レコードによると
朝倉春彦
Chapter1 新人と何時もの世界危機
0.プロローグ
帰りのショート・ホームルームが終わり放課後になった。
トレンチコートを着て、教科書もノートも入っていない薄っぺらい鞄を手に持つ。
誰にも話しかけず、誰にも話しかけられないで、私は教室を出た。
大柄な男子生徒とすれ違った際に右目を隠した前髪が揺れて、ちょっと驚いて髪を直す。
このクラスに、私のことを認識している人など、きっといない。
私は、砂漠の中の砂粒一粒以下の存在感で今日の1日を終えた。
夕方の日差しが差し込む校内を歩き、普段の部室へと歩いていく。
途中で担任の先生や隣の席の女の子、教科担の先生とすれ違うが私は挨拶一つ交わさない。
向こうも、私が何も言わず、よそゆき顔ですれ違うのに何の違和感も持たない。
まるで世界中の人々が、私などいないように振舞っている。
実際、その通りだ。私はもう、この世界に"人"として存在していない。
だからと言って幽霊でもないが…
私は歩きながら、薄っぺらな鞄に入っている一番分厚い本を取り出してページを捲った。
緑色のハードカバー…真っ白い、何も書かれていないページに、赤文字で書かれた人の名前が次々と浮かび上がってくる。
それを見た私は、人知れず小さな溜息を吐き出すと、本を閉じて左手に抱えた。
淡々と、ゆっくりと歩く私の周囲の人たちは、"決まっている未知の未来"に向けて動いていた。
私の横を駆けていったテニス部らしき男子生徒。
すれ違った、画材を手にした女子生徒2人組。
廊下の窓からはランニングしている野球部が見えて…
それをじっと見つめるマネージャーが手を振って応援している。
彼らは、決まっている未来に向かって、動いていく。
彼らは、それを一つも知らずに、訪れる将来に期待しながら…時には不安になりながら進んでいく。
彼らの行動一つ一つは決まっていることなのに、彼らはそれを少しも認知せずに…認知しようともせずに、少し先の未来を繕っていく。
"こちら側"…「レコードキーパー」と呼ばれる存在になった私は、そんな彼らを見回して、思考の外に追いやった。
私が手に持っている本…レコードと呼んでいる不思議な本…この世界の過去現在未来全てが記録されているこの本を持ってしまったせいで、私は彼らがただただプログラム通りにしか動かないロボットにしか見えなくなったのだ。
……例えば、生きていて「どっちにしよう?」なんて迷ったとする。
普通の人間なら、その先のことなんて知れやしない。
彼らも、きっとそうだ。未来のことがわかる人間なんているわけない。
だが、この世界はもう答えを決めている。
あの時の、迷った決断も…受けた傷も、成功も、失敗も……何もかもは最初から決まっていたこと。
誰もがうらやむような成功を遂げる人間も、だれにも認知されず、人知れず死んでいくような人間も、全てはレコードに載っている通り…世界がそうなるように仕向けている。
もがき苦しもうが、成功に酔いしれようが、それは最初から決まっていたこと……
それを知った時、知ってしまった彼はもう、人ではなくなる。
自分も4年前までは、普通の一般人だった。
だけど、4年前から私は、この本…レコードの管理から外れた。
認知できない決まった未来を繕えなくなった私は、先が見えない永遠の時を過ごすことになり、今ここにいる。
決まってきたことをこなしていただけの人生から外れた結果、レコードを手にして、私達専用の機材を与えられ、この本が指示する通りに動くことになった。
そうすることで、この世界は壊れずに続いていく。
これだけ人がいるのだから、偶には彼らの誰かが異常を起こすこともある。
そんな時に、私達は彼らに介入するのだ。
「レナ。お疲れ」
廊下を歩いていた私は、目の前に迫った部室から出てきた少女に声をかけられた。
私は頭だけ下げると、彼女の眼をじっと見た。
私の先輩で、彼女も私と同じ、レコードを持つ者…レコードから逸脱した者。
周囲の、顔の描写が省略されたモブにしか見えない"一般人"とは違い、同じ存在である彼女はしっかりと認知できる。
「昨日のこともあるんだから、今日は出る必要はないんだぞ?」
「いえ…やっぱり気になって来てみたんです。それに、あの程度で私は壊れませんよ」
「そうか…悪いな。いつも押し付けるみたいになって」
「大丈夫です。慣れっこですから。それに、帰ったところでどうせ一人ですから…部長にも会いたいですし下校時間まではここにいます」
私がそういうと、向かい合った彼女は小さく、本当に小さく笑う。
一瞬、肩を震わせると、口元をニヤリと笑わせて私の肩をポンと叩いた。
「本人に言ってやりなよ。きっと喜ぶさ……それじゃ」
そう言って私が来た道を歩いていく。
私は何も言わずに見送ると、部室の扉に手をかけた。
「お疲れ様です」
小さく言って、"ボードゲーム部"の部室に入っていく。
部としては何の活動もしていない、私達"レコードキーパー"の活動場所だ。
「あら…レナ。今日は来なくていいって言ってたじゃない」
部室の真ん中に並べられた机にレコードを開いて、何かを書き込んでいた部長は私の声に反応してそういった。
「どうせ帰っても誰もいないんです。それに、今の状況だと完全にオフって訳にもいきませんから」
私はこちらを見ない部長の前に座る。
カバンは横に置いたが、コートは着たままだ。
「……こういう時に休むのも仕事でしょう?イザって時に動けなくなるわ」
一瞬、こちらを見た彼女は、仕事中の、少しシリアスな口調で言う。
「1人でいるよりも、部長の顔が見られたほうが休まりますから」
私は普段と変わらない、一本調子な言い方で返す。
すると、部長は手を止めて、少し驚いたような、引きつった顔でこちらを見た。
私は顔色も変えずに見返す。
「なーに言ってんだか……」
私の顔を見た部長は、少し呆れたような顔になって作業に戻る。
「下校時間になったら帰ります。それまではパシリにでも使ってください」
・・
この後から起こる出来事は、今思えば…今後の方向性全てを決めてしまった気がする。
他の人じゃできないようなことを私達はやっていたから、そうなるのは分かっていた。
今から振り返れば…その第一歩がこの時だった…ほぼ最初からだったのは驚きだ。
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