第25話
「財布を、貸してください」
聞こえていないと思ったのか、もう一度同じ言葉をガブは言ってきた。
「いや理解してるよ? でも急に財布貸せってどういうこと?」
「陽七乃さんにご飯買わせたらバランス偏るので僕が買います」
そう言いながら腕を脇に挟んでいる私の財布へと伸ばしてきたので、片手でそれを叩いて抵抗する。
「なんでですか?」
「もう買っちゃったしお金もったいない。てか、私の体なんだし私が何を食べようが自由でしょ」
至極当然のことを言ったつもりだ。だがガブは眉ひとつ動かさずに「いいえ」と強く否定の言葉を吐いてきた。
「あくまであの記録表は予測のようなものです。決まってはいますが悪化することも然り。なので許しません」
そう言って強引に詰め寄ってきた。
さっきまで壁ドンのような距離だったのにそれ以上近づけば結果はお察しだ。
「むぐ」
野郎の胸板と壁に顔を挟まれて身動きが取れない。
「あえおー!あんふぁんあふふへふー!(やめろー!あんぱんが潰れるー!)」
「潰れても僕が食べるので問題ないです──よしっ」
途中さらっとやべえ発言が聞こえた気がするが、胸板サンドから解放された事で一瞬意識がそれた。そして気がつけば私の財布を強奪したアイツは部屋からそそくさと去っていた。
「最悪」
ベッドに倒れこみ、そのまま叫びたかったが壁の薄さ的に周りに迷惑がかかる。というか、アイツはどこで買い物しようと思ってるんだ?
そんなことは考えてもお腹は膨れない。私はベッドの上に放っていたスマホに手を伸ばそうとしてあることを思い出してその手を止めて起き上がる。
「空港近くのホテルなら───あった」
机の引き出しを開けていくと目的の品はすぐに見つかった。
それは聖書だった。旧約付きらしく分厚く重い表紙にはご丁寧に共同訳と書かれている。
「適当なページをえ~い」
指でなぞり直感で開いたページはテモテへの手紙の一節のページだった。
───あなたについて以前預言されたことに従って、この命令を与えます。その預言に力づけられ、雄々しく戦いなさい、信仰と正しい良心とを持って。ある人々は正しい良心を捨て、その信仰は挫折してしまいました。(テモテへの手紙 新共同訳より)───
「あまりいいページじゃないなあ」
どうやら誘惑に負けた奴がいたからお前はそうなるなよ? みたいな意図の一節らしい。
聖書なんて滅多に読まないからなのか、言葉が重くのしかかってくる。最近いろんな不幸や嫌なことがたて続けに起こって精神が思った以上に弱気になってるのかもしれない。いつもの私なら鼻で笑うとまでは行かなくとも「んなアホな」と流していただろう。
そんな事を考えていると胸のあたりがジュクリとした。これが病気なのかそれとも別の何かなのか。
「……あ」
痛んだ部分は心臓のあたりではなかった。叔父さんの話曰く実は心臓は真ん中にあり、バクバクと鼓動する膨張部分が左胸あたりなので勘違いしがちらしい。今痛んでいる部分は───セエレとの契約した印だった。
「呼ばれたいの?」
印をなぞりながら心の中でいつかのように彼?の名を呼ぶ。
「呼ばれて出てきてじゃじゃじゃーん! セエレ、ただいま召喚されました!」
「買ってからで聞くのもアレですけど左江内さん嫌いな食べ物ってあります────か?」
何処からともなく風と共にやってきたセエレと同時に部屋に帰ってきたガブが手に持っていたビニールを床に落っことす音が耳に入ってくる。
表情を見ると呆気に取られたような顔から即座にヤバい奴を見るような目で見てきた。本ッ当にこいつとんでもないタイミングで帰ってきやがる。
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