょう、人手はいつだって不足してるし、素質ありの人なんてそうそうないんだから」
急にまじめモードに切り替わった部長はそういうと、席を立つ。
部長の視線の方に目を向けると、部室の扉にあるすりガラスの向こう側に黒い人影が見えた。
「来たみたいね、私はカレンを呼んでくるから、少しの間対応お願い」
「了解です」
部長は私にそういうと、部室の扉を思いっきり、勢いよく開ける。
扉の向こうの人影は、ここに入るのを躊躇していたからか、勢いよく開けられた扉に鼻先を掠められた後で、目を見開いて驚いた表情を見せた。
「おしい」
私はぼそっと、誰にも聞かれないようにつぶやく。
「ボードゲーム部へようこそ、貴方が宮本君ね?」
「あ、ええ、そうですけど」
「さ、入って、色々言いたいことも聞きたいこととかあるでしょう……全部彼女が聞いてくれるから」
部長は入り口で2,3彼と会話した後で、部室を後にする。
残された彼は困惑した表情で、入り口に立ち尽くしていたが、私の方に顔を向けるとゆっくりとした足取りで部室に入ってきた。
「そこに座って、楽にしていいから」
私がそういうと、彼は落ち着いた表情で先ほどまで部長が座ってた椅子に座った。
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